平成最後の夏

る る

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夢中

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 久々に会った彼の身長が伸びていた。前は私と同じくらいだったのに。身長以外はあの時のまま変わっていなかった。ずっと見ていると引き込まれそうで目を逸らした。夏の夜は蒸し暑い、特にお祭りの夜は。
 私は彼を見なかった事にして、彼と逆方向へ向かった。足元が揺れて、揺れて、屋台からの甘い匂いに酔った。お店のガラスに映った自分に気付いて、私は立ち止まった。そういえば私なんで今日あんなに浴衣か私服か悩んだんだっけ。散々悩んで浴衣にして。いつもならやらないのにお化粧したり、髪の毛もいつもより時間かけてセットしたの、なんでだっけ。背景には誰がいたんだっけ。
 一瞬、脳裏に浮かんだ人に少し抵抗したくなったけど認めざるを得なかった。考えたのを後悔した。折角少し忘れてたのに、また元に戻った。あの時と同じにはもう戻れないのに。なのに、可愛いって言ってくれるなんて期待してバカみたいだ。まだ、好きなんじゃん。馬鹿だなって少し自嘲した。これが夏限定であることを願った。生温い風が頬にあたって胸が少し痛くなった。もう戻れないのにな。私はまだ夢の中にいるらしい。目の覚まし方は分かるけど、まだ覚ましたくなかった。いや、もう覚ましたくても覚めれないのかもしれない。りんご飴の甘さで喉が痛くなった。蒸し暑くて少し目眩がした。
 もうすぐ花火が上がってお祭りもお開きだ。これでいいんだ。そう自分に言い聞かせた。このまま早く終わればいい。もし、この先ずっと忘れられなくて苦しんでくとしても別にいい。自業自得なんだから。その時は今日という日を恨めばいい。後悔の念に駆られればいい。意気地無しで弱くて天邪鬼な私にお似合いの最高なエンディングだ。
 時計を見るともうすぐ花火が上がる時間だった。去年、彼と一緒に花火を見た場所へ足が動いた。もしかしたらいるとか淡い期待抱いて。いるわけないじゃん、って自分に言いながら。どんどん足の速度が早くなって、鼓動も速くなって追いつけなくなっていった。甘い甘い夏の魔法にでもかかったみたいだ。イヤホンを耳に付けるとSilent Sirenの八月の夜が流れていた。甘くて甘くて仕方ない声と歌詞に酔いしれた。人気がなくて、暗くて、静かなあの場所の前で自然と足が止まった。
 向かおうとして、一歩踏み出そうとして、少し後悔した。
 
 先客がいた。
 
 誰かすぐに分かった。彼だ。期待してたけど、まさか居るとは思ってなくて動揺した。しばらくの間私はその場から彼の横顔を眺めてた。空を見上げていた。やっぱり身長以外はあの時のままだ。いつもついてる寝癖とか、瞬きが多いところとか、少し口が開いてるところとか。イヤホンを外して、踏み出しかけてた足を前に前にと踏み出した。彼は私に驚いて、何か言おうとして口を開けたが言うのをやめて少し微笑んだ。私は彼を見上げていた。彼は背が私より20cmくらい大きくなっていた。生温い風がまた頬を掠めた。「久しぶり」なんて、前振りをする必要が無い事は私達は分かっていたので黙ったままお互い何も言わずに空を見上げた。私は伝えたい言葉が口から出てこなくて、下を向いた。胸の奥ではとっくに溢れてるのに口からは全く出てこなかった。無理矢理出そうとしたら声にならなくて、空気になって消えた。しばらくの沈黙が全然苦じゃなかった。けど、胸が痛かった。花火がもうすぐ上がります。というアナウンスで顔を上げた。顔を上げた時の彼の表情が一瞬歪んで見えた。そんな彼が見てられなくて、また下を向いた。
 この気持ちを早く終わらそう。彼が消えたところでそれは私にとってはいつもの事で、夢から醒めるだけの事で、彼が現れる前の日常に戻るだけなんだ。もう何もかも、忘れて消えてさよならするだけなんだ。そう思うと、心が楽になった。
「あの、」
さっきまで全然出なかった言葉が出すんなりと出てきた。
彼は静かに視線を空から私に移した。それと同時に花火が上がり始めた。私は声を絞り出して、彼に言った。
「まだ、好きなんです。」

息をするのが苦しかった。胸が痛くて、鼓動が速くなって目眩がした。精一杯の笑顔を作ったが、すぐに歪んで崩れてまた下を向いた。泣きそうなのを必死で堪えて、ただ足元をみていた。
「あの、」
彼の声は前よりも低くなってた。その声が心地よかった。胸を締め付けて離さなかった。彼の大きな手を見てあの日ちゃんと握れてたらな、なんて思って目を閉じた。
彼は黙ったままで私は下を向いたままで花火の音だけが響いてた。
彼を見上げると、何かを言おうとして、止めて、またなにか言おうとして止めてを繰り返してた。彼は深呼吸して口を開いた。咄嗟に私は下を向いた。聞きたくなくて、聞きたくて、矛盾で溢れてた
「あの、……」
少しの間を開けて彼は言った。

「俺、…、です…」

花火の音に消されて聞こえなかった。私が彼を見上げると、彼は顔を顰めて
「すいません、もう一回言わせてください。」と掠れた声で言った。すいませんって言うのは彼の癖だった。聞きたくない気持ちを抑えて、私は頷いた

「あの、俺は、、、、好きなんです」

なんて返すのが正解なのか分からなくて黙った。ああ、別の誰かが好きなんだね。いつまでも進めないでいたのは私だけだったみたいだ。花火を見上げて零れそうな涙を必死に止めた。花火が終わるのがあっという間みたいに私の夏もあっという間に終わった。
「あの、」
隣から掠れた低い声で呼ばれて、私は何か言おうとして、言葉を探した。焦って見つけられなくて、やっと見つけたと思ったら直ぐに消えた。
「…ごめんなさい」
私はそれしか言えなかった。
彼は困った顔をして、少し歪んだ微笑みを見せた。私は下を向いて、好きと声には出さないで何度も言った。そのうち涙が出てきて、声を出さないで泣いた。唇を噛みすぎて血が出そうだった。
花火の音がせめてもの救いだった。いつまでも泣いていられないから、私は涙を少し拭いて顔を上げて、笑顔を作った。今度は上手く作れた気がしたけどすぐに崩れた。
「さよなら、ありがとう、ごめんね」
私はそう言って元来た道を引き返そうとした。
もう泣いていい。私、頑張れたよね、これで後悔しないよね多分。下を向かないで真っ直ぐ前を向いて、足を動かした。

「あの」

呼び止められて咄嗟に後ろを向いた。彼がゆっくり歩み寄って来た。私は全く動けなくて、ただ彼だけを見ていた。
「俺、まだ先輩の事が

好きなんです。」

意味が一瞬理解出来なくて固まった。時差で理解して、混乱した。
「そっか…」


戻れる?戻れないの?

聞けなかった、

怖かった

1度話した手をもう一度握るなんて、

図々しい。

「あの、まだ、戻れますか?」
自分の口からいつの間にか出てた言葉に驚いた。

「なんでもないで…」

「はい」

花火煩い。

彼の声を消さないで。

彼は私を抱きしめた。痛かった。暑かった噎せるような暑さで、花火の音が響いてて、アナウンスはもう終わりだって言って。まだ、このままこのままで

前は見えなくて、暑くって、何も手につかなくて、バテバテで目眩がする。そんな日々が戻ってきた。




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