掌中の珠のように2

花影

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波乱2

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 久子はロンドンのホテルで優雅なティータイムを満喫していた。そこへ秘書を務めている夫の哲也が携帯を手に現れる。
「今は仕事を取り次がないでちょうだい」
「久子、明人からだよ」
 夫の姿を見るや否や、不機嫌を露わにするが、明人の名を聞いただけでとたんに上機嫌となって、久子は夫から奪う様にして携帯を取り上げる。
「まあ、明ちゃん。明ちゃんから電話をかけて来るなんてママ、嬉しいわ」
 同一人物の声とはとても思えない猫なで声で、久子は明人に話しかける。
『ママァー』
「あらあら、どうしたの?」
 明らかに涙声の息子に久子のテンションもグッと下がる。
『お、叔父さんと幸嗣がひどいんだ。僕の彼女を奪って、僕に……会わせないようにしてるんだ』
「まあ、本当なの?ひどいわね」
 久子は当然、沙耶の存在をまだ知らない。明人が彼女と言っているのは、見合い相手の千景だと思い込んでいる。
『幸嗣には暴力も振るわれたんだ。ママ、懲らしめてよ』
「本当に幸嗣は野蛮ね。かわいい明ちゃんに暴力を振るなんて。いいわ、ママが懲らしめてあげる」
『本当? やっぱりママは凄いや』
 息子に頼られて久子は嬉しくてたまらない。俄然、張り切って幸嗣を暴行罪で訴えるようにと夫に命じる。
「直ちに調査致します」
 家族の中では一番の常識人である哲也は、ため息交じりにそう答えて部屋を後にする。どう贔屓目に見ても、息子の明人よりは年下の筈の幸嗣の方が人間性にも優れている。
 その彼が息子の言うところの暴力で解決しなければならなかった事態を引き起こしたのは紛れもなく息子自身の方だろう。先ずはその辺を調べなければならない。かと言って命じられた事をすぐにしなかったら久子に責められるのは自分だった。胃の痛い思いをまたすることになるのかと、哲也は深いため息をつくのだった。



 千景は上機嫌で大倉家を探索していた。久子に「義総の事は気にせず、いつでも遊びにいらっしゃい」と誘われたので、そのお言葉に甘えて彼女はこの日、夫となる男性の家に遊びに来たのだ。
 従兄達の中で唯一の女の子だった彼女は、特に祖父に可愛がられて育ち、短大を卒業した後も働かずに両親や祖父からお小遣いをもらって遊び暮らしていた。そんな彼女に祖父から見合いの話があり、すぐに結婚するつもりは無かったが、相手はあのエトワールの専務という肩書に惹かれて承諾したのだ。
 見た目は悪くなかった。金回りも良さそうだし、自分の隣に立たせても悪くは無いと感じた。2度ほど普通に会って食事をしたりして過ごし、3度目には祖父の元へ招待状が届いていたパーティに代理として一緒に出席した。
 主催者があの有名なエステサロン、ブルジェオンのオーナー美弥子で、会場はエトワールの高級ホテルだった。ちょっと気に入らない事はあったが、ゴージャスなパーティは存分に楽しめた。そしてそのパーティのラストに彼女は運命的な出会いをしたのだ。
 エトワールの前社長、大倉義総である。もう、明人なんか目に入らなかった。幾人もの男を虜にしてきた手管で義総に迫ったが、これからという時に急用が出来たとかで帰ってしまった。
 残念に思ったが、諦める事を知らない彼女はすぐに行動を移した。明人も運命の相手を見つけたとかで、彼とはあっさり別れることが出来た。次に義総と結婚したい旨を祖父に伝えると、彼は難色を示したものの、最終的には折れてエトワールの重役に打診してくれた。
 ところが、いつまでたっても返事が来ず、痺れを切らした彼女が自分で確認の電話を入れると、「結婚を決めた相手……」と恐縮した様子で告げられた。
「ああ、私を選んでくれたのね!」
 その準備を進めてて返事が遅れたのだと勝手に勘違いした彼女は舞い上がって喜び、ちょうどその後、久子から連絡が来たのだ。
「(明人との仲を邪魔する)義総の事は気にしないでいいから、(あの子の所へは)いつでも遊びにいらっしゃい」
 千景は仕事で彼は留守がちだけど、将来自分の家になるのだから遠慮せずに行ってもいいと優しい義理のお姉さんが気を効かせてくれたのだと勝手に解釈していた。
 と、言う訳で、お言葉に甘えて事前に連絡を入れることなく、彼女は大倉家に押しかけて来たのだ。
 当然、困惑したのは大倉家の使用人達である。ちょうど塚原は沙耶を学校へ迎えに行って留守をしており、綾乃は所用で屋敷を空けていた。いつもは塚原の補佐をしている使用人が応対したのだが、全くの寝耳に水で対処に困ってしまった。
 やんわりと断りを入れたのだが、久子の名も持ち出されて反論され、仕方なく義総が仕事で使う一番実用的な応接間に彼女を通したのだ。そして、上司である塚原や綾乃、ひいては青柳にと慌てて連絡を求めたのだった。



