曲がった鼻と真っすぐな日々 ― 鼻中隔湾曲症手術記

Akkami

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第8話:手術当日 ~総合病院:入院2日目(部屋の移動)~

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今日は、いよいよ手術の日。その前に、まずはお引っ越しである。といっても病室の端から端へ。転勤よりも距離は短いのに、緊張は三倍だ。

朝の見回りに来た看護師さんがにこやかに聞く。
「よく眠れましたか?」

正直に白旗を上げる。
「ほとんど眠れませんでした」

「緊張してるんですか?」
「それもありますが、夜中のナースコールが……コンサート並みで」

看護師さんが苦笑い。
「この部屋、ナースコールのスピーカーが真正面なんです。しかも一定時間応答がないと自動でボリュームが上がる親切設計でして」

親切のベクトルが違う。

続けて、さらっと爆弾投下。
「手術後は出血や痛みでさらに眠りにくいかもしれません。反対側の部屋が空いたので、移動しますか?」

(マジか!!! 出血とか痛みとか、きょうび“おはよう”みたいに言わないで)
「お願いします」

しばらくして引っ越し開始。といっても荷物はそのままでOK、ベッドもクローゼットもTV台も全部“現地解体・現地再組立て”不要。私だけがスッと移動する、引っ越し史上最軽量プランだ。

新しい部屋は少し狭く、ソファは一人掛けが一台きり。まあソファが二つあっても“王の玉座”が増えるだけ。王は一人で十分だ。

静けさはワンランクアップ。あの夜中のナースコールも、ここでは少し遠い。昨夜は「ピンポン♪」のあと「ドドドン!」までフルコースで鳴っていたが、今夜は「ピン…」で済みそうだ。音量が上がるたび病棟が覚醒するあの仕様、開発会議に出たかった。「深夜は上がらないモード」を提案したい。

手術一時間前、点滴タイム到来。金属の支柱が颯爽と現れ、今日の相棒に就任する。看護師さんが袖をまくりながら言う。
「左右どちらでも大丈夫ですよ」

なぜか胸を張って即答。
「じゃあ、左でお願いします」

腕を見つめる看護師さんの眉が、そっと八の字に。
「うーん……左は血管が奥ゆかしいですね。右のほうが堂々としてます」

血管に性格があるらしい。結果、右腕に決定。針が近づくと、急に“病人っぽさ”が襲ってくる。普段は見もしない細い金属が、急に主役づらでアップになるの、やめてほしい。深呼吸して、目線は天井へ。天井の小さなシミが、今だけ北極星のように頼もしい。

「はい、入りましたよ。上手にできました」
看護師さんの一言で、こっちが小学生に戻る。初めての点滴、無事デビュー。点滴パックが静かに滴り始め、相棒のキャスターが軽くきしむ。いよいよ旅立ち前の最終チェックリストが全部にチェックマーク。

そこへ麻酔科の先生が登場。名札に「眠りの案内人」と書いてあってほしい雰囲気だ。
「本日は全身麻酔です。アレルギーは?」
「花粉と、会議」
「後者は皆さんありますね」
にこっと笑って、淡々と説明。呼吸の管だの、覚めたら喉がイガイガするかもだの、プロの落ち着きで“怖い単語”を丸めて投げてくる。うっかりキャッチしても痛くない。職人芸。

主治医もやってきて、最終確認。
「では鼻の曲がりをまっすぐに、あと通りを良くしておきますね」
まな板の上のコイとしては、職人さんの包丁さばきにすべてを託すしかない。
「よろしくお願いします。ついでに人生もまっすぐに」
「それは外来の範囲を超えますね」
軽口が交わる。緊張のネジが一つ、外れる。

手術着に着替え、ヘアキャップ装備。鏡を見ると、ちょっとだけ蒸し料理。弾性ストッキングまで履くと、全身“正しい準備運動”。看護師さんがチェックリストを読み上げる。
「アクセサリーなし、義歯なし、コンタクトなし。お名前、生年月日、手術内容をどうぞ」
この病院の二段三段確認は徹底している。ここで違う鼻をまっすぐにされたら困るし、他人の人生まで矯正されたくない。

時間が来た。ドラマで見るストレッチャー…かと思いきや、歩行で手術室へ。
「え、歩きですか」
「歩ける方は歩きです。経費削減じゃないですよ」
点滴ポールをカラコロ押し、廊下を進む。足元はスリッパ、心はランウェイ。自動ドアが開くたび、ほんのり冷たい空気。遠くに「手術室」の光る文字。BGMがないのに、なぜか頭の中で勇者っぽいメロディが鳴り出す。

手術室前で一旦停止。金属のドアが開くと、白と銀の世界。思ったより広い。モニター、ライト、機器が静かに待機している。スタッフたちがテキパキと動き、私はベッドに横たわる。腕には血圧計、指には酸素のやつ、胸にはピッと貼るやつ。
「深呼吸しましょう。酸素です。いい空気ですよ」
“いい空気”というセールストーク、今だけは響く。

麻酔科の先生が、仏の顔で最後の一言。
「では、楽にしましょう。寒くないですか?」
「あ、ちょっとだけ」
ブランケットが一枚増える。やさしさが一枚増える。

マスクがそっと顔に近づき、ふわっとした匂い。
「ゆっくり深呼吸していてください。十まで数える人もいますが、三で十分な方もいます」
「欲張って五まで行きます」
一、二、三……(四はどこ行った?)——

準備完了。さあ、出番だ。鼻の中の曲がった運命よ、ここからはこっちが真っすぐにしてやる。あとはプロ達の手に任せて、私は一度スイッチを切る。目を閉じる瞬間、遠くで点滴ポールのキャスターが小さく“コロ”と鳴った。合図だ。私と私の鼻は、いま同じ方向へ進み始めた。
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