7 / 10
第7話 change my …
しおりを挟む
翌日。後々知ったのだが、私たちの仮デビューは想像を絶する程の好評だったらしい。現在教室の中で多数の生徒に囲まれ、逃げ道を失ってしまっている状況である。
「蕣ちゃん昨日のすごい良かったよ!」
「あれデビューライブだったんでしょ⁉︎生で見れて良かったぁ~」
そんな大袈裟な、と返したくなるが、やはりこういった場面で遠慮がちになるのもどうなのだろうか。というか案外、羞恥心と戦っている真っ最中だったりするのだ。
「あ…はは……」
もう返す言葉すら失った様だ。頼むから蘇ってくれ私の語彙力。元からないのは承知だけど。
「宮古も同じようになってんのかな…」
「よし!仮デビューは果たしたということで、迫ってきたオーディションの追い込みでもやりますか」
「でもオーディションの詳細って全然聞いてませんよね。検索しても何も出てきませんでしたし」
沈黙のQuartetto倉庫。果たして詳細はいつどこで明らかにされるのだろうか。不安がどこかに巣を作り始める。
そんな状態のまま刻一刻と時を過ごすTri clapは、心身ともに変わりつつあった。
まず起こった議題は「敬語の禁止」だった。これがTri clapの更なる成長に通じるというのだ。実際、使い慣れた言葉たちを変えようだとかは至難の業でありかなりの時間を必要とした。するといつしか、脳裏で『隠れていた私』がひょっこりと顔を出して、『今の私』を殴り飛ばしてしまった。そう、他人に合わせて自身の保守だけをしてきた『今の私』を。好印象だとか、元気だとかは似合わなかった私が、子供の頃に戻った様な感覚でそこに居座る『隠れていた私』になる。
何かから解放されたように自身を曝け出せる感覚を手に入れ、『隠れていた私』が『隠されていた私』だったと知る。自分が傷付きたくないから、他人からの評価を損いたくないからと逃げていた私の手によって隠されていたと。
でも、私をこのように成長させてくれたのは『隠されていた私』ではない。宮古といろはちゃんだ。2人は思うこと全てを私に伝え、今の私が偽りだと教えてくれた。そしてふと感じる。私がいるのは、彼女達のお陰なのだと。
私たちは、たくさん練習した。
私たちは、たくさん踊った。
私たちは、たくさん歌った。
私たちは、私たちだ。
私たちだからこそ、できる何かがある。
私たちにしか、できない何かがある。
「あ~…?早えなぁ土曜なのに…あぁ、そうか。今日オーディションか。頑張れよ~…」
「うん、ありがとお姉ちゃん。行ってきます!」
「お~いってら」
制服を纏った妹を寝ぼけた目で見送り、適当に手を振る。玄関の扉が閉まると同時に見えなくなるその姿に、これまでを重ねる。
「なんか蕣…ここ数ヶ月で変わったな…」
小さかった背中を懐かしむも、今浮かぶのは数多の歓声を背負った1人の少女のみ。素直に喜んであげたいが、少し寂しくもある。
「…ま、蕣のあんなに元気な姿見れるようになっただけで姉としては嬉しいよ」
少々くさいセリフを吐いたことを自覚しつつ、二度寝と洒落込むことにした。
「結局当日までなんの詳細も明らかにならなかったね」
「まぁあの社長だからなー。とんでもない大御所のとこ受けさせられたりして」
少々戸惑いつつも、過去に持っていた躊躇い等総てを互いに捨て去った私たちは今このQuartetto3階のフリースペースに屯していた。社長からの話があるという事柄、時までこの場所にて待機を峯森に命じられている。
「…結局私、1人がいいとか言ってたけどこのままデビューしたらどうなるのかな…?」
既に受かる前提で話を進めるいろはちゃんの言葉に、彼女の心境を察する。この数ヶ月、私たちは多くの時間を過ごしてきた。その中で作られた互いの意思というものが、なんとなく理解できるようになった。
彼女は、もうTri clapとしてが1番心地よい場所なのだと思ってくれているらしい。嬉しい限りだ。
「よっし、それじゃあそろそろ行こうか」
「どんなオーディションが待ってるのかな?」
「ほんっと、蕣の性格変わったよね。あのヘタレ敬語はどこに行ったんだか…」
「ふふ、今あの子はねぇ…いろはちゃんのくまいろーとおんなじようなところに居るかな」
「なにそれ…」
