掌中の珠のように2

花影

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確執5

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 解雇された腹いせに何か仕返しをしなければ気が済まない。義総や幸嗣に直に挑んでももう敵わないと悟った久子は、義総が溺愛しているという少女を身代わりに痛めつけて鬱憤を晴らそうと考えた。これなら憎らしい義総に復讐すると同時にかわいい息子を狂わした少女にも仕返しができ、一石二鳥だと久子は自画自賛する。
 だが、問題はどうやってその少女に接触するかである。哲也の調べによると、千景の狼藉により怪我した彼女は、屋敷の中で療養中らしい。悩んだが妙案が思いつく筈も無く、結局はいつも通り面倒事は夫に任せる事にした。
「あの小娘に会う手筈を整えてちょうだい」
「は?」
 やっぱり来たかと哲也はため息をついた。義総と幸嗣が留守とはいえ、あの屋敷には塚原と綾乃がいる。鉄壁の防御を誇る2人を相手にするのかと思うと、胃に痛みを感じてくる。
「おや、あの子は……」
 大倉家の屋敷に近づいたところで、ふと視線を外に向けると見た事のある少女の姿があった。
「あら、手間が省けたじゃない」
 久子も気づき、意地の悪い笑みを浮かべる。だが、そのすぐ後ろに塚原が付き添っている事に気付いた。
「どうにか引きはがせないかしら」
 さすがにこのまま会いに行っても塚原に邪魔されるだろう。何かいい方法が無いか考えていると、事件後、親によって一人暮らしを強要されている千景の事を思い出した。
 家政婦から家事を習っているという彼女は今までのように遊びにも行けず、現在の状況に不満を募らせ、その元凶となったこの小娘を憎んでいるはずである。この無防備な状況を見れば何か行動を起こすに違いない。
 犬を連れて歩く少女の姿を写真に収めると、それを添付したメールを非通知で送る。久子は哲也に命じて手近な駐車場に車を止めさせると、2人の行動を見守った。
「お墓参りですね」
 花屋に入った少女は洋菊の束を手に店から出てきた。そして犬のリードを持って外で待っていた塚原と一緒に今度は元来た道を引き返していく。向かう先は、報告書の中にあった母親の墓がある霊園だろう。
「思ったとおりね」
 どうやら車は霊園の駐車場に停めているらしい。千景が間に合えば面白い物が見れるかもしれない。うまくいけば塚原とあの小娘を引きはがすことも出来るだろう。
「間に合わなかったら面白くないから、車に細工してきなさいよ」
 久子の言葉に「ああ、また始まった」と哲也は頭を抱える。
「まだ明るいから、見られたらお終いだぞ」
「あら、私に逆らうの?」
「……」
 凍りつくような視線に哲也はため息をつくと、しぶしぶ手袋をはめて車から降りた。何気ない様子で霊園に向かって歩いていると、近くにタクシーが停車する。降りてきた若い女性は高飛車な態度なら久子に引けを取らない千景だった。
「ねえ、貴方、この小娘見かけなかった?」
 いきなり久子が添付した沙耶の写真を見せて話しかけてくる。哲也は狼狽えながらも丁寧に霊園へ入っていくのを見たと教える。その答えに満足した千景は礼も言わずに霊園へと足を向けていた。
「やれやれ……」
 哲也は余計な事をやらずに済んでほっと息をつくと、そしてそのまま自分の車に引き返す。
「あんたがここにいたってしょうがないでしょう。私はそこのカフェで時間をつぶしているから、様子を見てあの小娘を連れて来なさい」
「……」
 新たな命令に哲也は仕方なく霊園に向かって再び歩き始めた。
 駐車場に着く頃、派手な外装の車が3台、駐車場に入っていくのが見えた。見たところ3台とも有名な海外メーカーの高級車だった。どうやら千景は応援を呼んでいたらしい。
 しばらく様子を窺っていると、千景に呼び出された男達は力づくで沙耶を連れ去ろうとしている。それで彼女と入れ替われると本気で思い込んでいる千景の愚かさが恐ろしい。
 塚原の強さに焦った男達は刃物を持ち出し、車をぶつけてまで事に及ぼうとする。どうやら頭が悪いのは取り巻きも同じらしい。やがて辺りにけたたましい警報音が鳴り響く。
 警報音に驚いたのは男達だけでは無かったらしく、犬もキャンキャン鳴いてどこかに行ってしまった。そして刺されたらしい塚原が少女を再び安全な車の中に押し込み、気力を使い果たして膝をついているのが見える。そろそろ頃合いかもしれない。
「君たち、そこで何をしている」
 偶然通りかかった振りをして声を掛ければ、男達は慌てて車に乗り込んで逃げていく。千景も後を追いかけるようにして走って逃げていった。



「あんたが義総のねぇ……」
 半ば驚き、半ば感心したように久子は哲也に連れて来られた沙耶の頭の天辺からつま先まで不躾なくらいじろじろと見ていた。今まで成熟した女性ばかりを相手にしていたあの義総が、未成年の女子高生を囲い込むようにして溺愛しているのをまだ信じ切れていなかったのだ。実際目の当たりにし、一体この貧相な小娘のどこに……と思わずにはいられない。だが、この小娘の所為で息子は道を踏み外したのだ。
 一方、初めて久子に対面した沙耶は、緊張のあまり縮こまっていた。
 千景とその遊び友達に襲撃を受け、怪我をして気を失った塚原の側で呆然としていた所を助けてくれたのは久子の夫哲也だった。所用で大倉家に行く途中に警報音に気付いたといい、警察への連絡や救急車の手配を一手に引き受けてくれたのだ。
 すぐ近くの病院へ搬送された塚原に付き添っていたかったのだが、哲也に無理しない方が良いと言われて車で屋敷まで送ってもらえることになった。だが、その車の中に久子が待ち構えていたのだ。あの、明人の母親だと知り、沙耶は背筋が凍りつくようだった。
「何も取って食べたりしないわよ」
「どうぞお乗りください」
「は、はい……」
 哲也に勧められ、沙耶はぎこちなく後部座席に乗り込んだ。
「話があるから適当に流してちょうだい」
「かしこまりました」
 哲也は頭を下げるとドアを閉め、運転席に座ると車を出した。持っていたバッグは哲也に取り上げられている。義総や綾乃に連絡も取れず、沙耶は不安と孤独にさいなまれながら久子の様子を窺うしかなかった。


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行き当たりばったりだったのに、意外とうまくいった久子の作戦。
彼女は一体何を企んでいるのやら……。
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