掌中の珠のように2

花影

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確執9

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 沙耶は見覚えのない部屋で目を覚ました。沙耶の部屋にもあったようなアンティークな家具が並び、壁紙もカーペットも落ち着いた色合いのものが使われている。パッと見た目は豪華なホテルの一室のようでもあるが、彼女の腕には点滴がつけられ、辺りには消毒薬の匂いも漂っている。
「ここ……どこ……」
 他に誰もおらず、不安に駆られた沙耶は体を起こそうとするが、全身が軋む様に痛み、腕すら動かすのもままならない。諦めて再びベッドで横になっていると、扉が開いて幸嗣が部屋に入って来た。
「沙耶……気が付いたんだね。良かった」
 沙耶の姿に彼はホッとした様子でベッドに近寄る。そして縁に座ると枕元に手を付き、体を屈めて沙耶の額に口づけた。
「幸嗣様……。義総様は?」
 こんな時、いつもなら側に居てくれるのは義総だった。側に居てくれたのが彼では無かったことに一抹の寂しさを覚え、沙耶は真っ先に尋ねる。
「兄さんは事後処理をしているよ」
「そう……ですか……」
 落胆する沙耶の姿に、自分では役不足なのだと痛感させられ、幸嗣の中に苦い思いが込み上げてくる。それでもそれを彼女に悟られないように、微笑みながらもう一度額に口づけた。
「何か欲しい物がある? 君の為なら何でも取り寄せるよ」
「……喉が渇いたからお水を下さい」
「分かった」
 欲のない沙耶の望みに、幸嗣は笑みを浮かべると、すぐ側に用意してあったミネラルウォーターを手に取った。沙耶を優しく抱き起し、蓋を開けて渡すと彼女は律儀に礼を言って口を付けた。
「幸嗣様、ここはどこですか?」
「美弥子さんとこの病院だよ。家へ来てもらおうとしたんだけど、念のために検査することになってね。何日か入院することになった」
「病院なんですか?」
 それにしては内装が豪華である。沙耶は改めて室内を見渡すが、どう見てもホテルの一室にしか見えない。
「特別室だよ。ここに着いたら美弥子さんがもう用意しててくれたんだ」
 幸嗣は半分ほど減ったミネラルウォーターのペットボトルを沙耶から受け取るとベッド脇のテーブルに置く。そして起こしていた沙耶の体を再びベッドに優しく寝かせる。
「痛みが完全になくなるまで、ここで養生した方が良いと美弥子さんから言われている。幸い、青柳が帰って来たから秘書の代行は終わったし、俺が付き添っているから心配しないで休んで」
 沙耶は遅ればせながら自分の身に起きた事を思い出した。自分の我儘が発端となり、多くの人達にまた迷惑がかかったのだと思うと、いたたまれなくなってくる。
「ごめんなさい……」
「?」
 沙耶が何で謝るか理解できず、幸嗣は首をかしげる。どうやら色々と思い出したらしく、ハラハラと涙をこぼしながら幸嗣に縋ってくる。
「私が……私がわがままを言ったからこんな事に……。塚原さんの具合は……グレイスはどこに……」
「沙耶の所為じゃないよ。塚原の怪我も大したことなかったし、グレイスは自力で家に帰って来たよ」
「でも……」
「最終的な判断は俺達がしたんだ。沙耶が気に病む必要はないんだよ」
 泣き出してしまった沙耶を抱きしめ、幸嗣は優しく頭を撫でながら彼女を宥める。
「沙耶の所為じゃない。俺達の確執に沙耶は巻き込まれたんだ。謝るなら俺達の方だ。1人で怖かったね。痛い思いをさせてごめんね」
 華奢な体を抱きしめながら、何度も何度も幸嗣は沙耶にそう言い聞かせた。



