曲がった鼻と真っすぐな日々 ― 鼻中隔湾曲症手術記

Akkami

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第4話:手術3週間前 ~総合病院:精密検査~

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「今日は採尿・採血・CT・胸部X線・心電図・鼻の通気性テスト・問診のフルコースです」
受付の方が、ホテルの朝食メニューみたいに読み上げた。健康診断ビュッフェ、腹は減ってないのに緊張で胃が鳴る。

まずは尿検査。小さな紙コップに、人生で一番の集中力を注ぎ込む。次の採血では看護師さんがプロの手際でスッと針を入れ、「水分ちゃんと摂れてますね」と褒めてくれた。褒められて伸びるタイプだ。いや、血管が伸びても困るけれど。

CTはベルトコンベアに乗せられた荷物の気分で輪っかの中をスーッ。胸部X線は「息を吸って、止めて」。私の鼻では、その“吸って”の時点でハンデ戦だ。心電図はペタペタとシール。機械が鼓動を測る間、頭の中では冷蔵庫のプリンの在庫管理まで始めてしまう。落ち着け、心臓。

そして本日のメイン、鼻の通気性テスト。片方ずつ小さな筒を当てて、空気の通りを数字で見せてくれる文明の利器。結果は一目瞭然——右鼻は左鼻の約10%。10%って、ポイント還元なら嬉しいが、酸素の還元は嬉しくない。営業成績なら即会議、スマホの残量なら即省電力モード。そりゃ右がすぐ詰まるわけだ、と数字音痴の私でも納得した。

CTの画像では、鼻中隔が見事なくの字。顔面の内側で算数記号が主張している。その“く”の字を見た瞬間、頭の中の映写機がカタカタと逆回転を始めた——そうだ、あれだ。高校一年の冬。校庭脇の自販機の前、誰とも知らぬ一つ上の先輩に、思春期ホルモン120%の私がなぜか粋がって因縁をつけた。「先に手を出したら勝つに決まってる」みたいな、格闘ゲームの間違った学びを現実に持ち出し、「やってみろよ」と口が滑った次のコマで、画面が白くフラッシュ。見事なクリーンパンチが鼻先にドン。私は落ち葉の上の電源ボタンみたいにストンと落ち、気づいたら世界は期間限定のレッドオーシャン。鼻の中、決算セール。——あの時に通路が半分閉塞したのだ。アホだ。大アホだ。数十年寝かせて旨味が増した熟成アホだ。診察室に戻って小声で反省会を開催していると、主治医は「成長とともに曲がることもありますからね」とやんわり慰めてくれた。いや先生、私の心当たりはパンチ一択です。

主治医曰く「左も少し塞がってますね。両側やりましょう。手術時間はだいたい二時間」。映画一本ぶん。ポップコーンは持ち込めないが、術後に鼻に詰めるガーゼは大容量上映予定らしい。右だけじゃなく左も、というのは軽いショックだったが、慣れというのは恐ろしい。右10%生活に、いつの間にか私の感覚は最適化されていた。

診察が終わると、看護師さんから入院準備の説明。接種スケジュールの話になり、「インフルエンザは手術の4週間前まで、他は3週間前までが推奨です」とのこと。麻酔とワクチンが喧嘩しないよう、席を離して座らせるイメージ。私のカレンダーには付箋が増え、交通整理が始まった。

最後に事務手続き。私は小声で「いびきがうるさいので、できれば個室を…」とお願いした。夜中のサウンドトラックを同室の人に共有する勇気はない。個室料金については「病棟と空き状況によります」と丁寧な笑顔。市場価格、いわゆる“時価”。寿司屋なら胸が高鳴るが、病院の時価は財布が高鳴る。

病院を出ると、外の空気はいつも通りだった。右10%の世界は今日も粛々と続いている。けれど、二時間の映画が終わる頃——エンドロールが流れる頃には、あの冬の“く”の字史観とも、そろそろ和解できるかもしれない。そう思ったら、帰り道の風が、ほんの少しだけよく通った気がした。
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