掌中の珠のように2

花影

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過去2

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さあ義総君、白状してもらいましょうか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 沙耶が別荘内を探索しに居間を出て行くと、義総は深くため息をついてネクタイを緩め、ソファーの背もたれに体を預けた。
 手入れはさせていたものの、古い上に長く無人だったこの別荘は軋む音が良く伝わってくる。1階を一通り探索し終えた沙耶が2階へ上った頃合いを見計らうように、台所から盆を手にした綾乃が現れ、彼の前にブランデーのグラスを置く。
「仰せの通りに手配いたしました」
「そうか……。後は2人だけにしてくれ」
「かしこまりました」
 何か言いたげだったが、綾乃は頭を下げるとそっと居間を出て行く。義総はもう一度大きく息をはきだすとグラスを手に取り中身を飲み干した。
 今夜、全てを話す為に沙耶をこの思い出の詰まった別荘へ連れて来た。彼女の性格なら2階の主寝室は最後に覗くだろう。綾乃に用意させたあのアルバムを見て、彼女がどんな反応を示すのかが怖かった。
「ふう……」
 綾乃はブランデーのボトルと氷も用意してくれている。義総は自分で開いたグラスにブランデーを注いでもう一杯煽る様に飲み干した。
 飲まずにはいられない。だが、今夜はいくら飲んでも酔えそうにはなかった。



 カタン……。

 グラスを傾けながら1人物思いにふけっていた義総は扉の開く音で我に返った。見るとあのアルバムを大事そうに抱えた沙耶が戸口に立っている。目が赤くなっている所から、おそらくそれを見ながら泣いていたのだろう。
「全部見たか?」
 沙耶は無言のまま頷く。そしてぎこちなく笑みを浮かべると義総の隣に座り、アルバムをテーブルに置いた。
「少し冷やしなさい」
「……ありがとうございます」
 義総が盆に乗っていた綺麗なおしぼりを沙耶に手渡すと、彼女は礼を言って受け取り、少し腫れぼったくなっている目元に当てる。そのまま彼女は黙り込んでしまい、静寂に満ちた部屋の中を柱時計の針の音だけがやけに大きく響いた。
「私……全然覚えていない」
 どう声をかけようか迷っていると、沙耶がポツリと呟いた。隠していた事実を責めるでもなく、怒るでもない彼女の言葉に義総は驚いた。正直、「何故教えてくれなかったの?」と真っ先に言われるだろうと思っていたのだ。
「仕方……無いだろう。お前はまだこんなに小さかったし、ここに居たのはほんの半年ほどの間だ。覚えてなくて当然だ」
 義総は自分の膝より少し高い位置を手で示す。そしてあの当時をふと思いだし、義総は少しだけ表情を和ませた。
「ここに座っていると、お前は良く私の膝の上に乗って来たよ」
「嘘……」
「本当だ。頭を撫でてもらうのが好きで、そのまま眠り込んでしまう事も良くあった。来た当初は母親の陰に隠れて寄り付きもしなかったのが嘘のようによく懐いてくれた」
 義総はアルバムを広げてページをめくる。上にあった玩具の大半は沙耶に懐いてもらおうと義総や綾乃が買って来た事、1ページ目で沙耶が抱えていたクマのぬいぐるみは3歳の誕生日プレゼントだった事、昔は近くに牧場があり、そこで一緒に馬に乗った事等、この別荘で共に過ごした思い出せる限りの話を語って聞かせる。
「楽しく過ごしていたのですね」
「ああ。いい思い出だ」
 大倉家を継いだばかりで親族……特に久子との財産争いで殺伐とした日々を過ごしていた義総にとって、ここで過ごした半年間は本当にかけがえのないひと時だった。

ボーン、ボーン、ボーン……

 不意に古い柱時計が12時の鐘を鳴らして日付と同時に年が変わった事を知らせる。楽しい思い出話に、時間だけでなく本来の目的すら忘れてしまいそうになるが、義総は居住まいを正すと沙耶に向き直る。
「年が明けた」
「はい……」
「この1年でお互い随分と状況が変わってしまったな」
「そうですね」
 2人が出会ってから取り巻く環境が大きく変わってしまった。いろいろありすぎた所為でまだ1年経っていないのかと逆に思ってしまう程だ。
「ここへ連れて来た理由はもう分かるな?」
「はい」
「この事を伏せていたことも含め、うちの事情も全て話しておきたい。正直、聞いていて気分のいい話では無いが、それでも聞いてくれるか?」
「はい」
 このアルバムを見つけた時から沙耶もその心づもりでいたのだろう。彼女は躊躇なく頷いた。



「私はここで生まれたんだ。3歳の時に母が他界し、小学校に上がる前まで使用人と家庭教師に囲まれて育った」
「お父様は?」
「母が他界してからは年に1度来るかどうかだったな。結婚当初は足繁く通っていたらしいが、母が私を産み、その後体を壊してからは見向きもされなくなったらしい」
 遠慮がちに尋ねた沙耶に義総は苦笑して応えるが、沙耶は悪い事を聞いてしまったと反省して項垂れる。
「ごめんなさい……」
「お前は本当に優しいな」
 義総は彼女の頭を撫で、気にしていない旨を伝えて彼女を安心させると昔話を続ける。
「元々ここは大倉の別荘で、母と祖母が暮らしていた。正確には先代や先々代の当主に幽閉されていたのだが」
「え?」
 驚いて義総を見上げる沙耶に、彼はもう一度頭を撫でて彼女を落ち着かせる。
「大倉は由緒ある家だ。やんごとないお方の血も引いていると聞く。その分、実にプライドが高かった。先々代の当主の娘だった祖母は生粋の箱入り娘として何不自由なく育てられたが、ある時アメリカ人の若者と恋に落ちた。その男との関係を周囲に反対され、取引先の息子と勝手に婚約させられた彼女は駆け落ちしようと試みたが、それは事前に阻止されてしまった」
「そんな……。その相手の男の人は?」
「遊びだったのか、やむを得ない事情があったのか定かではないが、祖母との約束の場所に男は姿を現さなかった。当主が揉み消したらしく、その男が何者か、その後どうなったのかは記録には残っていない。」
「……」
 今にも泣きそうになっている沙耶に義総は「本当にお前は優しいな」と言って落ち着かせるように頭を撫でる。
「後に祖母の懐妊が発覚。強硬に産むことを主張した彼女は、外聞を気にした当主にここへ幽閉されたんだ。周囲には病気療養のためと偽り、当主に忠実な使用人から常に監視されながら生活していた。門が2つあっただろう? 祖母も後に生まれた母も内側の門から出る事を許されず、外の世界から切り離されて生活していた」
 義総は一旦言葉を切ると、グラスに残っていたブランデーを飲み干す。
「当然、祖母と取引先の息子との婚約は破談になった。これが大倉家の没落の始まりだった」
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