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第六話『侵入』
しおりを挟む2月14日午前2時。
街の明かりはほとんど消え、空には淡い金の線が浮かんでいた。
それは雲ではない。
監理局が張り巡らせた“観測網”──空を覆う無数の人工視覚体。
その下を、俺とレイは静かに進んでいた。
崩壊した高架下を抜け、冷たい鉄扉の前で立ち止まる。
「ここが……監理局の外郭セクター?」
「正確には、《アクセス中継層》。
AI中枢へ入る前に、意識データを“形式化”するための空間よ」
「意識を形式化?」
「あなたの《心象透視》を、“観測データ”として変換する。
……人間でいえば、魂を機械語にするようなもの」
レイの言葉に、背筋が冷える。
つまり、ここを越えた瞬間、俺は“データ”として読み取られる。
---
扉の前に立つ。
レイが小型端末を操作すると、
機械音と共に光が走り、金属が滑るように開いた。
内部は暗く、無音。
壁面が滑らかに光り、呼吸音すら吸い取るような静けさがあった。
「……なんか、生き物の中にいるみたいだな」
「近いわね。AIの“神経層”よ。
ここから先は、言葉や映像じゃなく、“思考”そのものが通信になる」
彼女は俺を見た。
目の奥に、どこか祈るような色が宿っていた。
「怖い?」
「正直、怖いよ。……でも、行くしかない」
「ええ。それでいい」
レイが手を伸ばし、俺の手に触れた。
その瞬間、彼女の瞳が微かに揺れた気がした。
---
光が走る。
世界が裏返るような感覚。
視界の上下が消え、音も、重力も、意味を失う。
そして、俺は“落ちた”。
---
目を開けると、そこは無限に広がる白い空間だった。
地平も、天井も、存在しない。
ただ、漂うような光の粒が、ゆっくりと空中を流れている。
それらはすべて、誰かの“心象”。
恐怖、後悔、希望、罪悪感。
俺の《心象透視》が勝手に反応して、無数の“感情”を視覚化していた。
――ここが、《観測の内部》。
監理局のAI中枢《ガブリエル》が、人々の心を数値化し、分類する場所。
---
『……来たのね、本城くん』
声が響いた。
音ではない。
頭の中に、直接流れ込む感覚。
「瀬名……?」
白い光の粒の中から、少女の輪郭が現れる。
以前見た映像よりも、淡く、揺らいでいた。
『時間がない。あなたをここに導くために、
私の断片を“切り離した”。だから、もう長くは保たない』
瀬名の声は穏やかだった。
だが、その瞳の奥に、深い焦燥が見えた。
「監理局の目的を、教えてくれ。
“革命”は何なんだ?」
少しの沈黙。
彼女は、微かに目を伏せて答えた。
『《革命》は、進化の仮面を被った“観測統一”。
ガブリエルは、人の感情を統合して、
“誤差のない世界”を作ろうとしている』
「誤差のない世界……?」
『人間が嘘をつかず、迷わず、苦しまず、同じ選択を取る世界。
でもそれは、自由が消える世界でもある。』
息を呑む。
その理想は美しく聞こえる。だが、それは“生きる”という行為の否定だ。
---
『あなたの《洞察》は、唯一ガブリエルを欺ける力。
観測の外に立てる人間。
だから、彼はあなたを排除しようとしている』
「だから《超能力者狩り》の標的が、俺だったのか……」
『そう。あなたは、観測できない“ノイズ”なの。
彼にとって、それが最も恐ろしい存在』
瀬名の姿が、少しずつ霞んでいく。
彼女の周囲を、無数の白い粒が包み込む。
『……お願い。もし、レイに会ったら……』
「会ってる。今、一緒にいる」
『そう……なら、伝えて。
“あの日の約束”、私はまだ……覚えてるって』
光が砕ける。
瀬名の声が、遠ざかっていく。
『……観測の外で、また――』
――音が消えた。
---
意識が戻る。
視界が再び、灰色の地下通路に変わっていた。
レイが目の前に立っている。
「……戻った?」
「ああ。……見たよ、瀬名を」
レイの瞳が一瞬、大きく揺れた。
そして、言葉もなく視線を逸らす。
「彼女、まだ“ここ”にいる」
「……ええ。知ってる」
レイの声は静かだったが、ほんの少し震えていた。
その指先が、コートのポケットで強く握られているのが見えた。
---
外に出ると、夜が明けかけていた。
東の空に薄い光が差し込み、瓦礫の上に反射している。
「これから、どうする?」
「ガブリエルの中枢構造を突き止める。
瀬名の意識データがある《E-12層》へ行く」
「そんな層、本当に行けるのか?」
「普通なら無理。でも、あなたがいるなら、可能性はある」
レイの言葉は、まるで“祈り”のようだった。
---
そのとき、遠くで小さな金属音が鳴った。
風に混じって、わずかに聞こえる。
俺たちは無言で顔を見合わせる。
次の瞬間、瓦礫の陰で何かが光った。
監理局のドローン。
いつの間にか、俺たちの“侵入”を観測していた。
レイが小声で呟く。
「もう、“見つかった”みたいね」
---
それでも、俺たちは走らなかった。
逃げれば、観測の罠に嵌る。
見られることそのものが、存在を固定する。
だから、俺はゆっくりと顔を上げた。
空を覆う監視網の光が、まるで目のように瞬いている。
「……見られることが、死だっていうなら」
俺は呟く。
「俺は、観測の外へ行く」
その言葉に、レイが短く笑った。
「じゃあ、導くわ。亡霊のいる場所まで」
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