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波乱4
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帰宅した綾乃は、屋敷の慌ただしい雰囲気に驚いた。そしてメイドに事情を聞いた彼女は真っ青になって2階に駆け上がる。
部屋は殆ど片付いていたが、未だに濃密な香水の残り香が漂い、絨毯には血の跡が点々とバスルームの方に続いていた。そして、部屋の主を見守る様にかけられていた絵姿も無くなっており、その無残な有様に血の気が引いてくる。
「綾乃、帰ったか。すまん、沙耶の着替えを用意してくれ」
「は、はい」
そこへ綾乃が帰宅したのを聞いたらしい義総が部屋に現れる。彼も焦燥した様子で、手には血で汚れた制服の上着が握られている。新しいのを用意しなければ……プロ意識が目覚め、幸いにも千景に手を付けられなかった引出しから沙耶のルームウェアを取り出す。
「沙耶様のご容体は?」
「まだ意識が戻らない。傷は意外にひどくて5針も縫い、今夜は熱が出るだろうと言われた」
着替えを手にして義総の寝室に入ると、寝台に青白い顔をした沙耶が横たわっていて胸がひどく傷んだ。頬に触れ、汗ばんだ額に張り付く髪を丁寧に払う。そして汚れたままのブラウスとスカートを出来るだけ優しく脱がせ、持ってきたルームウェアに着替えさせる。
「シーツもお取替えいたしましょう」
「ああ、頼む」
義総が優しく沙耶を抱き上げると、綾乃は血がついてしまっていたシーツを手早く取り換える。それが済むと、義総は再び沙耶を寝台に横たえた。
「申し訳ありません、留守にしていたばかりに……」
「今日は仕方ないだろう。それにしても……」
他人の家でここまで自分勝手にふるまえる千景の神経を理解できず、義総はその執念に恐ろしさを感じた。
千景は警察に引き渡す前に、知らせを聞いて血相を変えた父親が迎えに来た。どうか警察沙汰にはしないでくれと頼み込む父親に、幸嗣は娘がしでかした部屋の惨状を見せつけた。そして大倉家の賓客である沙耶が肉体的にも精神的にも傷つけられた事だけでなく、更には他人の家のプライベート空間へ勝手に足を踏み入れる自分勝手さをネチネチと責め続けた。
娘の自分勝手な行動に、彼は卒倒しそうになりながらも娘よりも若い幸嗣に土下座して謝った。そこでようやく彼は相手の誠意を認め、仕方なく示談に応じることにした。後は双方の弁護士を通じて話し合う事に決まると、反省の色を見せない娘を連れてさっさと帰ってもらったのだ。
「向こうが片付くまでしばらくの間はここで休ませる。私が留守の間は代わりに不自由のないようにしてやってくれ」
「かしこまりました」
綾乃は頭を下げると、汚れ物をまとめて部屋を退出していった。
「……!」
義総の怒ったような声が聞こえて沙耶は目を覚ました。目を開けて見ると、ルームウェアに身を包んだ彼女は義総の寝室に寝かせられていた。体を動かそうとすると、左手に鋭い痛みを感じる。
「っ……」
「沙耶! 気が付いたか……」
焦燥した様子の義総が彼女を覗き込み、怪我をしていない右手を包み込むようにして握ってくる。
「義総様……私……」
「痛むか? 何か、欲しい物は有るか?」
「あの……」
混乱していて、自分の身に何が起こったのかすぐには思い出せなかった。だが、自分の部屋を漁っていた千景と揉みあいになった事を思い出し、沙耶は青くなって起き上がろうとする。
「絵が……お父さんとお母さんの絵が……」
「落ち着け、沙耶。絵は修復に出した。すぐに元の綺麗な状態になって戻ってくる。心配するな」
「本当?」
「ああ。今は体を休めろ。何か飲むか?」
「はい……」
義総は沙耶の額に優しく口づけると、彼女の背中にクッションを当てて寄りかからせる。そして部屋に備え付けの冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、ベッドの縁に座るとペットボトルのキャップを緩めて彼女に手渡した。
