掌中の珠のように2

花影

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疑心1

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流血を伴う残酷なシーンがあります。予めご了承ください。


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 義総は僧侶が読み上げる読経を聞き流しながら、納骨が行われる様子を遠巻きに眺めていた。
 急遽、明人をマカオから呼び戻し、彼を喪主として前日に身内のみで久子と哲也の葬儀を済ませていた。経営に復帰したばかりで義総は多忙を極め、明人もすぐにマカオに戻したい。青柳がその手腕をいかんなく発揮し、最短で全てが片付くように手筈が整えられていた。
「これで終わりだな……」
 義総も幸嗣も長年、久子によって辛酸を舐めさせられてきた。元より身内という感覚は希薄で、亡くした悲しみも殆どわかない。むしろそれから解放される安堵感が勝っていた。
「そうだね」
 傍らに立つ幸嗣も同意見のようで、着なれない喪服のネクタイを少し緩める。特に幸嗣は非嫡出子という事で子供の頃から随分と辛く当たられていた。そんな彼が冷ややかに送る視線の先には号泣しながら母親の遺骨を納めている明人の姿がある。冷めきった大倉兄弟とは実に対照的である。
「幸嗣、先に帰っていいぞ」
「良いの?」
 この場には彼等の他に父親の遠縁や哲也の親族が数名立ち会っていた。この後、集まった親族と食事会が予定されている。次期大倉家当主として親戚付き合いもこなさなければならないと思っていた幸嗣は兄を振り仰ぐ。
「吉浦の一員とも思われていないんだ。無理に出なくていいぞ。それよりも沙耶の側に居てくれ」
「分かった」
 ちょうど一連の儀式も終わった。幸嗣は頷くと、比較的懇意にしてくれる親族にだけ挨拶してその場を後にした。



「ふう……」
 義総は庭に面した一角に設けられた喫煙所で紫煙をくゆらせていた。昔はともかく今は好んで吸う事が無いのだが、何だか無性に吸いたくなったのだ。
「や、珍しいな、義総君」
 そこへ声をかけてきたのは吉浦物産の役員をしている父方の従兄、吉浦いさみだった。親族の中でも比較的大倉兄弟に親しくしてくれるので、昔から何かと頼りにしてきた相手だった。
 ちなみに義総は父親の4番目の妻の子として遅くに生まれたので、勇とは親子ほどの年齢差が有る。
「煙草は止めたと聞いていたが?」
「ええ。吸うのは随分と久しぶりですよ」
 守役の綾乃の目を盗み、学生の頃は良く煙草を吸っていた。だがそれは、単にそのスリルを楽しんでいただけで、その証拠に、合法的に吸える歳になってからは逆に吸わなくなった。兄弟で似たらしく、幸嗣も全く同じ事をしていて、成人を迎えてからは吸っている姿を見た事が無い。
「まあ、その気持ちは分かるな。で、本当の所、どうなのだ?」
「何がですか?」
「色々と噂がたっておる」
「……精神的に追い詰められた哲也さんが久子を道連れに無理心中を図った。それが全てです」
 義総は無表情で答える。確かにそう追い込んだかもしれない。だが、最終的に哲也がそう決断せざるを得なくしたのは久子だ。欲に駆られてあそこまでしなければ、義総もそこまで追い込むつもりは無かった。
「なるほどの……」
 その後は無言で2人は煙草を燻らせる。義総の複雑な心情を勇はどうやら察してくれたらしい。表ざたには出来ないが、彼もまた、兄弟達を押しのけて一家の長にのし上がった経歴を持っていたからだ。
「さて、これで失礼します」
 義総は大して美味しいとは感じなかったタバコの火を消すと、灰皿へ捨てて立ち上がる。
「帰るのかね?」
「仕事が山積みなんですよ」
「そうか」
 義総は年長者に敬意を表して頭を下げると、喫煙所を後にする。そして一旦食事会の会場となっている部屋に立ち寄って他の親族に挨拶を済ませた。



