忘れっぽい彼女

あまね

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前編

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俺の彼女は可愛いけれど困ったやつだ。一見しっかりしているように見えるのに、その実うっかりもので忘れっぽい。それほど散らかっているわけでもない家の中でなぜか三日に一度はスマホを失くす。

同棲中のマンションの家から時間差で出発し駅前で落ち合う、という、月一のデートでも、彼女は必ずなにか忘れ物をする。家に財布やスマホを忘れてきたなどはまだ可愛いほうで、途中の道に鞄を忘れた、服を切る前にパジャマを脱ぐのを忘れてきた、家の施錠を忘れてきた、煮物をかけていたコンロの火をとめるのを忘れてきた、しまいには、その日がデートだということを忘れていたとかで駅前で小一時間ほど待ちぼうけをくらったこともある。

そんな困った彼女だが、その忘れっぽさに助けられているところもある。

仕事先で嫌なことがありつい彼女に八つ当たりしてしまったとき、元カノの写真が本の隙間から見つかったとき、その元カノと偶然再会したのを黙っていたことがばれてしまったとき――ひとしきりの言い争いのあと、彼女は「もういい」と、ぷいとひとり寝室にこもってしまう。

そんな時は俺も意地になって、寝室にはいかず、リビングの狭いソファの上で客用の毛布にくるまり縮こまる。
八つ当たりしたのはどう考えても俺が悪いし、元カノの写真がうっかり残ってだけならまだしもそれをもとの場所に戻してとっておこうとしたのは彼女に対してあまりに不誠実で、彼女は同窓会で元カレがいたということすら俺に全部話すのに自分は黙っていたのは下心を疑われてもしかたがない。つまりは全部俺が悪い。少し冷静になればそんなことはわかるのだけれど、もう遅い。後ろめたい感情にまかせた、彼女にとってはまったくいわれのない暴言を散々ぶつけてしまった後で――他人を見るような目で俺を見た彼女に対し、いまさらいったいなにを謝ればいいというんだ。
いや、でも、だって。
俺の言い訳を聞いてくれない彼女が悪いんだ。
俺をあんな目で見る彼女が悪いんだ。
ああ、でも。
でもでもでも。
もしかしたら、俺たちはこれで終わりなのかもしれない。
ずっと一緒にいたのに、彼女のいない人生なんてもう考えられないのに、こんなことで、こんなくだらないことで終わるのかもしれない。
薄寒いリビングの隅でそんなことをぐるぐる考えながらいつの間にか眠りに落ちると、

「おはよう」

いつも、そんな彼女の声で目が覚める。
太陽はすでに昇っていて、開いたカーテンからさす朝の光のなかに、背中を向けた彼女がいる。

「……おはよう」
「そろそろ家を出ないと遅刻するよ。ほら、これ」

彼女がそう言いながら、ミニパックのヨーグルトをひとつ差し出す。

「あ、ありがと」

いつもの彼女に戻っている? いや、それともまだ怒っている? もやもやした気持ちながら俺はヨーグルトの蓋をあける。味はブルーベリー。当たり前のように俺の隣に座った彼女がプラスチックのスプーンですくっているヨーグルトはうすい赤色のストロベリー。彼女が食べ終わるのを待って、空っぽになった入れ物を彼女の手から取り上げると、自分のそれといっしょにキッチンのゴミ箱へ捨て、ついでにゴミ袋の入れ替えをする。

「へー」
「……なんだよ」
「気がきくじゃーん。今日は」
「なんだよ、いつもはきかないみたいに」
「なにか後ろめたいことでもあるのかな?」
「後ろめたいって……」
「せっかく立派なベットがあるのに、わざわざ変なところで寝てたし。こんなところで寒くなかった?」

彼女はそう言いながら、俺が一晩くるまっていた毛布を四つ折りにたたんでいる。

もちろん俺は、後ろめたいに決まっている。昨晩の喧嘩のことで。けれど彼女ときたら、すべてを忘れてしまったかのようだ。昨晩俺が何を言ったとか、彼女が何を言ったとか、どれだけお互い罵りあって、怒って、泣いたのかとか――。

そんな忘れっぽい彼女を見ながら朝日を浴びていると、昨晩にあったことは、ちょっとした行き違いで気にするほどのことじゃなかったんだ、という気が俺までしてくる。

別れの予感と不安で眠れなかった夜のことなど綺麗に忘れて――あれはただの俺の考えすぎ、勘違いで、太陽とともにやってきた新しい日、新しい朝の彼女の笑顔が、当然に、永遠に続くものだと再び確信する。

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