隠した自分。それは、決して偽るためのものマスクではない。自分が変わったという証拠なのだ。だから、それを顔に付けるのは本当に必要な時だけ。いつもは、いつもの私でいればいいのだから。
「今日はよく来てくれたね。オーディションを受ける前に君たちに伝えなければならないことが幾つかあるんだ」
3人横一列に並び、眼前の人物からなる発言に固唾を飲む。
「まずひとつ。オーディション会場は今君たちが立っているそこであり、審査員は私1人だということだ」
「…と、言いますと?」
「君たちに与えられる評価は二つだけ、上も下も関係ないという事さ。そしてふたつ…君たちに与えられる二択のうちの回答は『合格』だ」
あまり言葉の意味が理解できない、というのも、3人皆同じ感覚なのだろう。これまでの三ヶ月間積み重ねてきたものは、今この場所、今この時の言葉をもらうためのものだったのだろうか。
「…なにが。あんたは私らの何を見て合格だなんて言えたんだ⁉︎」
宮古の、聞いた事もない叫びが反響する。少し疑いつつも、彼女の声であることに偽りは無かった。そして、私自身も同じ心境だ。
「時雨くん。君たちはここまでよく頑張ってきたじゃないか。私はその精神を評価するよ」
「違う‼︎違うんだよ‼︎私らはそんな半端に認められるため時間を費やしたんじゃない‼︎合格だとか不合格だとか、そんなもん観てから、聴いてから、感じてから決断してほしいんだ‼︎」
彼女の言う通りだ。私たちが今まで暮らした時間は、今この瞬間のためじゃない。全力で一部始終を尽くしたその瞬間のためのものだ。
「私も、納得はしません。現時点で合格だろうがなんだろうが、ちゃんとオーディションに望みます‼︎」
「まぁ、これで合格って言われてもね…」
私たちは、結果の見えた勝負に挑むと口にした。そうでもしないと、デビューという名の一度しか来ないものを無駄にしそうな気がしたからだ。
途端、手を鳴らす音が3発。この部屋を反響していた。
「そうだ。その言葉を待ってたんだよ。仮に合格だと伝えた時点で君たちがそれを喜ぶような仕草を見せていたら、私も認めていなかった」
「なっ…試してたんですか…」
宮古の態度が変わるよう伺える。少しずつ温厚に、接しやすい方へと。
「全く、性格いいんだか悪いんだか……」
峯森の言葉に微笑みかける社長は、そのままの笑顔で語った。
「さぁ、みせてくれ。君たちの成長を」
精一杯だ。はじめてのステージを貫いたあの日よりも、少しだけ成長した今の精一杯だった。必死だとか、そういう事ではないと感じる。ただ自分に今できる精一杯を引き出したまでだ。
「あぁ、素晴らしいよ。やはり君たちと私の判断は狂っていなかった」
肩で息をしながら耳にした、その言葉が意味する言葉に私たちは打ち震えた。私たちは、本来のスタートラインを無事に切ることが出来たのだ。
「これから、君たちには多くの仕事が待ち受けている。どうか無理だけはせずに精進してくれ」
「やっ…やった………⁉︎」
「そう、君たちはQuartettoの歴史をひとつ刻んだんだよ」
その日、私の選択は微塵もズレていなかったと信じることが出来た。心地よい汗が、首元を撫でている。私は、ここまで成長したのではなく生まれ変わったのだと思っていた。しかし、Tri clapを組んだあの日の私は今ここにいる私だ。やはり私は私であり、過去の私と今の私ではないのだと。
Quartetto初のユニット、Tri clapとして無事結成を果たした我々は、これから多くのお仕事に励むこととなるらしい。まず手始めに自己紹介程度の掲載で、とある雑誌にて特集を組んでもらえることになった。
それも、4ページ分。
「ちょっと社長ぉ⁉︎こんなに何書くの⁉︎写真載せるだけは流石に無理だよ⁉︎つーか学園祭のはモロ身バレするでしょうが‼︎」
そう。紹介してもらえるのはありがたいのだが、流石に4ページは多すぎると思う。仮に3人一緒に写るページプラス1人1ページずつもらったとして、何を書くのだろうか。初仕事なのだが。
「ほら、一人一人のドアップデカデカと乗せて脇の方をプロフィールで埋めればいいじゃないか」
「せめて2ページくらいに減らしてもらえませんかね…」
「大丈夫だよ蕣。私がクマの魅力について4ページ語り尽くすから」
何が大丈夫なのだろうか。今回ばかりは結構真面目に突っ込みたい衝動に駆られる。いろはちゃんはもしかすると、結構アホの子キャラでも立ち回れるのではないだろうか。