「ありがとうございます」
受け取ったスポーツドリンクを飲み、残りに蓋をしようとすると義総が引き取ってサイドテーブルに置いてくれる。そして彼は再びベッドの縁に座って彼女の右手を両手で包み込むように握りしめる。
「今、話しても大丈夫か?」
「はい」
沙耶が頷くと、義総はもう一度彼女の額に口づけてすぐ側に体を寄せる。そして熱が出て寒気がしている彼女に温かなガウンを着せかけ、自分の体に寄りかからせた。
「最初に断っておくが、あの女との見合い話は既に断っている。自分が女主になるなどと嘯いていたが、あの女の勘違いだ。信じてくれるか?」
「はい」
顔を覗き込んでくる義総の目を見て、沙耶は頷いた。義総はホッとした表情を浮かべると、もう一度彼女の額に口づける。
「部屋はあの匂いが充満しているし、体が良くなるまではここで休みなさい。その間に部屋屋も片付いているだろう」
「はい……」
あの惨状を思い出すと沙耶は切なくなってくる。自分が編んだものだけでなく、両親の絵姿まで床に投げ捨てられて踏みつけられたのだ。それに義総へのプレゼントにする筈だった完成間近のマフラーも血で汚れてしまった。手も怪我をしたし、クリスマスまでに編み直すのは難しいだろう。
「素晴らしいマフラーを編んでいてくれたんだな」
「……」
ふと、視線を移すとサイドテーブルに編みかけのマフラーが置いてあった。既に血は変色しており、もう染みになって落ちないだろう。
「クリスマスに無理して間に合わせなくていいから、また、編んでくれるか?」
「はい……」
我慢しきれずに涙が溢れてきた。義総がそっと抱きしめると、彼女はその胸に縋って泣き出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
沙耶を慰めているようで、実は義総自身も沙耶に癒されていたりして。
ちなみに、前の話に出てきたロシアンセーブルのコート(一点物で車が何台か買えちゃうお値段w)は処分されずにクリーニングに出された模様……。
さすがにもったいなかった……かな?
部屋は殆ど片付いていたが、未だに濃密な香水の残り香が漂い、絨毯には血の跡が点々とバスルームの方に続いていた。そして、部屋の主を見守る様にかけられていた絵姿も無くなっており、その無残な有様に血の気が引いてくる。
「綾乃、帰ったか。すまん、沙耶の着替えを用意してくれ」
「は、はい」
そこへ綾乃が帰宅したのを聞いたらしい義総が部屋に現れる。彼も焦燥した様子で、手には血で汚れた制服の上着が握られている。新しいのを用意しなければ……プロ意識が目覚め、幸いにも千景に手を付けられなかった引出しから沙耶のルームウェアを取り出す。
「沙耶様のご容体は?」
「まだ意識が戻らない。傷は意外にひどくて5針も縫い、今夜は熱が出るだろうと言われた」
着替えを手にして義総の寝室に入ると、寝台に青白い顔をした沙耶が横たわっていて胸がひどく傷んだ。頬に触れ、汗ばんだ額に張り付く髪を丁寧に払う。そして汚れたままのブラウスとスカートを出来るだけ優しく脱がせ、持ってきたルームウェアに着替えさせる。
「シーツもお取替えいたしましょう」
「ああ、頼む」
義総が優しく沙耶を抱き上げると、綾乃は血がついてしまっていたシーツを手早く取り換える。それが済むと、義総は再び沙耶を寝台に横たえた。
「申し訳ありません、留守にしていたばかりに……」
「今日は仕方ないだろう。それにしても……」
他人の家でここまで自分勝手にふるまえる千景の神経を理解できず、義総はその執念に恐ろしさを感じた。
千景は警察に引き渡す前に、知らせを聞いて血相を変えた父親が迎えに来た。どうか警察沙汰にはしないでくれと頼み込む父親に、幸嗣は娘がしでかした部屋の惨状を見せつけた。そして大倉家の賓客である沙耶が肉体的にも精神的にも傷つけられた事だけでなく、更には他人の家のプライベート空間へ勝手に足を踏み入れる自分勝手さをネチネチと責め続けた。