 千景はクラブで取り巻きに囲まれて憂さを晴らしていた。沙耶と入れ替わり、あの素晴らしいお屋敷で贅沢な生活を送るつもりだったのに、加勢に呼んだ取り巻きの所為で失敗に終わった。しかもあの3人は自分を見捨てて逃げたのだ。
「おかわり頂戴」
 空になったカクテルのグラスを差し出すと、中でも彼女に従順な若者が好みのカクテルと交換してくれる。だが、酔っている所為か、少しだけ受け取るタイミングがずれてグラスが傾き、カクテルが彼女の服にかかる。
「何すんのよ!」
「す、すみません」
 若者は頭を下げるが、むしゃくしゃしていた千景は若者にグラスを投げつけた。カクテルを頭からかぶった若者はその場で跪くが、他の取り巻きがそれだけでは許さない。
「お前、お嬢に何て事を!」
「土下座しろ、土下座」
 他の取り巻き達が騒ぎ立て、中には若者を床に押さえつける者もいる。千景は自分が上位にいる事に満足し、意地悪く口角を上げるとヒールを履いた足で若者の背中を踏みつける。
「お、お許しください」
「生意気よ。あんたは私の何?」
しもべでございます」
 千景に背中を踏みつけられ、グリグリと力を加えられると若者は苦しげに呻く。周りの取り巻きもそれに同調して囃し立て、気を良くした千景は嗜虐的な笑みを浮かべて更に力を加える。
「うあっ」
「ほら、反省が足りないぞ!」
 逃れようとする若者を取り巻き達は数人がかりで抑え込んだ。千景は高笑いしながら踏みつける足に力を込める。
「林千景さんでいらっしゃいますか?」
 そこへ声を掛けられて振り向くと、見慣れない男が立っていた。きっちりとスーツを着込み、縁の無い眼鏡をかけ、髪を撫でつけた姿はこの場所では妙にういている。
「何だ、お前は?」
「お嬢に馴れ馴れしく声をかけるな」
千景が怪訝そうな視線を向けると、取り巻き達がその前に立ちはだかる。それでもスーツ姿の男は臆することなく千景の側までやって来る。
「林千景さんですね? 義総様のご命令でお迎えに上がりました」
「まあ! 本当に?」
 不機嫌そうな表情が一転し、満面の笑みを浮かべた千景は取り巻き達を掻き分けてスーツ姿の男の前に来る。
「店の外でお待ちでございます」
「すぐ行くわ」
 もう取り巻きも眼中にない様子で、千景は自分のバッグを手に取ると男に促されるままに上機嫌で店の外へ出て行く。
「お嬢」
 取り巻きの1人が呼び止めようとするが、スーツの男がその行く手を阻む。先程までは感じなかった威圧的な雰囲気に足が止まる。
「巻き込まれたくなかったら、大人しくしていろ」
 男はそう小声で言い残すと、千景と共に出て行ってしまった。



 店の外に出ると、止めた車の側に義総が立っていた。その姿を認めた千景が喜んで駆け寄ろうとすると、数人の男達に取り囲まれる。
「な……何?」
「林千景さんですね? お聞きしたい事がございますので、署までご同行を願います」
 男達は刑事だった。
「大倉様、青柳さん、ご協力、感謝します」
「では、私達はこれで」
 事前に打ち合わせてあったのだろう。千景が刑事達に取り押さえられると、義総はさっさと車の後部座席に乗り込み、スーツ姿の男……青柳は刑事達と軽く挨拶を交わすと運転席に乗り込んだ。そしてそのまま車は動き出す。
「待って! 私を連れて行ってくれるんじゃないの!」
 千景は後を追おうとするが、複数の刑事達に取り押さえられて動けない。そしてそのままパトカーに乗せられて行されたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


混乱を避けるために千景だけを外へ連れ出す作戦でした。一応警察関係者も店内で様子を窺っていました。
ちなみに青柳君、帰国早々義総に呼び出されて仕事をさせられてます。この後も事後処理にあたります。お疲れ様。
ちなみにクラブでいじめられてた彼は、後日、青柳君に勧められて被害届を提出。林家からしっかり賠償金を貰って和解したらしい。
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