47 / 49
第3部
第12話 俺よりも強い拳
しおりを挟む
「……どういう事だ?」
昼下がりの一角にて、ペットボトルとアルミ缶を多数抱えたままの双方が向かい合う。山藁宗二の頭は深々と下げられていた。
「……蓮磨くん、自己免疫性後天性凝固因子欠乏症って知ってる?」
「いや、知らないが……名前からするに、血液中の凝固因子が減る。といったところか」
聞き覚えのない単語にも、恐らく何らかの病状名であると推測できる。もし予測通りだとすれば、命に関わってしまうような病になるはずだ。
「そう。身体中の血液にある凝固因子が極端に減って、傷がつきやすくなる上に止血が困難になる」
ここまで続けざまに色々と情報を受け入れていると、結論へと辿り着いてしまう。話の根本は何となく理解できるが、何故自身へ頼み込もうと思ったのかだけが理解できなかった。
「……俺にどうしろというんだ。悪いが、病を治す力なんて持ってない」
「いや、そうじゃないんだよ」
言葉を重ねるごとに、その眼差しは真剣になってゆく。そんなものを見て仕舞えば、黙り込んで聞くほかに道はない。
「これは僕のせいなんだよ。僕が妹の病気を治そうとして、綴に無理を強いてしまった……」
綴と語られた名は、恐らく山藁宗二の妹の名だろう。そんなことを考えながら、問う。
「貴方は何をしたんだ?」
この問いに、不自然な挙動をひとつ。山藁宗二が向けていた目が、視線を逸らす。
「……悪魔との契約。僕がそいつの要求を呑む代わりに、奴が妹の身体に入って病気を治すって内容だ」
突きつけられる言葉。それは短いながらに、全ての謎を解くような感覚を与えた。
ただしその感覚によって生み出されたのは、新たなる感情だった。
「……そんなふざけた事を侵しておいて、よく頭を下げに来たものだな」
ふと、腕の中に収まっていたペットボトルが凹む音を立てる。無意識のうちに手を離して、床へ衝突させてしまったのだ。
だがしかし今は、そんなことはどうでもよかった。
山藁宗二の胸倉を掴み上げ、殴るように背後の自販機へ向けて押しつける。山藁宗二の背中に押されたボタンがエラーの音を響かせるばかりで、それ以外の音は何もない。そんな空間で、声を荒げる。
「仮にも貴様は研究者だろう⁉︎後先を考えて、常に最悪の事態を想定していればそんな思考には至らない筈だ‼︎」
身を任せた怒りというのは、本当に訳の分からないところで現れる。しかし、いつもそれには納得できる理由がしっかりと形を作っていた。
「それともなにか、俺やトウヤを見て同じように出来ると浅はかに考えたのか⁉︎俺は対魔装甲の訓練で悪魔への耐性を得ていて、トウヤはブエルのコアを使って自我を保っているんだ‼︎そこらに居るただの女が悪魔を宿すなど、出来るわけが無い‼︎」
依然エラー音の響く一角では、その声が反響するだけ。山藁宗二の姿にも変化はなく、自身の荒い呼吸が場を掻き乱すだけだった。
「……この件は、トウヤに話したのか」
「……まだだよ」
「なら、伝えるな。アイツは悪魔に支配される恐怖を知っている。こんな話を聞けば、俺よりも強い拳を飛ばしてくるぞ」
手を離して、地に伏せたペットボトルの群れを拾う。自身の中に秘めている怒りは未だ湧くばかりだが、これ以上何かをしたとて変わるものは何もないだろう。
「うぃーすいらっしゃいトウヤくん」
「お邪魔しまーす……」
呼び出しを受けた悪魔犯罪対策2課へと足を踏み入れると、3課と同じ場所に設置された来客用のソファに座った男がこちらを呼ぶ。
悪魔犯罪対策2課の隊長、細石裕人。歳は恐らく三十代後半で、それなりの若さゆえに隊長という立場を持っている。
別に、3課の隊長が歳と言うつもりはないのであしからず。
「トウヤくんが今朝会った悪魔なんだけどさー、色々めんどくさいつーか複雑なんよね」
「はぁ……」
会話のリズムを崩してくるような喋り方にむず痒さが走るが、今は仕方なしと決め込んで会話を続けた。
「まずハルファスと契約した美原千佳は警察んとこに回した。そしたら本人が罪認めたんだけどねー、それ強盗殺人だったんよ」
「強盗殺人……美原さんが……?」
この言葉で、笑顔でゴーヤチャンプルーを振る舞ってくれた面影はどこかへ消え去ってしまった。一体何が彼女を動かしたのだろうか。
すると、細石の背後に座っていた篠原が口を開く。疑問の答えを、淡々と語った。
「美原の家宅捜索してきたんだけど、風呂場からあそこの大家さんが遺体で発見された。ご丁寧に防腐処理までして、ついでに香水ぶちまけて匂い誤魔化してたんだよ」
語られた言葉に、ベリアルの言葉を重ねる。これは、アイツが昨日の夜に早期帰宅を決めた理由だろう。そんなことを考えていると、篠原は一つの本をこちらへ投げつけた。
「危なっ……何するんすか篠原さん」
「それ、回収してきた篠原の日記な。証拠品だから丁寧に扱え」