とりあえず某ファッション誌の2ページを締めることとなった我々御一行は、撮影に取り掛かるのだった。
「七海さん顎ひいて!あと双城さん何そのポーズは!」
「え⁉︎く、くまですけど…」
「なんで⁉︎普通にしてて‼︎」
しかし見た感じよりも、この仕事は中々体力を使う。単純な体力不足が招いた事態であるが、なんとか気合で持ち堪えるしかない。
しかし、少し前では考えられない自分の思考には驚かされるばかりだ。
「あぁ…駄目だコレしんどい…」
「疲れたって…まあ、今日は初めてだからだと思うよ。そのうち慣れるって」
宮古の言葉に、机へうつ伏せる私は聞き取れない声でしか返事ができなかった。実際かなりの疲れに見舞われているのだから。
ぱちり、ぱちりと音の響く一角にて繰り広げられる戦いは、終盤へと差し掛かっていた。
「王手」
「参りましたッ……」
同時刻、校舎内に響く降参の声。金、銀と桂馬に囲まれ、逃げ道を失った玉は最早背水の陣に失敗したようだ。
「勝者は、尾木奈真昼です」
「なんで練習試合でこんなに畏まってんの?」
今度は、雰囲気を食い荒らす腑抜けた声が響く。全く空気の読まないその声が教室に残っていた。
「いや…一応大会賭けなんですけど…」
「ん?初耳なんだけど」
何故こんな腑抜けた様子の選手に負けたのだと対戦相手の学校は少々怒りをあらわにしているが、事実実力の上でついた決着である。どこであろうと勝負の世界に私情を持ち込むことが余り向かないことは、承知であった。
「ま、いいか。んじゃ対局あざしたー」
そう残し、教室の戸を開けて靴を履く。静かになった廊下にて、深呼吸を残してスマートフォンの連絡先を模索する。
「お、蕣ちゃん受かったか。ボクも勝ったって言わないとなぁ…」
不意に気配を感じ、階段のある方向に目を向ける。案の定気配は存在していたのだが、その存在が脳内の見覚えと合致していた。
「あー…っと確か…そうだ、千歳先輩」
「はい。千歳ですよ、尾木奈さん…それで、Tri clapは、あの後どうなりました?」
当然の様に自分へ向けられた内容は、何故が絶えない状況を生んでいる。
「なんで毎回ボクに聞くんすか…本人らに直接行きゃいいのに」
「あら、ご迷惑でしたか?」
「いや、別にそんなじゃねぇっすけど…ボクもあんま詳しくは知らねっすから…あ、でもさっきオーディション受かって結成したって連絡来てましたよ」
「そう…ですか。それは喜ばしいですね。それでは、私はこれで…」
別に、怪しいだとかは思っていない。だが、その行為一連が違和感を生み、モヤモヤと自分の中に何かが残ってしまっている。
「…で、結局なにがしたいんすか?」
「そう…ですね。貴女が知りたいというなら、お話ししますよ。貴女にも、無関係な話ではないかもしれないので」
「…はぁ」
相変わらず空虚が巣食う廊下には、少しだけ漏れていた駒のパチンという音だけが聞こえていた。自分自身は己の呼吸音でさえ、その空虚に飲まれ眼前への好奇心を泳がせている。
「私たちは、特に目的がある訳でもないのですが…ただ、先ほど聞いた限りでは彼女らが私たちと同じ土俵で戦うこともあり得る話かもしれません」
「って事は、あんた…ら?もアイドルやってんすか」
なんとなく内容は掴めた様な気がする。学園祭のあの日も、差し詰め敵情視察といったところだろう。
「いいえ、まだまだです。そこで、貴女に関係のある話になるのですが…尾木奈真昼さん。私たちが結成するユニット『Aegis』の3人目になっていただけませんか?」
情報量とは。多すぎると時にパンクするものである。大体基本から記憶力が備わっているのかもわからない人間にパンクもクソもあるのかと言いたくなるのだが、今回ばかりはそれを充分経験した様な気がした。
「……は?」
情報を整理しようと働きかける脳内は、いつもとは違う速度で動く。一手先を、その先をと繰り返してきた自身に負荷を与えるほどまでを常設する今現在の状況は、少々今の脳には難しい様だ。
「蕣ちゃん昨日のすごい良かったよ!」
「あれデビューライブだったんでしょ⁉︎生で見れて良かったぁ~」
そんな大袈裟な、と返したくなるが、やはりこういった場面で遠慮がちになるのもどうなのだろうか。というか案外、羞恥心と戦っている真っ最中だったりするのだ。
