曲がった鼻と真っすぐな日々 ― 鼻中隔湾曲症手術記

Akkami

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第7話:手術前日 ~総合病院:入院初日(手術の準備)~

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 ほどなく担当看護師さんが戻ってきて、ホワイトボードのペンをカチッと鳴らし。
「11:00 手術(約3時間/麻酔含む)」——この一行で、私の明日がホワイトボードに固定された。
11時。午前の主役の席だ。緊張が、背筋のどこかにちょこんと座る。

まずは朗報。「今回の手術は短時間なので、尿道カテーテルは使いません。T字帯も不要です」
——内心のガッツポーズは国技館サイズ。あの“未知との遭遇”がないと分かっただけで、心拍が一拍分穏やかになる。
ついでにT字帯の正体も教えてもらう。「手術用の、いわば“ふんどし”です」
なるほど。侍の心で挑め、ということか。不要でよかった。今日、結び方の動画を検索する寸前だった。

血栓予防で圧迫ストッキング着用。脚が“賢いソーセージ”になるやつだ。
見た目の可愛げに反して仕事はプロ。頼むぞ、足先の交通整理。
当日の朝からは点滴開始。コーヒーの代わりに“点滴ラテ”、カフェインゼロ、覚醒度は担当医次第。

入院中のルールも確認。検温・血圧・酸素濃度は1日3回。
「体調の見張り番が三方向から来ます」と言われ、健康が万引きできない店みたいで安心。
シャワーは今日の17時までOK。手術後はガーゼが抜けるまで禁止。
鼻が落ち着くまで、水しぶきのライブは封印だ。
困ったらナースコール——このボタンだけは“押していいやつ”。大事なので二回うなずく。

本日のミッションは三本立て。
一本目、口腔外科で歯科検診。歯のぐらつきをチェックして、ささっと歯石除去。10分で世界平和。
これで挿管の時も安心らしい。歯よ、明日は静かにしていてくれ。

二本目、主治医の診察。「何か質問はありますか?」
私は少し考えて正直に言う。「特にありません。すべてお任せします」
この一言に、ここまでの下調べと覚悟を丸ごと込めた。主治医は短く、でも力強くうなずく。
バトンは確かに渡った。

三本目、麻酔医は、鬼教官のようなベテラン女医と、新米女医のコンビだった。
麻酔科の本格ヒアリング。新米さんはバイタル計を確認しながら、チラッ、チラッと鬼教官の目を盗み見ては質問を読み上げる。
持病、アレルギー、今朝の体調、既往歴……質問が精密機械のように続く。
「既往歴は……えっと……」——そこで鬼教官の眉が1ミリ上がる。
「じ、持病はありますか?」
ヒアリングを一つ飛ばしたことを鬼教官に指摘されると、新米さんの肩がビクッ。反射的に私もビクッ。
ここは連動型テーマパークか。患者と医療者が見事にシンクロしてしまった。
ただ、質問は丁寧で誠実。鬼教官の低めで落ち着いた相づちが、全体をピシッと締めている。
「全身麻酔の導入は迅速に。覚醒は穏やかに」
口数は少ないが、そう言われた気がして、不思議と安心した。
私はつい、聞いてみる。「どんな感じで意識がなくなるんでしょう?」
新米さんが鬼教官の顔を見てから答える。「目を閉じたら眠って、気が付いたら終わっています」
——そりゃそうだ。けれど、その“当たり前”をプロの声で言い切ってもらえると効く。
鬼教官が最後に短く付け足す。「導入は私たちが見ています。安心してください」
この一言で、胸の中のカーテンが一枚スッと下りた。

21時以降は絶飲絶食。ここからは水のCMを観るのも反則。
冷蔵庫のヨーグルトに「また明日」と手を振り、喉の渇きは明朝の点滴に託す。
「点滴ラテ、明日は薄めでお願いします」と心の中でバリスタに注文する。

部屋に戻り、パジャマに着替える。ゴムのウエストに“平和”という二文字を見る。
圧迫ストッキングは枕元にスタンバイ。手術着の着方イメトレ完了。給水の妄想は封印。
17時前にシャワーを済ませ、髪を乾かしながら窓の外の空を見上げる。
色のグラデーションが少しずつ夜へ滑っていく。
21時が近づくほど、口の中の唾液がやけに真面目に仕事をし始めるのが面白い。
人間って、禁止されると急に意識する生き物だ。

就寝前、ベッドの角度を微調整して、ナースコールの位置をもう一度確認。
ホワイトボードには「11:00」。私は明日、“11時の人”になる。
やることはやった。プロに預ける準備もできた。
鬼教官の低い声、新米さんの一生懸命なまなざし、主治医のうなずき、看護師さんのカチッという音。
それらが寄り合わさって、一枚の安心毛布になる。

——いよいよ、明日。準備よし。心も、できればよし。
あとは“よく眠る”だけだ。起きたら、終わっている。
そういう段取りの人生の一日が、まさに始まろうとしている。
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