追放公爵ベリアルさんの偉大なる悪魔料理〜同胞喰らいの逆襲無双劇〜

軍艦あびす

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第2部

第6話 茶番劇

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 夜の街というのは、やはり表を向いていない。美しいと捉えられる筈もないような輩が蔓延る肥溜めのような空間が、月の姿とともに現れるのだから。
 漂う酒の香りと、吐瀉物の香り。騒ぎ立てるのは若い衆からシワを顔に乗せた年配まで十人十色。そして、これだけはどこも変わらず汚いネオンを光らせている。
 大半が、望んだ職をしているわけでもないだろう。そんな奴らが、日々貯めに貯めたストレスだとかを吹き飛ばすためにこの場へと集っているというのだ。
 別に悪いこととは言わないが、なんとなくそれらの存在に苛立ちを覚えるので嫌いだ。
「さーて、アイツはどこにいるのやら……」
 独り言の最中、色とりどりの気持ち悪い光から外れた一角にて、なにやら騒ぎ立てる声が聞こえていた。これには、少しばかりの好奇心が駆り立てられる。意識もせずに、その先に構える細い十字路を右へと曲がった。
「だからよぉ、てめえが迷惑だたからつってんだろ。三万で許してやっから早く出せよ」
「いっ……今そんなに持ってないすよ……」
 汚らしい街と言ったのは、偏見だった。だが、あながちそうでもなさそうなイベントが発生していたので、それなりに嬉しく思えた。
 これがギャンブルなら、金が増えて帰ってきたのだろう。己の運に自信が湧いたので、今度何かに挑戦してみようかと考えた。
「ふっ……くっふふ……」
 眼前で繰り広げられる茶番劇は、意識を向けずに見ていた。だが、遂に耐えられなくなったのだ。まるで、テレビをつけたチャンネルをそのまま垂れ流していた、特に面白くもない教育番組のどうでもいいシーンが何故かツボに入ってしまう。そんな感覚だった。
「あぁ?何見てんだてめぇ」
「ちょ……助け……」
 テンプレートの台本をそのまま棒読みするような、茶番劇の続き。これには、先ほどの嘲笑を遥かに上回る感覚が支配した。あまりにも、予想通りに続く茶番劇が面白かったのだろう。
「お前ら面白えな。水さして悪かった、俺に構わず続けてくれ」
 現在の眼前では、人間の醜い部分を凝縮した存在と人間の弱さを凝縮した存在が茶番を広げている。この双方が、DRの事件が発覚した際には正義を気取っていたのだと考えると、余計に面白く思えてその場に座り込んでしまった。
「だめだこれ……面白すぎんだろ……‼︎」
 しかし、これは失敗だったらしい。面白かった茶番を終わらせる有効打となってしまったのだから。
「てめぇふざけてんじゃねえぞっ‼︎」
 金を要求していた側の男が向ける矛の先は、どうやら弱者ではなくこちらを向いたらしい。黙って見つめていれば、もう少し長くこの空間を眺めていられただろうか。
 振われるのは、何の技術も備わっていない糞のような拳だ。それに加えて、威力やスピードといったすべての面が、塵に等しい。
 座り込んだまま顔を上げ、鼻先に直線で迫る拳を右手で捕獲。そのまま立ち上がって、脚をかけ相手のバランスを奪う。倒れ込んでうつ伏せになり、後ろ側で男の腕を固定する。警察の扱う、逮捕術に似た要領を見様見真似で学んだ物だ。
 調べた限りでは、しっかりと押さえ込んで仕舞えば腕は動かない筈だ。だが、何故かどれだけ押さえ込もうとも動き続けるのだ。もしやこの男、関節に限界が無いのだろうか。
 なんて、考えていた時間があまりにも無駄だった。立ち上がってみると、押さえつけていた筈のものが重量を減らして己の掌に掴まれていたのだ。この技を掛けられた者は必ず発狂を行うので無いものとして見ていたのだが、どうやら割と本気のものだったらしい。
「やっべ……」
 ベチャベチャと音を立てるそれは、己が掴むものから地面のコンクリートへと落ちているらしい。のたうち回っていた男も、いつしかは発狂を止めてその場で白い眼球を見せていた。
「……なぁ、お前」
「はっ……はひ⁉︎」
 搾取されかけていた、弱者の方の人間に質問をかける事に。その顔は、しっかりと恐怖に満たされていた。
「人間ってやっぱくっつかねえよな?」
「そっ……そうです……ね」
 ガチガチと歯を鳴らしていた。通常の人間からすれば、異常な光景だったのだろう。
「まあいいわ。そんなつもりじゃなかったけど、俺はお前を助けたって事で。俺が求める報酬として、このこと絶対口外禁止な」
 面白かった茶番劇も、くだらない結末で幕を閉じてしまった。観客のヤジがステージを壊してしまったという感覚に加えて、加害が己であるということに少し悲しむばかりだ。
 ただ、普通に目的を忘れて茶番を見入ってしまっていたので、ふと思い出した目的を目指してその場を去ることにした。
「悪魔……だったのかな……?」
 
