生贄の聖女として30年間悪竜を封じてきましたが

あまね

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1章

第1話 裏切ったって本当ですか

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 王妃や大臣たちとの夜の会食の後、ミズガルドの国王ロミリオは周囲に「しばらくひとりにしてくれ」と言い置いて、王宮のテラスに出た。

 見上げれば空には満点の星。かつでドルガマキアが暴れた際には国中が火に包まれ、その明るさはまるで夜が昼のようだった、と伝えられている。

 ロミリオは眼下に目を向けた。星の数よりは少ないが、ミズガルドの城下町でもあちこちに灯火があがっている。その光のもとで、昼間の働きを終えた人々が日々の小さな喜びを享受しているのだろう。家族と食卓を囲むもの、仲間と乱痴気騒ぎに興じるもの、ひとり寝台に眠り、今日の疲れを癒すもの――

 光のひとつひとつが、まるで人の魂の輝きのようだ、とロミリオは思った。

 美しい、と。

 自分の治める国を目の届く限りすみずみまで目に入れた後、ロミリオは再び空を見上げた。夜空の少し端のほうでは、白い月がぽっかりと輝いている。

 まるで夜に微笑む女神のように。

 それはかつてこの国のためにと進んで我が身を捧げた彼女のことを思い起こさせる。

「余を許してくれるか……ジュリエッタ」

 ロミリオは呟いた。

 許すわ――と、心の中のジュリエッタが答える。


「許すわけないでしょ」


 と誰かの声が答えた。

「なっ?!」

 ロミリオ王は飛び上がるほど驚いた。周囲の衛兵の姿を探したが、考えるまでもなくさきほど自分が遠ざけたのだ。

 ロミリオが叫んだきり、周囲はしんと静まり返っている。見回しても人の気配はない。

 しかし、先ほどの声が空耳だったとは思えない。

 こんなところに現れる自分以外の人間といえば、答えはひとつ。不審者だ。ロミリオはじりじりと後ずさりしながらテラスの出入り窓へ近づき、「衛兵! 衛兵、来い!」と、叫んだ。

「私の声も忘れてしまったのですね」
「ひっ?!」

 今度は真後ろから声がした。ロミリオはぴょんと小さく飛び上がりながら振り向いた。

 そこに女がいた。

 しかもおそらく若い女だ。

 背は自分より頭ひとつ分ほど低い。城内からの逆光になって顔はよく見えないが、その立ち姿からは高貴なものを感じさせる。

 月の女神が王国に祝福を与えに来た――?

 根が楽観的なロミリオは一瞬そう思ったが、すぐに考えを変える。女は、どう見ても怒っていた。とてもとても祝福とかそういうことを言い出すような雰囲気ではない。

「何者だ……?」
「新しい生贄を選ぶというのは本当ですの?」
「生贄……?」
「生贄の聖女」
「! なぜそれ知っている?!」

 ロミリオは女から少しずつ距離をとりながら尋ねた。

 かつて国を荒らした暗黒竜ドルガマキアは選ばれし聖女の力により抑えこまれている、というのはミズガルドでは有名な話である。しかしその実、聖女とは名ばかりの生贄であり、生贄を捧げる代わりに国を荒らさないということをドルガマキアと契約しているだけ、というのは、王宮の中でもごく一部の人間にしか知らされていない。

 真実を知っている者の中に、このような若い女はいなかったはずだ。

「本当、でしたのね……」
「お前は誰だ」
「……あなたにはもう、わからないのね」

 女の声に少し寂しそうな響きが混じる。

 ロミリオは急に罪悪感のようなものをおぼえなにか言おうと口を開いたが、言葉を発する前に周囲に突然突風が吹いた。

 攻撃か、とロミリオは頭部をかくし防御体制を取るが、それきりなにも起こらない。おそるおそる目を開いてみると、たった今まで目の前にいたはずの女は消えていた。

「夢でも見たのか……?」

 ロミリオは首を捻る。テラスを吹く風の中に懐かしい匂いが混じっている気がしたが、なにが懐かしいと感じたのかも思い出せない。ロミリオは「疲れが溜まっているようだな」と頭を軽く二、三度振って、城の中へ戻って行った。
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