掌中の珠のように Honey Days

花影

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★雛の家1

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サブタイトルの出典は松尾芭蕉の俳句から。


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 出かける間際になって入った用事がようやく済み、幸嗣がそっと沙耶の様子を覗いてみると、彼女はひな祭りの歌を口ずさみながら細かく針を動かしていた。最近の彼女は編み物よりも裁縫に熱心で、彼女の周囲には色とりどりの布で作られた縁起物の小物がいくつも転がっている。
「たくさん作ったね」
 声をかけると、手芸に没頭していたらしい沙耶は驚いて顔を上げる。
「あ……」
 歌を聞かれていたと思うと急に恥ずかしくなったのだろう、幸嗣は顔が赤くなった彼女を抱き寄せて口づけた。
「かわいいね。全部沙耶がつくったの?」
「うん。紐につなげて吊るし雛にしようと思って」
「吊るし雛?」
「お雛様と一緒に飾るんだけど、うちにはなかったからこれがお雛様の代わりだったの。小さい時にお母さんが作ってくれたのが始まりで、教えてもらいながら一緒に作るようになったの」
「へぇ……」
 沙耶の説明に幸嗣は感心しながら出来上がった小物を手に取って眺める。鶴や亀の他にも花や野菜もある。子供の頃にそれぞれに意味があると教えてもらったらしいのだが、うろ覚えでそこまでは説明できないらしい。
「この時期になると何だか作りたくなっちゃって……。綾乃さんに言ったら端切れを一杯持ってきてくれたの」
 沙耶の足元には沢山の端切れの入った箱が置いてある。いつになくテンションが高い彼女は、高級な着物の生地もあるのだと嬉しそうにしている。そんな彼女の姿を見ると幸嗣も幸せな気持ちになってくるのだが、今日は一緒に出掛ける約束をしていた。
「ところで、俺の用事は終わったんだけど、出かける約束覚えているかな?」
「あ……。すぐに支度します」
「焦らなくていいよ」
 待たせていたのは幸嗣の方だ。それなのに沙耶は手芸に夢中になりすぎていたのを申し訳なさそうにしている。着替えは済ませていた彼女は急いで縫い上げた小物と裁縫道具を片付けると、服についた糸くずを払って鞄を手にした。
「お待たせしました」
 淡いピンクのニットに花柄のフレアスカート。今日のデートの為におめかししてくれた恋人が可愛すぎ、思わずこのままベッドに押し倒したい衝動に駆られる。でも、それをしてしまうと沙耶に泣かれるのは目に見えているので、邪な衝動を必死に押さえつけた。
「じゃ、行こうか?」
「はい」
 幸嗣が手を差し出すと彼女はその手に自分の手を重ねる。手をつないだ2人は、予定より少し遅れてデートに出かけた。



 今日は幸嗣の運転で街中へお出かけ。いつもの黒い車ではなく、幸嗣がいつか沙耶とドライブしようと思って購入したシルバーのスポーツカーだ。細部までこだわってしまったので、納車までにちょっと時間がかかってしまったが、満足できる仕上がりとなった。
 セレブ御用達のメーカーに気付いた沙耶は、緊張した様子で恐々と革のシートに腰を下ろしていた。それでも明るい話題を心掛けて話しかけているうちにその緊張もいつの間にかなくなっていた。もっとも、普段塚原の運転で沙耶が通学に使っている車の方が高いのだが、彼女はそれを知らない。
 小一時間ほどのドライブで街中に着くと、幸嗣は車を適当なコインパーキングに止めた。街の中心部からは少し離れているのだが、新しい店が次々とオープンして賑やかになりつつある一角だ。義総と出かけると、行先がどうしても自社のホテルや別荘になり、まず、こういった場所に来ることは無い。だが、年相応の楽しみも必要である。杏奈やジェシカとも来ることはあるが、たまにはデートとして来てもいいだろうと、今日は幸嗣が沙耶を誘って来たのだ。
「先にお昼にしようか?」
「はい」
 出るのが遅くなったので、少し早いが店が混まないうちにお昼を済ませることにした。他愛もない会話をしながら手をつないで歩く。こうして出歩けるようになったのも、彼女の体調が良くなりつつあるのと、吉浦と決着を付けてその確執がなくなったのが大きい。
「沙耶はどこがいい?」
「あのお店かわいいな」
「じゃあ、そこにしようか」
 沙耶に自覚はないが、美男美女のカップルは人目を惹き、そこかしこで芸能人かと噂されていた。幸嗣はそれを無視しつつ、沙耶が選んだおしゃれなカフェに彼女を促して入っていった。
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