娘の自分勝手な行動に、彼は卒倒しそうになりながらも娘よりも若い幸嗣に土下座して謝った。そこでようやく彼は相手の誠意を認め、仕方なく示談に応じることにした。後は双方の弁護士を通じて話し合う事に決まると、反省の色を見せない娘を連れてさっさと帰ってもらったのだ。
「向こうが片付くまでしばらくの間はここで休ませる。私が留守の間は代わりに不自由のないようにしてやってくれ」
「かしこまりました」
綾乃は頭を下げると、汚れ物をまとめて部屋を退出していった。
「……!」
義総の怒ったような声が聞こえて沙耶は目を覚ました。目を開けて見ると、ルームウェアに身を包んだ彼女は義総の寝室に寝かせられていた。体を動かそうとすると、左手に鋭い痛みを感じる。
「っ……」
「沙耶! 気が付いたか……」
焦燥した様子の義総が彼女を覗き込み、怪我をしていない右手を包み込むようにして握ってくる。
「義総様……私……」
「痛むか? 何か、欲しい物は有るか?」
「あの……」
混乱していて、自分の身に何が起こったのかすぐには思い出せなかった。だが、自分の部屋を漁っていた千景と揉みあいになった事を思い出し、沙耶は青くなって起き上がろうとする。
「絵が……お父さんとお母さんの絵が……」
「落ち着け、沙耶。絵は修復に出した。すぐに元の綺麗な状態になって戻ってくる。心配するな」
「本当?」
「ああ。今は体を休めろ。何か飲むか?」
「はい……」
義総は沙耶の額に優しく口づけると、彼女の背中にクッションを当てて寄りかからせる。そして部屋に備え付けの冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、ベッドの縁に座るとペットボトルのキャップを緩めて彼女に手渡した。
「ありがとうございます」
受け取ったスポーツドリンクを飲み、残りに蓋をしようとすると義総が引き取ってサイドテーブルに置いてくれる。そして彼は再びベッドの縁に座って彼女の右手を両手で包み込むように握りしめる。
「今、話しても大丈夫か?」
「はい」
沙耶が頷くと、義総はもう一度彼女の額に口づけてすぐ側に体を寄せる。そして熱が出て寒気がしている彼女に温かなガウンを着せかけ、自分の体に寄りかからせた。
「最初に断っておくが、あの女との見合い話は既に断っている。自分が女主になるなどと嘯いていたが、あの女の勘違いだ。信じてくれるか?」
「はい」
顔を覗き込んでくる義総の目を見て、沙耶は頷いた。義総はホッとした表情を浮かべると、もう一度彼女の額に口づける。
「部屋はあの匂いが充満しているし、体が良くなるまではここで休みなさい。その間に部屋屋も片付いているだろう」
「はい……」
あの惨状を思い出すと沙耶は切なくなってくる。自分が編んだものだけでなく、両親の絵姿まで床に投げ捨てられて踏みつけられたのだ。それに義総へのプレゼントにする筈だった完成間近のマフラーも血で汚れてしまった。手も怪我をしたし、クリスマスまでに編み直すのは難しいだろう。
「素晴らしいマフラーを編んでいてくれたんだな」
「……」
ふと、視線を移すとサイドテーブルに編みかけのマフラーが置いてあった。既に血は変色しており、もう染みになって落ちないだろう。
「クリスマスに無理して間に合わせなくていいから、また、編んでくれるか?」
「はい……」
我慢しきれずに涙が溢れてきた。義総がそっと抱きしめると、彼女はその胸に縋って泣き出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
沙耶を慰めているようで、実は義総自身も沙耶に癒されていたりして。
ちなみに、前の話に出てきたロシアンセーブルのコート(一点物で車が何台か買えちゃうお値段w)は処分されずにクリーニングに出された模様……。
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