曲がった鼻と真っすぐな日々 ― 鼻中隔湾曲症手術記

Akkami

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第5話:手術3日前 ~総合病院:PCR検査~

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入院前の関門、PCR検査。自動ドアをくぐると、消毒液の香りと「距離をとってね」の足跡マーク。病院って、なぜか静かなのに効果音だけは多い。受付のピッ、体温計のピッ、そして財布の心配を示す私の心のピッ。

受付を済ませ、問診票に今日も正直者ムーブ。最近の発熱?なし。味覚嗅覚の異常?昨日のカップ味噌汁が薄かったのはメーカーの責任。旅行歴?近所のスーパーが最果て。番号札を握りしめ、待合で張り紙を眺める。「検査はすぐ終わります」——そう、その“すぐ”に私は何度も裏切られてきた。

呼び出し。「◯番の方、どうぞ~」。指示どおりPCR検査室へ直行。白い部屋の真ん中に、やる気満々の綿棒が直立。主役オーラがすごい。担当の看護師さんは目尻で笑っていて、「力抜いてくださいね~すぐ終わりますから」と天使の声。私はこの“すぐ”を人生で何度も信じ、何度も学んだ。

いざ、右の鼻。私の鼻中隔は“く”の字カーブで有名(当社比)。綿棒が第1コーナーに進入、減速、からの切り返し。おっと、そこは高校一年の冬、先輩の右ストレートで塞がった伝説のヘアピンです。無理しないで、減速して!——願いもむなしく、グリグリ、からのもう一段グリ。脳に届きそう、という比喩を初めて実感。涙腺ダムは片目だけ決壊。体感三分、実測三秒。

続いて左の鼻。こちらは直線多めで走りやすいはずが、スッと入って、やっぱり最後はグリ。看護師さんの「はい、おしまい」が、遠くのゴールテープに見えた。私「うっ…」看護師さん「えらい、よく頑張りました~」。小学生のころ欲しかったごほうびシール、今ここで欲しい。できれば“金”のやつ。

検査は本当に数秒で終了。数秒だけど痛いのは痛い。短距離走なのに心拍数だけフルマラソン。喉にわずかな薬液の香り、鼻の奥にキーンと山ワサビ感。マスクを戻す所作が、なぜか熟練の寿司職人みたいに丁寧になる。

「結果は、陽性なら後日お電話します。連絡がなければ陰性です」——連絡がないのが吉報、昭和の内定方式。会計のピッで再び心がピッ。帰り道、風がやけに爽やかで、世界が4K。鼻のとおりを確かめるべく深呼吸したら、くしゃみで世界が一瞬スローモーション。コンビニで“鼻にやさしい”と書いてある高級ティッシュを、未来の自分への投資として購入。

帰宅してからが本番。スマホの通知音にいちいちビクつく。LINEの「ポン」で心が跳ね、宅配アプリの「配達中」で寿命が縮む。圏外が怖くて、家の中の電波の聖地を巡礼。窓際、玄関、Wi-Fiの上、なぜか洗面所が最強。翌日も翌々日も、電話は鳴らず。つまり陰性。静寂バンザイ。連絡のない連絡、ありがとう。

こうして、入院準備は全点灯。スリッパ、洗面道具、延長コード、リップクリーム、のど飴、そして折れない心。入院書類のファイルに“お守り”として控除額の見積メモも差し込む。病室での暇つぶし用に電子書籍をダウンロード、充電ケーブルは3メートル級を確保。家族には「しばらく鼻工事します」と宣言。鼻のリフォーム、見積りは痛み、完成予定は呼吸の自由。

玄関で靴をそろえた瞬間、私の中でだけファンファーレが鳴った。タラララッタラ~ン。いよいよだ、鼻の大工事まで、あとわずか。準備よし、覚悟よし、ユーモアよし。明日の私へ——深呼吸の練習は、今日のうちに。
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