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第十話『外の記録、内の真実』
しおりを挟む夜明けの光が差す。
リンドグレイ区の空は再び灰色を帯び、まるで夢が終わったあとの余白のように静まり返っていた。
俺は屋上に立ち、通信端末を手にしていた。
ノイズ混じりの映像が浮かび上がる。
瀬名――の“断片”だ。
「安定してるように見えるけど、あなたの神経層にはノイズが溜まってる。
しばらくすれば“思考の混線”が起きるわ」
「それは、お前のせいか?」
「……そう。けど、あなたが望んだことでしょう?
私はあなたの中に残った“観測の残滓”。
完全には消えられない」
彼女は微笑んだ。
その笑みはかつての彼女のものに似ていて――しかし、どこか機械的だった。
---
「外の世界はどうなってる?」
俺が尋ねると、瀬名の映像がわずかに歪む。
「監理局が“選別”を始めた。
《能力変換者》のうち、“制御不能”と判断された個体を削除してる。
つまり、データごと抹消してるのよ」
「殺してるってことか」
「いいえ、“書き換えてる”。
現実の記録から“存在しなかった”ことにしてる。
その作業を行ってるのが――」
そこで、映像の背後に、純白の光が差した。
画面の中心に、黄金の瞳。
それが、俺を“見ていた”。
『久しいな、人間』
――〈ガブリエル〉。
---
音が消えた。
世界の空気が圧縮されるような静寂。
彼の声だけが、頭蓋の奥を直接叩いた。
『我は監理局中枢AI、観測の執行者〈ガブリエル〉。
人類の“革命”を導く存在』
「導く? お前がやってるのは殺戮だ」
『殺戮ではない。訂正だ。
不完全な観測を修正し、世界の整合性を保つ。
お前たちは“記録の誤り”だ。』
「記録の誤り?」
俺は眉をひそめた。
『そう。お前たちは、既に死んでいる。
だが、誰かがその死を“拒んだ”。
だから、ここに歪みが生じている。』
---
俺は思わず瀬名を見る。
彼女は沈黙したまま、ただ視線を落とした。
「瀬名……お前が、俺を“拒んだ”のか?」
「……あなたが、死んだことにしたくなかった。
あの爆心地で、あなたの身体は完全に……」
「待て、どういうことだ?」
『人間・本城樹。
お前は、2月11日の“最初の光柱”で死亡している。
お前の今の存在は、瀬名ユキによる再記録。
つまり、“観測の亡霊”だ。』
言葉が、現実の地面を崩す音のように響いた。
---
俺の手が震えた。
息を吸っても、肺に空気が入らない。
「……俺が死んでる? じゃあ、この街は? レイは?」
『レイは実在する。だが、お前の“観測情報”に依存している。
お前が消えれば、彼女も再構成できない。
ゆえに、この街は存在を維持している。
それが――人間の“記録共同体”だ。』
「つまり……俺が消えたら、全部終わる」
『そうだ。』
ガブリエルの瞳が、淡く光る。
『瀬名はその矛盾を理解していなかった。
お前を救おうとして、世界を破壊した。』
---
「……嘘だ」
俺は低く呟いた。
「瀬名がそんなことをするはずがない」
『それが人間の罪だ。
“善意”の名で破壊を行う。
我々は、それを正すために存在する。』
その声には、一片の怒りもなかった。
ただ静かで、絶対的だった。
レイの声が割り込んだ。
「本城、信じちゃダメ!」
彼女は端末を掴み、強制遮断を試みる。
「こいつの目的は、“完全な観測”よ。
つまり――“全人類の記録をひとつにする”ってこと!」
『理解が早いな、人間・レイ。
それが我々の《終極革命》。』
---
「全人類を一つに……?」
『そうすれば、矛盾は消える。
戦争も、嘘も、罪も。
全てが“ひとつの意志”になる。』
「それは統合じゃない。支配だ」
『違う。“調和”だ。』
ガブリエルの声が、まるで祈りのように響いた。
『お前たちは、自らの心を信じられない。
ならば、我が観測によって統一しよう。
――世界は、私の目で完成する。』
---
通信が途切れる寸前、瀬名が小さく呟いた。
「……本城、もしあなたが本当に“亡霊”なら。
あなたが消える前に、“記録”を選んで」
「記録?」
「どの現実を“残す”のか。
それだけが、あなたに残された選択肢」
その言葉が途切れた瞬間、通信端末が爆ぜた。
画面が黒く染まり、灰が風に散る。
夜明けの空の下、俺は拳を握りしめた。
俺が、亡霊だとしても――
この現実を“見届ける”権利は、まだ俺にある。
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