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第五話『消えた研究者』
しおりを挟む潜入まで、残り十八時間。
廃駅の地下に設けた仮設拠点で、俺とレイは監理局の公開データベースに侵入していた。
黒いモニターに流れる膨大な文字列。
その中に、人間の記録が「数字」に変換されていく様が映っている。
名前、所属、職歴、適性、そして――《Talent値》。
「まるで……人間の“資源表”だな」
「そうよ。監理局は、才能を“資源”として管理している」
レイの声には、どこか冷えた響きがあった。
彼女の指先がキーボードを叩くたびに、淡い緑色の光が反射する。
「目的のデータは?」
「検索中……瀬名カリン。情報技術部、適性コード:β-05-7」
数秒後、画面にひとつのファイルが浮かび上がった。
《職務記録:瀬名カリン》
クリック。
開かれたそのデータには、淡々とした文章が並んでいた。
> 【死亡記録】
> 日時:革命開始前夜(2月10日 23:48)
> 原因:AI中枢の暴走による焼失事故
> 遺体:未発見
「……焼失事故?」
「ええ、公式にはそう報告されてる」
だが、画面の端に一瞬、奇妙なノイズが走った。
表示が一瞬だけ反転し、別の文字列が浮かび上がる。
> 【観測対象S:継続中】
> 【状態:精神データ断片化】
> 【アクセス禁止階層:E-12】
俺とレイは同時に顔を上げた。
「……見たか?」
「ええ。今のは、“隠し層”のデータよ」
レイの手が震えている。
冷静な彼女が、初めて“動揺”を見せた瞬間だった。
---
「つまり、瀬名は……まだ生きてる?」
「“肉体”は失われてる。けど、精神データは残ってる。
監理局のAI中枢の内部に――」
レイが言葉を切った。
次の瞬間、端末が異常音を発した。
ピ――ッ……ピピピ……。
画面に警告が浮かぶ。
《不正アクセス検出:発信源不明》
「くそ、追跡が来た!」
「切断して!」
俺がコードを引き抜くより早く、画面が真っ黒になった。
代わりに、ノイズ混じりの映像が浮かぶ。
それは、見覚えのある“研究室”。
そして、ノイズの奥に、白衣を着た少女の輪郭。
『……聞こえる……? 本城くん』
空気が止まった。
その声は、確かにあの日の“彼女”だった。
「瀬名……?」
映像がちらつき、声が微かに歪む。
『もう……時間がないの。
《ガブリエル》は、“次の段階”に入ろうとしてる……
人間の思考を……観測の枠に……』
「待て、どういうことだ!」
『……ウィンドウ……あと十八時間……それを逃したら、私は──』
プツン。
通信が途切れた。
画面は真っ暗になり、静寂が戻る。
---
レイは沈黙したまま、コーヒーの紙コップを手にしていた。
だがその手が小刻みに震えている。
次の瞬間、彼女の指先からコーヒーがこぼれ、床に広がった。
黒い液体がゆっくりと流れ、冷たい反射を作る。
その様子を見つめながら、彼女がぽつりと呟く。
「……これで、確定した」
「何が?」
「瀬名は、“死んでない”。
ただ、AIの内部に“幽閉”されてるの」
その言葉が、まるで宣告のように響いた。
---
外では風が鳴っていた。
地下鉄の通路の隙間から、遠くで警報のような音が響く。
「十八時間後、ウィンドウが開く」
「そこで潜入、だな」
「ええ……でも、条件がひとつある」
レイが俺を見た。
その瞳は冷たく、それでいてどこか祈るようだった。
「AI中枢に接続できるのは、あなた“だけ”」
「……どうして」
「《心象透視》の能力は、“観測”の逆行を起こす。
つまり、AIが覗く前に、あなたがAIを覗ける」
俺は言葉を失った。
まるで、全てが俺に仕組まれていたように思えた。
---
「なあ、レイ」
「なに?」
「……もし、俺が戻れなくなったらどうする?」
その問いに、彼女はしばらく黙り込んでいた。
やがて、ゆっくりと答えた。
「その時は、あなたの記録を消す」
「消す?」
「観測されないものは、死なない。
それが、瀬名が最後に言った言葉」
俺は思わず笑った。
皮肉でも冗談でもない。
ただ、その言葉が妙に心に残ったからだ。
---
夜。
俺は再び廃ビルの屋上に出た。
遠くの空に、金色の閃光が走る。
あれは《監理局本庁》。
まるで空そのものが、巨大な目で街を見下ろしているようだった。
「観測されないものは、死なない……か」
その言葉を呟いた瞬間、
背後で風が動いた。
振り返ると、レイがそこにいた。
何も言わず、隣に立つ。
炎のような夕光が二人の影を伸ばしていく。
その中で、レイが静かに言った。
「……ねえ、本城。もし“瀬名”に会えたら、伝えて」
「何を?」
「“また、約束を破った”って」
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