 
『次のニュースです——』
 いつも通りの日常に、3課は集結する。
 下らない話題を延々と語って時間を潰し、昼飯前には浦矢の「通報ないですね~」という話題が毎日現れる。
 本気で、この街は平和すぎる。本当に悪魔犯罪対策課なんてものが必要なのか、不安を覚えるほどのものだ。別に平和なのは良いのだが、悪魔なんて名の存在よりも人間の起こす犯罪件数のが多いのは、少しばかり悲しい。
「ていうか、ベリアル最近ささみばっかり食べてるね」
「なんかハマったらしいですよ。食費安いし俺は助かるんすけどね……自宅の匂いがヤバい事になること以外は」
 ささみの匂いというのは、あまり舐めないほうがいい。ただの酒の肴なんて思っていると、帰宅と同時に鼻をつくムシっとした匂いがとんでもない事になってしまうのだから。もう、匂いのつき方がタバコとかと何ら変わりないレベルじゃないかと思うほど。
「お陰でもう自宅に人呼べねえっすよ」
「確かになんか嫌だもんね……」
 自身と山藁さんのこの会話には、どちらかが話題のアクセルを踏み切る事をしないとうやむやで終わってしまいそうだった。シンプルに空気が気まずいのだ。ベリアルの話だというのに、なんかこれ以上追求したら空気が悪くなりそうな気がした。
「そういえば、あのニュース見ましたか?腕のやつ」
「あー、腕のやつ。なんか目撃者もいなくて、指紋も出ない上に即死だったらしいね」
 なんとか話題を逸らす事に成功したが、本当にこの話題で良かったのだろうか。
 これは先日起こった、町外れの路地裏で一人の男性が腕を切断されて死亡しているのが発見された事件だ。切断に凶器などが使われたかは定かではないが、肩の部分から明らかな荒さを残して骨ごと切断されていたらしい。
「街中に野生動物……というのも考えにくいな。ルシファーが語っていたサマエルという奴の仕業か?」
 先程まで黙り込んでいた蓮磨が口を開く。多分アイツは、空気を読んで会話に参加しなかったのだろうなと思った。賢い奴だ。
「でも、サマエルの目的は堕天使を集める事なんですよね。別にこんな事する必要は無さそうですが……」
 今度は、浦矢までもが会話に参加する。なんか、さっきまでの会話が本当に申し訳なくなってきた。
「どうでもいいけどよ、なんかやったってんならサマエル殺しても良いんじゃねえの?そしたらオレ様久々にコア食えるじゃん」
「お前なぁ……つーか汚ねえし食ってから喋れよ」
 いつまでも、口の中でささみを噛み続けるベリアルがくちゃくちゃと音を立てながら喋る。
 そろそろ、ベリアルに別のものを与えよう。もうこの匂いが自宅に留まり続ければ、精神が崩壊する日も近いかもしれない。
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