「あ…はは……」
もう返す言葉すら失った様だ。頼むから蘇ってくれ私の語彙力。元からないのは承知だけど。
「宮古も同じようになってんのかな…」
「よし!仮デビューは果たしたということで、迫ってきたオーディションの追い込みでもやりますか」
「でもオーディションの詳細って全然聞いてませんよね。検索しても何も出てきませんでしたし」
沈黙のQuartetto倉庫。果たして詳細はいつどこで明らかにされるのだろうか。不安がどこかに巣を作り始める。
そんな状態のまま刻一刻と時を過ごすTri clapは、心身ともに変わりつつあった。
まず起こった議題は「敬語の禁止」だった。これがTri clapの更なる成長に通じるというのだ。実際、使い慣れた言葉たちを変えようだとかは至難の業でありかなりの時間を必要とした。するといつしか、脳裏で『隠れていた私』がひょっこりと顔を出して、『今の私』を殴り飛ばしてしまった。そう、他人に合わせて自身の保守だけをしてきた『今の私』を。好印象だとか、元気だとかは似合わなかった私が、子供の頃に戻った様な感覚でそこに居座る『隠れていた私』になる。
何かから解放されたように自身を曝け出せる感覚を手に入れ、『隠れていた私』が『隠されていた私』だったと知る。自分が傷付きたくないから、他人からの評価を損いたくないからと逃げていた私の手によって隠されていたと。
でも、私をこのように成長させてくれたのは『隠されていた私』ではない。宮古といろはちゃんだ。2人は思うこと全てを私に伝え、今の私が偽りだと教えてくれた。そしてふと感じる。私がいるのは、彼女達のお陰なのだと。
私たちは、たくさん練習した。
私たちは、たくさん踊った。
私たちは、たくさん歌った。
私たちは、私たちだ。
私たちだからこそ、できる何かがある。
私たちにしか、できない何かがある。
「あ~…?早えなぁ土曜なのに…あぁ、そうか。今日オーディションか。頑張れよ~…」
「うん、ありがとお姉ちゃん。行ってきます!」
「お~いってら」
制服を纏った妹を寝ぼけた目で見送り、適当に手を振る。玄関の扉が閉まると同時に見えなくなるその姿に、これまでを重ねる。
「なんか蕣…ここ数ヶ月で変わったな…」
小さかった背中を懐かしむも、今浮かぶのは数多の歓声を背負った1人の少女のみ。素直に喜んであげたいが、少し寂しくもある。
「…ま、蕣のあんなに元気な姿見れるようになっただけで姉としては嬉しいよ」
少々くさいセリフを吐いたことを自覚しつつ、二度寝と洒落込むことにした。
「結局当日までなんの詳細も明らかにならなかったね」
「まぁあの社長だからなー。とんでもない大御所のとこ受けさせられたりして」
少々戸惑いつつも、過去に持っていた躊躇い等総てを互いに捨て去った私たちは今このQuartetto3階のフリースペースに屯していた。社長からの話があるという事柄、時までこの場所にて待機を峯森に命じられている。
「…結局私、1人がいいとか言ってたけどこのままデビューしたらどうなるのかな…?」
既に受かる前提で話を進めるいろはちゃんの言葉に、彼女の心境を察する。この数ヶ月、私たちは多くの時間を過ごしてきた。その中で作られた互いの意思というものが、なんとなく理解できるようになった。
彼女は、もうTri clapとしてが1番心地よい場所なのだと思ってくれているらしい。嬉しい限りだ。
「よっし、それじゃあそろそろ行こうか」
「どんなオーディションが待ってるのかな?」
「ほんっと、蕣の性格変わったよね。あのヘタレ敬語はどこに行ったんだか…」
「ふふ、今あの子はねぇ…いろはちゃんのくまいろーとおんなじようなところに居るかな」
「なにそれ…」
隠した自分。それは、決して偽るためのものマスクではない。自分が変わったという証拠なのだ。だから、それを顔に付けるのは本当に必要な時だけ。いつもは、いつもの私でいればいいのだから。
「今日はよく来てくれたね。オーディションを受ける前に君たちに伝えなければならないことが幾つかあるんだ」
3人横一列に並び、眼前の人物からなる発言に固唾を飲む。
「まずひとつ。オーディション会場は今君たちが立っているそこであり、審査員は私1人だということだ」
「…と、言いますと?」
