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第九話『視界の揺らぎ』
しおりを挟む朝が来た。
はず、だった。
空は灰色で、雲の形が昨日とまったく同じだった。
人々は市場に集まり、昨日と同じ言葉を交わし、
少女はまた俺に「名前あるの?」と尋ねた。
「昨日も、その質問をしたよな」
そう言うと、少女は笑って首を傾げた。
「そうだったっけ?」
彼女の声が風に溶けていく。
昨日の焚き火の跡が、まだ燃えていた。
時間が、止まっている。
---
「……始まったのね」
レイの声が背後からした。
いつの間にか立っていた。
その顔には、疲労と焦燥が入り混じっている。
「“観測の揺らぎ”よ。
監理局が、この街を“再観測”しようとしてる」
「どういうことだ?」
「瀬名が動いた。
彼女は《外》から、ここの情報を引き出そうとしてる。
けどこの街は、人間の“記憶”で成立してる。
だから再観測が起きると……“記憶が壊れる”」
「つまり、ここの人間たちは――」
「もう長くはもたない」
---
街の空気がざらつき始めた。
視界の端に、ノイズが走る。
建物の輪郭がぼやけ、人々の影が反転する。
誰かの笑い声が、同じ音程で何度も繰り返される。
「……お兄さん、名前あるの?」
「ある。だが、お前は知らなくていい」
「どうして?」
「その質問も、もう三回目だ」
少女は笑う。
だが、その笑みの奥に、何かが――**混じっていた。**
---
『――本城。聞こえる?』
耳の奥で、ノイズがはじけた。
瀬名の声。
だがその音は、まるで別の存在の“模倣”のように歪んでいた。
『観測層がずれてる。リンドグレイの中に“記録の反射”が生じてるの。
このままだと、街ごと消える』
「どうすればいい?」
『あなたの神経記録を使う。私の断片を媒介にして、街を“再同期”させる』
「……それ、つまり俺を犠牲にするってことか?」
『違う。あなたの“記憶”を一時的に、ここにコピーするだけ。
記録の穴を埋めるには、“外の観測者”が必要なの』
レイが俺を見た。
その目は、“止めたい”と“信じたい”のあいだで揺れていた。
「やめて。本城、それは罠かもしれない」
「でも、放っておけば、この街は――」
『時間がない。決めて』
---
俺は息を吸い込み、
ノイズの中心へ意識を集中させた。
視界が、ぐにゃりと曲がる。
周囲の色が剥がれ、街の構造が“数式”のように変換されていく。
脳の奥に、瀬名の声が直接流れ込んだ。
『これで接続完了。
あなたの視覚層と、この街の記憶層を同期させる……!』
光が弾けた。
風景が一瞬だけ、完璧な“現実”を取り戻す。
だが次の瞬間、
俺は自分の“記憶”が流れ出していくのを感じた。
---
学校の屋上。
雨の日の午後。
俺と瀬名が、同じ傘の下で笑っていた。
「どうして、観測なんて必要なんだろうね」
瀬名が言った。
「人を“記録”しなきゃ存在できないなんて、悲しいよ」
俺は答えた。
「でも、記録しなきゃ、消える」
「なら、消える勇気を持てばいい」
――あの日の言葉が、いま胸の奥で響いていた。
---
目を開けると、
リンドグレイ区の空は青かった。
雲が動いていた。
焚き火の煙が風に流れ、人々が互いに名前を呼び合っている。
少女がこちらを見て、笑った。
「お兄さん、名前は?」
「……本城だ」
「覚えておくね」
彼女の瞳が、確かに“記録”した。
その瞬間、街全体が一瞬だけ光り、
そして、静かに息を吹き返した。
---
「成功……したのか?」
俺の問いに、レイは静かに頷く。
「ええ。街は再同期された。
でも、あなたの記憶の一部が、向こう側に流れた」
「向こう側?」
「――瀬名のいる層へ」
レイの瞳が、わずかに震えた。
「つまり、今のあなたの中には、
瀬名の“断片”が残ってる」
風が吹く。
その中で、確かに瀬名の声が混じっていた。
『……まだ終わってない。
本城、次は“外”を壊す番』
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