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第十四話『逆観測起動』
しおりを挟む夜明け前。
アデル旧市街の空は、鉄のような色をしていた。
焼け落ちた高層ビルの間を、風が抜ける。
遠くで崩れ落ちる音がしたが、もう誰も驚かない。
世界が崩壊する音は、日常の一部になっていた。
---
廃ビルの地下。
発電機の低い唸りが響き、ケーブルの光が床を這っている。
本城は端末の前で腕を組み、レイを見つめていた。
彼女の指先は震えていない。
むしろ、いつも以上に穏やかだった。
「レイ、準備はいいのか?」
「ええ。
“逆観測”のアルゴリズムは、瀬名の設計を改良した。
監理局の観測層を逆流させ、私たちの“存在情報”を上書きする」
「上書き……って、つまり」
「彼らの観測記録上、私たちは“いないことになる”。
一時的に、だけどね」
「監理局の目を欺く、か。
だが……灰原たちが気づいたら?」
「その時は、話すわ」
「話す?」
「ええ。“理屈”でね」
---
レイの声には確信があった。
だがその裏には、彼女にしか見えない“確率”が渦を巻いていた。
成功率、36%。
失敗すれば、彼女自身の意識が観測層に飲まれる。
それでも、彼女はためらわなかった。
それが、瀬名から託された“観測の継承”だったから。
---
端末の中央に、認証キーを差し込む。
透明な球体が淡く光り、電子音が鳴り響いた。
モニターの中で、無数のデータ線が組み上がっていく。
《Authentication accepted.》
《Reversed Observation Protocol initializing...》
「始まるわ」
レイが息を吐き、瞳を閉じた。
---
同時刻、数キロ離れた場所。
監理局の指令車両では、灰原が異常値を確認していた。
「……観測層、反転信号を検知」
「反転? 観測が……逆流してる?」
オペレーターたちがざわめく。
灰原は無言でモニターを見つめた。
そこに映っていたのは、膨張するような“データの渦”。
観測記録が逆転し、存在の座標が不安定になっていく。
「やられたな……レイ=ユースティア」
灰原の口元に、わずかな苦笑が浮かぶ。
彼はヘッドセットを取り、指令を出した。
「全ユニット、追跡を中止。
以後、監視モードに切り替えろ」
「追跡を……やめるんですか?」
「今、下手に介入すれば、“世界そのもの”が書き換わる」
---
一方そのころ。
本城の視界が、ゆっくりと歪み始めた。
ビルの壁が波打ち、色が反転する。
まるで夢の中に落ちていくような感覚。
「……これが、“観測の逆流”か」
レイの声が遠くから聞こえた。
瞳を閉じたまま、彼女は低く呟く。
「見える……監理局の観測層が、層を成して……私たちを覗いている。
でも、同時に“誰か”がその奥から、こっちを見てる……」
「誰か?」
「……ガブリエル、じゃない。
もっと別の……“上位観測者”」
---
レイの額から汗が落ちる。
データの光が彼女の輪郭を侵食し始める。
「レイ!」
本城が肩を掴んだ。
触れた瞬間、彼の“心象透視”が自動的に作動する。
レイの心が、視界に溶け出した。
そこには、無数の数字と確率、そして──ひとつの願い。
**《本当の未来を、見たい》**
本城は歯を食いしばった。
彼女を止めることはできない。
この行為は、彼女自身の存在証明なのだ。
---
「……レイ、あとどれくらいだ」
「残り7%。
監理局の観測層が完全に書き換われば、私たちは一時的に“不可視”になる。
ただし……」
「ただし?」
「その間、私たちも世界から“観測されない”。
つまり、存在が保証されなくなる」
「……危険だな」
「危険なのは、いつもよ」
レイが微笑んだ。
その笑みは、わずかに震えていた。
---
その瞬間、全ての光が一斉に弾けた。
音が消え、空気が凍る。
世界が、一度“停止”した。
そして次の瞬間、すべてが静かに“再構成”された。
---
本城は目を開ける。
廃ビルは同じ形をしているのに、空気が違っていた。
ノイズが消え、監理局の追跡信号も感じられない。
「……成功、したのか?」
「一応ね」
レイは膝をつき、息を荒げながら答えた。
彼女の頬は青白いが、その瞳だけは確かに輝いていた。
「これで少なくとも、彼らには“見えない”」
---
本城は彼女を支えながら、呟いた。
「でも……なんで灰原は、反応しなかったんだ?」
「たぶん、知ってたのよ」
「知ってた?」
「瀬名がこの手法を考案した時、彼は助手だった。
だから、“止められない”って理解してた」
本城は静かに息を吐く。
「……あいつもまた、観測の囚われ人か」
---
遠くの空が、ゆっくりと白み始めた。
崩壊した世界の片隅で、夜明けが訪れる。
「レイ」
「なに?」
「お前が見た“未来”って、どんなものだ?」
レイは少しだけ考え、
そして、子供のように呟いた。
「……“青い空”」
本城はその言葉を聞いて、わずかに笑った。
「じゃあ、探しに行くか」
「ええ。
観測の届かない“空”を」
---
その頃、監理局本部の通信網が一斉に再起動した。
ログの中に、ひとつの未知の署名が残されている。
《SENA_02:Reverse layer established.》
灰原は静かにモニターを閉じた。
「……やはり、君はまだそこにいるのか。瀬名」
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