「君たちに与えられる評価は二つだけ、上も下も関係ないという事さ。そしてふたつ…君たちに与えられる二択のうちの回答は『合格』だ」
あまり言葉の意味が理解できない、というのも、3人皆同じ感覚なのだろう。これまでの三ヶ月間積み重ねてきたものは、今この場所、今この時の言葉をもらうためのものだったのだろうか。
「…なにが。あんたは私らの何を見て合格だなんて言えたんだ⁉︎」
宮古の、聞いた事もない叫びが反響する。少し疑いつつも、彼女の声であることに偽りは無かった。そして、私自身も同じ心境だ。
「時雨くん。君たちはここまでよく頑張ってきたじゃないか。私はその精神を評価するよ」
「違う‼︎違うんだよ‼︎私らはそんな半端に認められるため時間を費やしたんじゃない‼︎合格だとか不合格だとか、そんなもん観てから、聴いてから、感じてから決断してほしいんだ‼︎」
彼女の言う通りだ。私たちが今まで暮らした時間は、今この瞬間のためじゃない。全力で一部始終を尽くしたその瞬間のためのものだ。
「私も、納得はしません。現時点で合格だろうがなんだろうが、ちゃんとオーディションに望みます‼︎」
「まぁ、これで合格って言われてもね…」
私たちは、結果の見えた勝負に挑むと口にした。そうでもしないと、デビューという名の一度しか来ないものを無駄にしそうな気がしたからだ。
途端、手を鳴らす音が3発。この部屋を反響していた。
「そうだ。その言葉を待ってたんだよ。仮に合格だと伝えた時点で君たちがそれを喜ぶような仕草を見せていたら、私も認めていなかった」
「なっ…試してたんですか…」
宮古の態度が変わるよう伺える。少しずつ温厚に、接しやすい方へと。
「全く、性格いいんだか悪いんだか……」
峯森の言葉に微笑みかける社長は、そのままの笑顔で語った。
「さぁ、みせてくれ。君たちの成長を」
精一杯だ。はじめてのステージを貫いたあの日よりも、少しだけ成長した今の精一杯だった。必死だとか、そういう事ではないと感じる。ただ自分に今できる精一杯を引き出したまでだ。
「あぁ、素晴らしいよ。やはり君たちと私の判断は狂っていなかった」
肩で息をしながら耳にした、その言葉が意味する言葉に私たちは打ち震えた。私たちは、本来のスタートラインを無事に切ることが出来たのだ。
「これから、君たちには多くの仕事が待ち受けている。どうか無理だけはせずに精進してくれ」
「やっ…やった………⁉︎」
「そう、君たちはQuartettoの歴史をひとつ刻んだんだよ」
その日、私の選択は微塵もズレていなかったと信じることが出来た。心地よい汗が、首元を撫でている。私は、ここまで成長したのではなく生まれ変わったのだと思っていた。しかし、Tri clapを組んだあの日の私は今ここにいる私だ。やはり私は私であり、過去の私と今の私ではないのだと。
Quartetto初のユニット、Tri clapとして無事結成を果たした我々は、これから多くのお仕事に励むこととなるらしい。まず手始めに自己紹介程度の掲載で、とある雑誌にて特集を組んでもらえることになった。
それも、4ページ分。
「ちょっと社長ぉ⁉︎こんなに何書くの⁉︎写真載せるだけは流石に無理だよ⁉︎つーか学園祭のはモロ身バレするでしょうが‼︎」
そう。紹介してもらえるのはありがたいのだが、流石に4ページは多すぎると思う。仮に3人一緒に写るページプラス1人1ページずつもらったとして、何を書くのだろうか。初仕事なのだが。
「ほら、一人一人のドアップデカデカと乗せて脇の方をプロフィールで埋めればいいじゃないか」
「せめて2ページくらいに減らしてもらえませんかね…」
「大丈夫だよ蕣。私がクマの魅力について4ページ語り尽くすから」
何が大丈夫なのだろうか。今回ばかりは結構真面目に突っ込みたい衝動に駆られる。いろはちゃんはもしかすると、結構アホの子キャラでも立ち回れるのではないだろうか。
とりあえず某ファッション誌の2ページを締めることとなった我々御一行は、撮影に取り掛かるのだった。
「七海さん顎ひいて!あと双城さん何そのポーズは!」
「え⁉︎く、くまですけど…」
「なんで⁉︎普通にしてて‼︎」
しかし見た感じよりも、この仕事は中々体力を使う。単純な体力不足が招いた事態であるが、なんとか気合で持ち堪えるしかない。
しかし、少し前では考えられない自分の思考には驚かされるばかりだ。