「こちらでしばらくお待ちください」
 未来の女主が尋ねて来たと言うのに、屋敷の執事は実にそっけない態度で彼女をこの応接間に通した。だが、いつまで経っても愛しい人は現れず、応接間の中で待つのはいい加減に飽きてしまった。そこでちょっとだけのつもりでいつか自分の物になる屋敷を見て回る事にしたのだ。
 彼女が通されていたのは玄関ホールのすぐ隣にある小ぢんまりとした応接間だった。部屋を出て一番に目を引く巨大なツリーを見上げると、何だかワクワクとした気持ちになる。そのツリーの足元には真っ赤なポインセチアや真っ白なシクラメンがいくつも並んでいて、一層華やかさを演出していた。
 ここには2階へと続く螺旋階段があり、千景はお姫様になった気分で一段一段登って行く。どうやら2階は私的な空間となっている様で、1階とはまた違った趣となっている。
 玄関ホールに飾られていたクリスマスツリーも見事だったが、ここにさりげなく飾られている物はどれもが名のある作家の一級品ばかりだった。そして2階のホールの窓からはこのお城のような屋敷が立っていても余りあるほどの広大な庭が見渡せ、その景観に目を奪われた。
 さすがは大倉家、数ある名家の中でも断トツで格が違う。これがやがて自分の物になるのだと思うと、顔が綻んでくる。
「素晴らしいわ」
 ふかふかの絨毯を敷いてある廊下を彼女は軽やかな足取りで進み、大胆にも2階の部屋の扉を片端から開けて見ていく。
 難しそうな本が並ぶ書庫や若い男性の私室と思われる部屋は興味が湧かずにすぐに出た。そして、女性の物と思われる部屋を見つけると、彼女は思わず息を飲んだ。
「なんて、素敵なの……」
 温かな色合いで統一されたその部屋はまるでおとぎ話に出てくるお城の一室の様だった。幾重にも紗のとばりが重なった天蓋付のベッドがまず目についた。触れば使われている寝具も最高級の物とわかる。置いてあるソファもローテーブルもイタリアの高級ブランドの品だし、さりげなく置いてある飾り棚やドレッサーはアンティークだった。品よく置かれている品々も趣向を凝らした逸品ぞろいだった。中でも彼女が息を飲んだのは、プラチナで作られたツリーに宝石で彩られたオーナメントが揺れる、いかにもオーダーメイドの品らしいクリスマスツリーだった。
「嬉しい、これを私の為に……」
 うっとりと眺めていたが、ふと、隣に飾られている絵が気になった。古い絵葉書だろうか、アジアンテイストの婚礼衣装に身を包んだ男女の姿が描かれている、気付けば同じもので大きく描かれたものが壁にもかけられていた。
「気に入らないわね」
 千景は絵葉書の入った写真盾をとると乱暴に床に投げ捨てた。同様に壁に掛けられている絵も床に放り投げる。他にもいかにも手作りらしいレース編みの陳腐な小物などは床に投げ捨てていく。
「何……しているんですか?」
 かけられた声に振り向くと、学生らしい黒髪の少女がそこに立っていた。


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冒頭のキモい会話は鳥肌を立てながらかいてました……。そして今回の困ったちゃんその2が再び登場。常識のない、全てが自分中心の我儘娘の設定です。
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