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第十五話『再観測』
しおりを挟む監理局本部、第七観測塔。
外界から遮断された円形の部屋で、灰原透は一人、座っていた。
壁一面に広がるホログラム。
そこに映るはずの“対象データ”は、今は存在しない。
《本城 樹:観測不能》
《レイ=ユースティア:観測不能》
文字だけが、冷たく点滅している。
「……消えた、か」
灰原はそう呟き、ゆっくりと息を吐いた。
追跡を止めた判断は、正しかった。
だが同時に、それは“監理官としての敗北”でもあった。
---
「灰原二等、説明を求めます」
背後から、淡々とした声が響く。
振り返ると、監理局中央評議会の代理――
白い仮面をつけた女性が立っていた。
「なぜ対象の抹消を実行しなかったのですか」
「……不可能だったからです」
「不可能?」
「はい。
逆観測が完全に起動した以上、彼らに手を出せば、
“観測基盤そのもの”が破綻する可能性があった」
女性は一瞬、沈黙した。
そして静かに言う。
「それは“推測”ですね」
「ええ。
ですが、監理局が最も恐れるべき事態でもある」
---
仮面の女は踵を返した。
「判断は記録します。
あなたの処遇は、後日決定されるでしょう」
足音が遠ざかり、部屋は再び静寂に包まれた。
灰原は椅子にもたれ、天井を仰ぐ。
「……結局、君と同じ選択をしたのか。瀬名」
---
彼の脳裏に、過去の記憶が浮かび上がる。
──半年前。
まだ“革命”が起きる前の、監理局研究棟。
---
「灰原。あなたは“観測”を信じてる?」
研究室の片隅で、瀬名はコーヒーを片手にそう聞いた。
「信じるも何も、
観測がなければ世界は成立しません」
「そうね。
でも“正しい観測”って、誰が決めるのかしら」
「……統計と一貫性です」
「それは“安定”の話。
“正しさ”とは違う」
瀬名は窓の外を見ていた。
ガラスに映るのは、管理された空――
常に一定の色を保つ、偽りの青。
「人間はね、灰原。
間違った観測をする生き物なの」
「だからこそ、我々が補正する」
「ええ。でも……」
瀬名は振り返り、真っ直ぐ彼を見た。
「もし、“間違い続けること”に意味があるとしたら?」
---
「意味……ですか」
「そう。
間違え、後悔し、それでも選び続ける。
それが人間の“自由”じゃない?」
灰原は言葉を失った。
「あなたは優秀よ。
だから、いつか“選ばされる側”になる」
「選ばされる……?」
「世界を守るために、
誰かの未来を切り捨てる側に」
瀬名は、少しだけ寂しそうに笑った。
「その時、あなたはどうする?」
---
記憶は、そこで終わる。
灰原は目を閉じた。
「……答えは、まだ出てないよ」
---
彼は端末を起動し、極秘ログにアクセスする。
そこには、瀬名が最後に残した非公式メモがあった。
《観測とは、支配ではない》
《観測とは、責任だ》
《見た以上、選択を放棄してはいけない》
その下に、もう一文。
《灰原へ。
あなたが“迷った”なら、それは人間である証拠よ》
灰原は思わず、苦笑した。
「……随分と、重い宿題を残してくれたな」
---
彼は立ち上がり、観測塔の窓に近づく。
外には、わずかに歪んだ空が広がっていた。
逆観測の影響で、空の色が安定していない。
それは、世界が“誰かに見られていない”証拠だった。
「本城樹……レイ=ユースティア……」
彼らは今、監理局の外にいる。
だが、それは“逃げた”のではない。
**観測から、降りたのだ。**
---
「……ならば」
灰原は、通信回線を一本だけ開く。
監理局の正式回線ではない。
かつて瀬名が使っていた、裏の観測チャンネル。
そこに、短いメッセージを残した。
《追跡はしない》
《だが、監理局は止まらない》
《次に会う時、私は“立場”を選ぶ》
それは、警告であり、
同時に――約束でもあった。
---
灰原は端末を閉じ、静かに呟く。
「再観測を開始する。
今度は……“人間として”」
監理局の塔の奥で、
一人の観測官が、初めて“迷い”を肯定した瞬間だった。
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