「あぁ…駄目だコレしんどい…」
「疲れたって…まあ、今日は初めてだからだと思うよ。そのうち慣れるって」
宮古の言葉に、机へうつ伏せる私は聞き取れない声でしか返事ができなかった。実際かなりの疲れに見舞われているのだから。
ぱちり、ぱちりと音の響く一角にて繰り広げられる戦いは、終盤へと差し掛かっていた。
「王手」
「参りましたッ……」
同時刻、校舎内に響く降参の声。金、銀と桂馬に囲まれ、逃げ道を失った玉は最早背水の陣に失敗したようだ。
「勝者は、尾木奈真昼です」
「なんで練習試合でこんなに畏まってんの?」
今度は、雰囲気を食い荒らす腑抜けた声が響く。全く空気の読まないその声が教室に残っていた。
「いや…一応大会賭けなんですけど…」
「ん?初耳なんだけど」
何故こんな腑抜けた様子の選手に負けたのだと対戦相手の学校は少々怒りをあらわにしているが、事実実力の上でついた決着である。どこであろうと勝負の世界に私情を持ち込むことが余り向かないことは、承知であった。
「ま、いいか。んじゃ対局あざしたー」
そう残し、教室の戸を開けて靴を履く。静かになった廊下にて、深呼吸を残してスマートフォンの連絡先を模索する。
「お、蕣ちゃん受かったか。ボクも勝ったって言わないとなぁ…」
不意に気配を感じ、階段のある方向に目を向ける。案の定気配は存在していたのだが、その存在が脳内の見覚えと合致していた。
「あー…っと確か…そうだ、千歳先輩」
「はい。千歳ですよ、尾木奈さん…それで、Tri clapは、あの後どうなりました?」
当然の様に自分へ向けられた内容は、何故が絶えない状況を生んでいる。
「なんで毎回ボクに聞くんすか…本人らに直接行きゃいいのに」
「あら、ご迷惑でしたか?」
「いや、別にそんなじゃねぇっすけど…ボクもあんま詳しくは知らねっすから…あ、でもさっきオーディション受かって結成したって連絡来てましたよ」
「そう…ですか。それは喜ばしいですね。それでは、私はこれで…」
別に、怪しいだとかは思っていない。だが、その行為一連が違和感を生み、モヤモヤと自分の中に何かが残ってしまっている。
「…で、結局なにがしたいんすか?」
「そう…ですね。貴女が知りたいというなら、お話ししますよ。貴女にも、無関係な話ではないかもしれないので」
「…はぁ」
相変わらず空虚が巣食う廊下には、少しだけ漏れていた駒のパチンという音だけが聞こえていた。自分自身は己の呼吸音でさえ、その空虚に飲まれ眼前への好奇心を泳がせている。
「私たちは、特に目的がある訳でもないのですが…ただ、先ほど聞いた限りでは彼女らが私たちと同じ土俵で戦うこともあり得る話かもしれません」
「って事は、あんた…ら?もアイドルやってんすか」
なんとなく内容は掴めた様な気がする。学園祭のあの日も、差し詰め敵情視察といったところだろう。
「いいえ、まだまだです。そこで、貴女に関係のある話になるのですが…尾木奈真昼さん。私たちが結成するユニット『Aegis』の3人目になっていただけませんか?」
情報量とは。多すぎると時にパンクするものである。大体基本から記憶力が備わっているのかもわからない人間にパンクもクソもあるのかと言いたくなるのだが、今回ばかりはそれを充分経験した様な気がした。
「……は?」
情報を整理しようと働きかける脳内は、いつもとは違う速度で動く。一手先を、その先をと繰り返してきた自身に負荷を与えるほどまでを常設する今現在の状況は、少々今の脳には難しい様だ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ
桜庭かなめ
恋愛
高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。
あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。
3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。
出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2026.1.21)
※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる