掌中の珠のように2

花影

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 やはり無理が祟ったのか、結局、義総は数日寝込む羽目となった。沙耶も激しい情交の所為で足腰が立てなくなっており、結局クリスマスは2人で仲良くベッドで過ごした。
 それでも沙耶は義総が側に居るのでうれしくて仕方がない。動けるようになってからは、義総の為に食事を作ったりして甲斐甲斐しく世話をし、義総は義総でまとわりついてくる沙耶が可愛くて仕方なく、傍らから離そうとしなかった。
 看病の合間に沙耶は義総に贈るマフラーをせっせと編んだ。クリスマスには間に合わなかったが、せめて年内には仕上げたい。その一心で頑張った甲斐があり、ギリギリだが大晦日の今日、仕上がったのだ。
「義総様、遅くなりましたがプレゼントです」
 少し早めに用意された夕食の席で、仕上がったマフラーと沙耶がサプライズで用意していたサルーキをかたどったネクタイピンを手渡す。マフラーに関しては目の前で編んでくれていたのでどんなものかは知っていたが、ネクタイピンは沙耶が内緒で用意していたので義総は手渡された包みを開けて本当に驚いている。
「ありがとう沙耶、どちらも大事に使わせてもらうよ」
 ネクタイピンは沙耶の小遣いで買える程度の物なので、義総が常に身につけているものに比べると見劣りがしてしまうと沙耶は感じていた。恐縮したようにそう付け加えたのだが、義総にとって値段など関係なく、沙耶が選んでくれたものだと言う事実が嬉しかったらしい。後日、仕事に復帰した彼は、このネクタイピンを愛用するようになる。



「沙耶、ちょっと出かけよう」
 夕食後、義総に誘われて外に出ると、既に真っ暗で雪がちらついている。沙耶は葉月が用意してくれたコートや帽子で厳重に防寒対策し、義総に促されて車に乗り込む。もらったマフラーを早速している義総は自分も隣に乗り込むと、彼女を抱き寄せた。
「何処へ行くのですか?」
「見せたいものがある」
 不思議そうに沙耶が見上げると義総は額に口づける。そのまま彼は黙り込んでしまったので、彼女も無理に聞き出そうとはせずに抱き寄せる彼に体を預けた。
 護衛の運転で田舎道を30分ほど移動すると、どこかのお屋敷の門をくぐった。暗くてよく分からないが、敷地はかなり広いらしく、2つ目の門をくぐってようやく玄関に到着する。
「ここも大倉うちの別荘だ」
 着いた所は随分と古そうな建物だった。義総に手を取られて車を降りると、沙耶は物珍しさにその外観を眺めた。100年は経っていそうな洋館で、古風な照明が少し侘しく辺りを照らしている。運転手を務めた護衛が、美術の教科書で見た様な凝った彫刻を施された扉を開け、沙耶は義総に手を取られて中に入った。
「綺麗……」
 内装も調度品も全て建造当時のままなのだろう。玄関ホールに一歩足を踏み入れると、まるで時を遡ったような錯覚すら感じる。沙耶は思わずその場に立ち尽くして辺りを見渡した。
「覚えて……無いか?」
 義総の言葉に我に返り、かけられた言葉の意味が分からずに沙耶は相手を振り仰ぐ。
「義総様?」
「仕方ないか」
 そう寂しそうにポツリと漏らすと、彼は気を取り直したように彼女の手を取って奥に進む。奥の扉の先はアンティークな家具で揃えられたリビングだった。こちらの調度もおそらく建造当初から手が加えられていないのだろう。
「今夜はここに泊まる。気になるのなら見て来て良いぞ」
 物珍しげに辺りを見渡す沙耶に義総はそう声をかけると、自分はソファーに腰を下ろす。先程の言葉は気になるが、義総の様子を窺うとすぐに話してくれるような気配では無い。気にはなるが、確かに他の部屋も見てみたいので、義総の勧めに素直に従う事にする。
「じゃあ、少し見てきます」
「ああ。だが、建物からは出るな」
「分かりました」
 義総の注意に頷くと、沙耶は1人廊下に出る。別荘の中は人気が感じられない上に照明がやや暗く、少し不気味に感じる。それでも興味が勝った彼女は手近な扉を開けて見た。
 応接室らしく、先ほどのリビングよりかは小ぢんまりとした部屋にソファーや飾り棚といった調度が並んでいた。やはり、どれも細やかな細工が施されていて、当時の大倉家の権勢ぶりが良く伝わってくる。
 飾られている絵などの美術品を一通り見ると、応接室を出て他の扉も開けて見る。1階には他に比較的シンプルな家具が置かれた洋間が1つと台所などの水回りがあり、最後の扉を開けると2階への階段が見つけた。
 明かりは付いているので上がってもいいのだろう。古い所為か少しギシギシと音がするので恐々と上っていくと2階の廊下に着いた。扉は3つある。おそらく一番奥は主寝室と見当をつけ、沙耶は手前の扉から開けて中を覗いて見る。
「綺麗……」
 この建物全体の雰囲気から、元々は女性が住んでいたのではないかと沙耶は予想していた。この部屋は客間らしく、下にあった洋間よりももっと繊細な細工が施された家具が置かれている。壁紙もかけられているベッドカバーも花柄の物が使われていて、全体的に品よくまとめられている。一通り置いてある調度品や装飾品を見て堪能すると部屋を出た。
「子供部屋?」
 次の部屋は明らかに子供部屋だった。カラフルな背の低い家具が配置され、レースやリボンをあしらった子供用の天蓋付のベッドもある。そして本棚には絵本がびっしりとつまり、たくさんのぬいぐるみやおままごとの道具などが並んでいる。見るからに女の子の部屋だが、中には車や飛行機の玩具も混ざっている。
「可愛い……」
 並んでいるのはどれも子供の時に欲しがったものばかり。元の持ち主を少しだけ羨みながら大きなクマのぬいぐるみを抱きしめ、木馬を揺らしてドールハウスを開けて見る。自分でも子供っぽいと思いながらも、この部屋の探索に一番時間をかけていた。
 それでも時間がかかりすぎるので絵本を広げてみるのは諦めて子供部屋を後にし、今度は最後に残しておいた主寝室の扉を開ける。
 こちらは2間続きの部屋となっていて、奥が寝室になっていた。やはり女性が好む内装になっており、こちらも壁紙や絨毯に花柄の物が使用されている。家具のデザインなど、総じてみればどことなく沙耶の部屋に似ているかもしれない。
 綾乃から後から聞いたが、あの部屋の家具は義総がこだわって集めたものばかりだった。もしかしたらこの部屋をイメージして揃えたのかもしれない。
「やっぱり本物なのかな」
 置かれているガラスの花瓶が綺麗で、手に取ってみたいのだがちょっと怖くて触れられない。沙耶はそのまま横から眺めるだけで諦め、奥の寝室へ足を運ぶ。
 こちらもやはり同じ様な調度で整えられており、天蓋付のベッドなどは沙耶が使っているものと殆ど同じデザインだった。壁に掛けてある絵を眺め、最後はちょっとだけベッドに腰掛けてみる。すると脇にあるテーブルの上に大きな冊子が置いてあるのに気付いた。
「アルバム?」
 わざと目につくように置いてあると言う事は見てもいいのだろう。沙耶はそれを手に取り、膝に乗せると表紙を開けて見る。
「これ……私?」
 1ページ目に張られた写真には3人の人物が写っていた。この屋敷の玄関を背景に若い頃の義総と母親、そして大きなクマのぬいぐるみを抱えた女の子が写っている。日付は15年前の夏。ちょうど彼女が3歳になった日だった。
 沙耶は夢中でページをめくった。始めの頃はどれも母親の陰に隠れている沙耶しか写っていないが、次第に庭で花を摘んだり、子供部屋にあった木馬に乗って無邪気に遊んでいる姿に代わってくる。中には義総に本物の馬に乗せてもらっているのもあり、それには一緒に写っている義総に笑顔を向けていた。
 綾乃の几帳面な字でどの写真にも日付やコメントが添えられ、それによるとこのアルバムには15年前の春から秋にかけてのものが納められている。
「お母さん……」
 このアルバムが残された詳細までは沙耶には見当がつかなかった。それでも沙耶はアルバムの中から懐かしい母の姿を探し出しては涙をこぼした。


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義総君がやっと重い口を開く気になった様です。

ちなみにこの別荘の装飾はアールデコのイメージで。
ティファニーのステンドグラスやガレのガラス器の本物が置いてある設定。
個人的にはアールヌーボーの方が好きなんですけどね。
ミュシャとかラリック大好きw
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