曲がった鼻と真っすぐな日々 ― 鼻中隔湾曲症手術記

Akkami

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第6話:手術前日 ~総合病院:入院初日(受付)~

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 朝10時きっかり。病院の自動ドアがシュッと開く音に、こちらの覚悟も自動でオンになる。入院受付のカウンターは相変わらずの要塞感で、番号札を取った瞬間、遠足のしおりを忘れた小学生みたいにそわそわした。

 手続きは、まず書類の山との対峙から始まる。手術・検査同意書、麻酔同意書、輸血同意書、特定生物由来製品使用説明同意書、入院誓約書、転倒・転落評価表、そしてパジャマ/タオルレンタル申込書。これらを前にすると、人は二種類に分かれる——素早く読み込める人と、漢字の密度に膝が笑う人。私は後者だ。サインするたびに「本当に同意してる?」と自分の理性に確認を取るが、ペン先だけはハイペースで進む。今日いちばん忙しいのは、親指の付け根かもしれない。これだけ同意すれば、さすがに病院のWi-Fiにも同意したことにならないかな、とか余計なことを考える。

 転倒・転落評価表は特にスリリングだ。質問に答えていくうち「身体より先に自尊心が転びそうです」と書きたくなるのをこらえる。輸血同意書では「自分の血にそんな使い道があるのか」と妙に感心し、特定生物由来の説明文は、読み終える頃には一歳年を取っていそうな濃度で、思わず背筋が伸びた。入院誓約書は“ここでは暴れません”と遠回しに誓う感じがして、元気よくサインした。

 持参グッズは、旅人の荷物と変わらない。洗面用具はシャンプー、ボディソープ、歯ブラシ、ボディスポンジのフルセット。下着の替えは「足りないよりは多い方が安心」という謎の哲学により多め。ボックスティッシュは、まるで自分専用の補給基地だ。サンダルは病棟を歩くのに最適化され、眼鏡とコンタクトは“視界の二刀流”。iPadとノートPCとヘッドフォンを入れた時点で、入院なのか出張なのか少しわからなくなる。筆記用具も数本投入。——そしてこの時の私に伝えたい。コップ。コップを持っていけ。術後の私が、枕に顔を埋めて「コップ…」と呟く未来が見えるぞ、と。※本当に、これだけは声を大にして言いたい。

 受付で一通りの手続きを終えると、入院フロアへ向かうよう案内がある。エレベーターの鏡に映る自分は、やや緊張した旅行者。フロアの窓口で名前を告げ、書類を確認されると、「ではお部屋にご案内しますね」とスタッフの方。ここから先は“個室ガチャ”の運命タイム。空き状況は日によるという話だったが、この日は幸運にも個室が空いていた。思わず背後でファンファーレが鳴った気がした。

 部屋に着くと、スタッフは短く説明して颯爽と退室。「担当看護師が参りますので、少々お待ちくださいね」——と言い残し、ドアが閉まる。静寂。ここから、いきなり“お留守番ごっこ”が始まる。さっきまで周囲は白衣の皆さんで賑やかだったのに、急に個室の空気が広がる。緊張と解放が半々、初めての一人暮らし初日みたいな心持ちだ。

 見回すと、個室の設備が充実していてスッと心が軽くなる。洗面台はピカピカ、トイレとシャワーは“マイルーム感”が強くてありがたい。テレビはリモコン付きで、早くも“テレビカードどうする問題”が顔を出す(とりあえず保留)。クローゼットは余裕があって、荷物の置き場に悩まない。一人掛けソファーが二つ並んでいるのは、不思議と心強い。孤独が二等分されるからだろうか。ベッドのリモコンには上下左右ボタンが並び、ちょっとした戦闘機のコックピット。思わず試運転してしまい、背もたれが上がるたびに「ほう…」と感嘆の息が漏れる。ナースコールのボタンも確認して、うっかり押しそうになる指を慌てて引っ込めた。初手で誤爆はしたくない。

 荷解きは、まず電源確保から。延長コードがないことに気づき、コンセントの位置とベッドの距離で小さなパズルが始まる。iPadとPCを充電しながら、ヘッドフォンを枕元に配置。ボックスティッシュはベッド脇に鎮座。洗面用具はシャワールームへ。サンダルはドア横にセットして“機動力”を確保。ここまでやると、急にこの部屋が自分の巣に見えてくる。

 ふと窓の外を見ると、病院の庭木が風に揺れている。手術は明日。今日のミッションは、無理をしないことと、余計な心配で体力を削らないことだ。書類にサインし続けた達成感と、見えない緊張が、胸の中で綱引きをしている。そうだ、入院は“静かに戦うスポーツ”だ。水分補給が大事——そう、だからコップが要るのだ(しつこい)。

 やがて担当看護師さんが入ってきて、体温・血圧・酸素濃度のチェック、翌日のおおまかな流れの説明。丁寧で、要点がはっきりしていて、こちらの不安をスッと和らげてくれる。プロはすごい。最後に「なにかあったらナースコールを」と微笑まれ、私は“押していいボタン”がこの世に一つはあるのだと安心する。

 こうして、私の“前夜基地”が完成した。テレビはまだつけない。音を出すと、緊張がどこかへ逃げてしまいそうだから。代わりにベッドの角度を微調整し、ソファを一つだけ窓側に寄せて、充電のインジケーターを見守る。深呼吸。鼻の手術前夜に、入院の空気を鼻で吸い込む——なんという皮肉、なんという前哨戦。

 結論。個室はやはり快適です!!
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