「叔父さん」
 だが、帰ろうと部屋を出たところで、明人に呼び止められる。
「どうした?」
「ちょっといい?」
 泣きはらした目で真っ直ぐ見据えられ、義総は仕方なく応じる事にした。時間が惜しいのだが、2人を追い込んだ後ろめたさが多少はあったのかもしれない。ついて来ようとする青柳を制すると、促されるまま義総は庭に出た。
「何の用だ?」
「ママに……何をした?」
「何と答えて欲しい?」
 逆に明人に問いかけると、彼は怒りに肩を震わせる。
「皆が話していた。叔父さんがママを死に追いやったと!」
「お前はそれを信じたのか?」
「だってそれ以外に考えられないじゃないですか、あの人がママに逆らう事は有り得ない!」
 今回の事は全く外れている訳ではないが、噂を鵜呑みにする明人に義総はため息をついた。そして相変わらず父親を親とも思っていない様子に憐れみすら感じる。
 もし、明人が父親の薫陶くんとうを受けて育っていれば、義総にとって厄介な相手となっていただろう。だが、実際は久子の偏った教育方針により、頭は良いが人の機智に疎く、鼻持ちならない人間になっていた。
「お前がどう思おうと勝手だが、哲也さんが無理心中を図ったのは事実だ。言いがかりは止めてくれないか?」
「言いがかりなんかじゃない! ママがいなくなれば社長の座は叔父さんのものになる。ママが邪魔だから叔父さんが殺したんだ!」
「……」
 短絡的な考え方に義総は眩暈すら覚える。
「僕は知っているんだぞ。叔父さんは大倉の財産を奪っただけでは飽き足らず、身の程知らずの幸嗣とグルになって吉浦の財産まで狙っているんだ」
「お前、何も知らないんだな」
 呆れた様な義総の一言に明人はムッとする。そんな彼に畳みかける様にして義総は言葉を続ける。
「父の遺言では大倉も吉浦も私が継ぐことになっていた。それを屁理屈こねて吉浦を自分の物にしたのは久子の方だ。
 付け加えるならば、私が継いだ時には大倉には確かに借金しかなかった。だが、その10年後、私が大倉をどうにか立て直した頃には逆に吉浦の業績は傾き始めていた。久子の専横が招いた結果としか言いようがない。そしてその吉浦が今まで破綻せずにいられるのは哲也さんの陰の努力の賜物だ」
「嘘だ……」
「今度は大倉が業績を伸ばしてくると、久子は大倉も手に入れようと画策し始めた。一年前のエトワールの乗っ取りがいい例だな。縁故採用に贈賄に横領、好き勝手してくれたおかげであっという間に赤字に転落だ。経営陣もさすがに懲りたのだろう。あの日、久子の解任が正式に決定した。哲也さんにも内緒で子会社から不正な融資をさせていたのが決定的だったな」
「嘘だ!」
「そう言う事だ。お前は幸嗣を身の程知らずだと言ったが、私からしてみればお前達母子の方が余程身の程をわきまえていない。こんな事になるんだったら、まともに相手をするのが面倒でも先延ばしにするんじゃなかったな」
 義総の言葉に明人は怒りで震える。
「一つだけ教えておいてやろう。お前が出向となったマカオの子会社はエトワールから切り離す事にした。自分に才能が有ると思うなら、一から立て直して見せろ。そうすれば、一人前と認めてやる」
 義総はそう言い残すと、その場を後にしようとする。だが、突然、パンと乾いた音がしたと思った瞬間、左の脇腹に焼け付くような痛みを感じる。
「お前……」
「ママの敵だ!」
 どこで手に入れたのか、明人の手には拳銃が握られていた。膝をついた義総に向け、続けて何度か引き金を引く。だが、初めて扱うらしく彼の手は震えて狙いが定まらない。義総が目の前にいるにもかかわらず、左の太腿と右肩をかすめただけだった。
「良い度胸してるじゃないか……」
義総は辛うじて明人の手から拳銃を叩き落とした。明人は失血で力が入らない義総をはねのけると、叩き落された拳銃を再び拾って今度は義総の頭に狙いを定める。
「義総様!」
 そこへ銃声を聞きつけた青柳と親族、そして店の従業員が駆けつけ、明人は引き金を引く間もなくその場で取り押さえられる。
「救急車を!」
「警察もだ!」
「すぐに救急車が来ます」
 義総は地面に横たえられ、青柳によって手際よく応急処置が施される。動揺しているのか心なしか声が震えている。
 それでも有能な秘書が駆けつけてくれたことに安堵し、義総は意識を手放した。


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作者注
吉浦は義総の父方の姓。大倉は母方の姓です。
久子は父親の2番目の奥さんの子。義総は4番目の奥さんの子。ちなみに幸嗣は義総の母親の世話をしていた女性に手がついてできた子だと言われている。

ずっと書いておこうと思って忘れてました。すみません。
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