昼下がりの一角にて、ペットボトルとアルミ缶を多数抱えたままの双方が向かい合う。山藁宗二の頭は深々と下げられていた。
「……蓮磨くん、自己免疫性後天性凝固因子欠乏症って知ってる?」
「いや、知らないが……名前からするに、血液中の凝固因子が減る。といったところか」
聞き覚えのない単語にも、恐らく何らかの病状名であると推測できる。もし予測通りだとすれば、命に関わってしまうような病になるはずだ。
「そう。身体中の血液にある凝固因子が極端に減って、傷がつきやすくなる上に止血が困難になる」
ここまで続けざまに色々と情報を受け入れていると、結論へと辿り着いてしまう。話の根本は何となく理解できるが、何故自身へ頼み込もうと思ったのかだけが理解できなかった。
「……俺にどうしろというんだ。悪いが、病を治す力なんて持ってない」
「いや、そうじゃないんだよ」
言葉を重ねるごとに、その眼差しは真剣になってゆく。そんなものを見て仕舞えば、黙り込んで聞くほかに道はない。
「これは僕のせいなんだよ。僕が妹の病気を治そうとして、綴に無理を強いてしまった……」
綴と語られた名は、恐らく山藁宗二の妹の名だろう。そんなことを考えながら、問う。
「貴方は何をしたんだ?」
この問いに、不自然な挙動をひとつ。山藁宗二が向けていた目が、視線を逸らす。
「……悪魔との契約。僕がそいつの要求を呑む代わりに、奴が妹の身体に入って病気を治すって内容だ」
突きつけられる言葉。それは短いながらに、全ての謎を解くような感覚を与えた。
ただしその感覚によって生み出されたのは、新たなる感情だった。
「……そんなふざけた事を侵しておいて、よく頭を下げに来たものだな」
ふと、腕の中に収まっていたペットボトルが凹む音を立てる。無意識のうちに手を離して、床へ衝突させてしまったのだ。
だがしかし今は、そんなことはどうでもよかった。
山藁宗二の胸倉を掴み上げ、殴るように背後の自販機へ向けて押しつける。山藁宗二の背中に押されたボタンがエラーの音を響かせるばかりで、それ以外の音は何もない。そんな空間で、声を荒げる。
「仮にも貴様は研究者だろう⁉︎後先を考えて、常に最悪の事態を想定していればそんな思考には至らない筈だ‼︎」
身を任せた怒りというのは、本当に訳の分からないところで現れる。しかし、いつもそれには納得できる理由がしっかりと形を作っていた。
「それともなにか、俺やトウヤを見て同じように出来ると浅はかに考えたのか⁉︎俺は対魔装甲の訓練で悪魔への耐性を得ていて、トウヤはブエルのコアを使って自我を保っているんだ‼︎そこらに居るただの女が悪魔を宿すなど、出来るわけが無い‼︎」
依然エラー音の響く一角では、その声が反響するだけ。山藁宗二の姿にも変化はなく、自身の荒い呼吸が場を掻き乱すだけだった。
「……この件は、トウヤに話したのか」
「……まだだよ」
「なら、伝えるな。アイツは悪魔に支配される恐怖を知っている。こんな話を聞けば、俺よりも強い拳を飛ばしてくるぞ」
手を離して、地に伏せたペットボトルの群れを拾う。自身の中に秘めている怒りは未だ湧くばかりだが、これ以上何かをしたとて変わるものは何もないだろう。
「うぃーすいらっしゃいトウヤくん」
「お邪魔しまーす……」
呼び出しを受けた悪魔犯罪対策2課へと足を踏み入れると、3課と同じ場所に設置された来客用のソファに座った男がこちらを呼ぶ。
悪魔犯罪対策2課の隊長、細石裕人。歳は恐らく三十代後半で、それなりの若さゆえに隊長という立場を持っている。
別に、3課の隊長が歳と言うつもりはないのであしからず。
「トウヤくんが今朝会った悪魔なんだけどさー、色々めんどくさいつーか複雑なんよね」
「はぁ……」
会話のリズムを崩してくるような喋り方にむず痒さが走るが、今は仕方なしと決め込んで会話を続けた。
「まずハルファスと契約した美原千佳は警察んとこに回した。そしたら本人が罪認めたんだけどねー、それ強盗殺人だったんよ」
「強盗殺人……美原さんが……?」
この言葉で、笑顔でゴーヤチャンプルーを振る舞ってくれた面影はどこかへ消え去ってしまった。一体何が彼女を動かしたのだろうか。
すると、細石の背後に座っていた篠原が口を開く。疑問の答えを、淡々と語った。
「美原の家宅捜索してきたんだけど、風呂場からあそこの大家さんが遺体で発見された。ご丁寧に防腐処理までして、ついでに香水ぶちまけて匂い誤魔化してたんだよ」
語られた言葉に、ベリアルの言葉を重ねる。これは、アイツが昨日の夜に早期帰宅を決めた理由だろう。そんなことを考えていると、篠原は一つの本をこちらへ投げつけた。
「危なっ……何するんすか篠原さん」
「それ、回収してきた篠原の日記な。証拠品だから丁寧に扱え」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる