掌中の珠のように2

花影

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疑心2

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 途中で所有するマンションに立ち寄った幸嗣は喪服から普段着に着替え、兄の指示通りまだ入院している沙耶の元へ向かった。慣れた足取りで病室に足を向けると、中からは賑やかな話し声が聞こえてくる。ノックして中に入ると、とても病室とは思えない豪華なソファセットで沙耶と美弥子がお茶を飲みながら話をしていた。
「あら、幸嗣君」
「幸嗣様……」
 幸嗣の姿を認め、2人は笑顔で迎えてくれる。
「やあ、沙耶。美弥子さん、こんにちは」
 幸嗣は沙耶には頬に口づけ、美弥子には手をとってその甲にキスを落とした。
「随分早かったわね」
「うん、兄さんが先に帰って沙耶の側に居ろって」
 沙耶が幸嗣の分のお茶を淹れに席を立った時に美弥子が小声で話しかけてくる。今日は久子と哲也の納骨が行われる事は沙耶にも知らせてあるので、別に隠す事では無い。
 だが、2人が無理心中をした事を知った彼女はショックを受け、酷いことをされたというのに2人の為に彼女は泣いたのだ。以降もその話題になると悲しそうな表情を浮かべるので、できるだけその話題には触れないようにしているのだ。
「綾乃さんの淹れた物に全然及ばないけどどうぞ」
 そこへ沙耶が淹れたてのお茶を幸嗣に差し出した。大倉家に来てからずっと綾乃や塚原に習って勉強していたので、随分と腕は上げているのだが、やはり経験の差はどうしようもない。だが、好きな子に入れてもらったお茶は格別のようで、幸嗣は礼を言うと嬉しそうに口をつけた。
 検査の結果、特に悪い所も見付からず、怪我も良くなったので、もういつ退院しても問題ないと主治医の太鼓判は貰っていた。ただ、塚原はまだ入院しているし、葬儀もあったりと大倉家の事情で沙耶の退院は見合わされていた。明日、晃一の診察をもう一度受け、彼が許可をすれば、彼女は退院することになっていた。
「グレイスが寂しがっていないかしら?」
「アレクにべったりくっついて離れないらしいよ」
 防犯ブザーの警報音は余程怖かったのか、最近のグレイスは始終大きな物音にビクついている。そして主のいない寂しさを先輩犬のアレクサンダーにまとわりつくことで紛らわしているらしい。
 そう言った他愛もない話をしていると、不意に幸嗣のスマホに着信を知らせる音楽がなる。彼は女性2人に断りを入れて席を外し、スマホを取りだした。
「もしもし?」
 相手は青柳だった。何か不測の事態が起きたのだろうかと覚悟を決めて出たのだが、聞かされた内容は予想を遥かに上回った。
「嘘……だろう?」
 自分でも血の気が引いていくのが分かる。そして先に帰らなければ良かったという後悔と共に、言いようのない怒りが込み上げてくる。
「……分かった、沙耶には俺から伝える」
 通話を切り、一呼吸おいて部屋に戻る。幸嗣がいつになく硬い表情を浮かべているのに沙耶はいち早く気付き、気遣う様に声をかけてくる。
「幸嗣様、何かあったんですか?」
「……沙耶、落ち着いて聞いて欲しい」
 幸嗣は沙耶に近づくと、彼女の肩に手をかけて真剣なまなざしを向ける。
「何ですか?」
「兄さんが撃たれた」
「え?」
 沙耶の顔がみるみる蒼白になっていく。側で聞いていた美弥子も心なしか青ざめている。
「今、救急車でここに向かっている」
「私……側に……」
 沙耶はほとんどうわ言のように呟くと、そのまま戸口に向かおうとする。だが、著しく動揺しており、足元がおぼつかない。
「沙耶、一緒に行こう。側に居るから」
 今にも泣き崩れそうな沙耶の体を支え、幸嗣は戸口に向かう。気付けばいつになく硬い表情の美弥子も反対側から沙耶の体を支えていた。
「どんな状況かまだ分かんないけど、晃が執刀するんだから大丈夫」
 少しでも緊張を解そうとする美弥子の気持ちにちょっとだけ沙耶も顔を綻ばせた。



 手術は無事に終わったものの、ICUに移された義総の意識はなかなか戻らなかった。中でずっと付き添うことが出来ないので、患者の家族用の控室で沙耶は彼の回復をずっと祈っていた。
「根を詰めてはいけないわ。少し休みなさい」
 時刻は既に深夜となっている。まだ完全に回復していない沙耶を気遣い、美弥子が温かい飲み物を差し出しながら勧めてくれる。
 だが、手術室に運ばれた時の義総の蒼白な顔を思い出すと、どうしてもここから離れたくない。沙耶はゆるゆると首を振ると、再びICUへの戸口に視線を戻す。
「美弥子さんの言うとおりだよ。沙耶、少し休んでおいで」
 ちょうど外で青柳と情報交換と対応を協議していた幸嗣が戻ってくるが、対応に苦慮しているのだろう、そう言う彼もいつになく疲れた表情をしている。
「貴方も休んだ方が良いのじゃなくて?」
「俺は大丈夫」
 幸嗣は短く答えると、沙耶の隣に座って一緒に戸口に視線を向ける。正直に言うと、今すぐ拘置されている明人にあらん限りの罵詈雑言を浴びせながら、拳を叩き込みたい衝動に駆られていた。この街で大倉の力は絶大なので、警察に圧力をかけ、やろうと思えばできなくはない。だが、今すべきはそんな事では無い。幸嗣は傍らに座る少女の肩を抱き、出来るだけ明るい口調で話しかける。
「沙耶、君が無理して体を壊したら、俺が怒られてしまう。ボコボコにされる前にちょっとだけ休んできてくれないか?」
「……幸嗣様」
「大丈夫。兄さんが目を覚ましたらすぐに教えるから。ね?」
 幸嗣も美弥子も心配してくれているのが分かるので、沙耶は小さく頷いた。幸嗣は立ち上がると、彼女に手を差し出した。
「部屋まで送るよ」
「……はい」
 名残惜しそうにICUへの戸口を見ながら沙耶は幸嗣に手を引かれて控室を後にした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


元々病院嫌いと言う事もあって、正直、大きな病院の内部というかシステムというか、さっぱり分かっておりません。
とりあえずICUは焼き付け刃でちょっとだけ調べてみました。
ちょっとだけね。
矛盾点とか出てきても、深く気にしないで読んで頂けたら助かります。
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