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愛情不足

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「話……できた?」
 肩を落として戻ってきた出雲に声をかけるが、なんのリアクションもくれなかった。またソファーの隣に座りにきたので、調度触れやすい位置にある頭を撫でる。栗色の髪の毛は少し癖があり柔らかかった。
「先生だからってそんな気安く触らないでください」
 ムスッと唇を尖らせて抗議される。
「出雲……悲しそうだから」
「別に大丈夫です……というより、なんで名前を呼び捨てしているんですか? やめてくださいよ」
 普段の笑顔はすっかり取れて色んな表情を見せてくれる。さっきは拗ねた顔。今は眉間に皺を寄せて怒った顔。瑞生に似ている。彼ほどの迫力はないけれど。
 こちらを見上げる出雲を観察していると、怒りの顔にだんだんと困惑の色が見えてくる。そうだ、質問されていたっけ。
「大鳥が……出雲って、呼んでた……から」
「隼人が? 俺の話をしてたんですか?」
「何回か……」
「えっ……あ、そう、なんですか……」
 さっきまでの威勢はどこへやら、出雲は口に手を当て顔を逸らし、その顔をみるみるうちに耳まで真っ赤にさせてしまった。口元を隠していても、きっとにやけてるいるんだろうなと目尻が下がっているのを見てわかる。
 そんな彼を見ていて、あれ? と思った。
 おかしいな。ムラムラする。
「最近……風俗とか行ってないから……かなぁ?」
 首を傾げて訊ねると真っ赤な顔のまま、大きく目を見開いたと思ったらすぐに目を細めて、口をへの字に曲げた。
「何言ってるんですか! そんなお店行ってるんですか……普通生徒にそんな話……」
 顔を真っ赤にしたままどもって目を泳がせる出雲。そんなに動揺しちゃうんだ。えらい可愛いな。押し倒したくなる。いやでも相手は男子生徒だし。それに大鳥のことが好きみたいだし。
「あの……先生」
「なに」
 盛ってるのバレたかな? なんて思ったが、出雲の顔は赤みも引いて口を小さく結び、真剣そのものだった。
「浅人くんに酷いことをしたのは事実です……何か、処分を受けることになるんでしょうか」
「あー……」
 レイプまでしてしまっていたら刑事事件となってしまうが、今回のことはそこまでには発展しない。それでもいじめなどに該当することではあるだろうし、過去にいじめで停学や退学の処罰を受けた生徒も存在する。内部進学ではあるが三年生ではあるし確か奨学金制度を利用していたので、彼にとっては大問題だろう。
「それは……長谷川とも、話して……落とし所を」
「あの、いいんです。自分のしたことですから。受け入れるしか……」
 俯くと、彼の緩んだ涙腺からはまたポタポタと涙が二つ、落ちていった。
 出雲のことはよく知っている。何せ生徒会長だったのだから。成績も良く、生徒会の仕事もしっかりこなし、とても優秀な生徒だった。いつもニコニコ笑いながらなんでも軽くこなしてしまうから、こんな風に涙を流すのなんて意外だった。それに泣き顔がこんなに可愛いなんて。
「慰めて……あげようか」
「え?」
 僕はその、前よりも随分と小さく見える身体を抱き締めた。その身体は驚きで固まってしまっている。肩に埋もれた顔でぱちぱちと瞬きしているのを感じた。
「もっと泣いても、いいよ?」
 そうぽんぽんと二度背中を叩いてやると、おずおずと躊躇いがちにこちらの背中にも腕を回してくれた。そして小さく肩を震わせ、声を押し殺しながら泣き始める。そんな彼の泣き方がいじらしくて悲しい。
 僕ならこんな泣かせ方はしないのに。




 自宅の前だと言うのに、俺は中へ入るのを躊躇していた。扉を開ければそこでは浅人が待っている、早く入らなければ。昼飯買ってきたよって笑顔で接しなければ。浮かない顔になっているのは自分でもわかる。無理矢理に何度か口角をあげて笑顔を作ってみる。よし。
 意を決して扉を開けると、浴室から水が床を打つ音が聞こえ、そういえばシャワー使えって言ったっけと思い出した。そのままの身体では嫌だろうからと。今すぐには顔を合わせなくて済みそうだと少し安心した。
 買い物袋をキッチンの調理台に置き、奥へ着替えを探しに行く。つっても、俺の服じゃサイズ合わないだろうな。大きい分には仕方ないか。
 しゃがんでクローゼットの床に置いてある衣装ケースを探る。すると背後から気配がして、細くしなやかな腕に抱きしめられた。
「はーやと! おかえり」
「ん? ああ……」
 同じくしゃがんで俺の背にくっついてきた浅人を背中越しに見ると、全裸に頭からバスタオルをかけただけの姿だった。そんな姿で後ろから身を乗り出し、衣装ケースを覗き込む。
「わー服貸してくれるの? でもどうせすぐ脱ぐよね?」
 抱きついていた手をブレザーの中に入れてきたと思ったら、さらにシャツの下に手を伸ばしてきた。指先で腹筋をなぞりながら頬に口付けてくる。やめさせようと手を握ると、怯むことなく指を絡ませて手を握り返されて、本当に参ってしまう。
「ねぇ、隼人。お願い。僕、今日のこと忘れたいよ……」
 背中に浅人の体重がかかる。元気そうに見えるがふとした時に声のトーンが落ち、やはりショックを受けているのだと思い知らされる。けれどこいつの望むことはできない。何の為に出雲をあんなに泣かせて突き放したのだ。何の為に……玲児の為に、玲児とやり直す為に俺は今ここにいるんだ。
 しかし……また玲児に拒まれてしまった。
 受け入れなくとも、もう少しきちんと話して欲しかった。自分のせいで傷ついた浅人を受け入れてやりたい自分がいる。そんな自分を打ち消すだけの、ほんの少しの希望が欲しかったのに。真っ向から否定されてしまうなんて。
「ごめんな。俺は……」
「忘れられない人がいるから、駄目なの? その人は隼人のことどう思ってるの?」
 そんなの俺が聞きてぇよ。
 その問に返事なんかできなかった。けれどもここでの無言はつけいる隙を与えるも同然なわけで、浅人は俺の背から離れて隣に座り、俺の頬に手を添え自分へと向かせた。少し長い金色の前髪から覗く大きな青い瞳はどこまでも落ちていけそうな程に深く澄んでいる。宝石みたいだ。
「別にいいよ。僕のこと好きじゃなくても。慰め合うだけでも」
「良くねぇだろ」
「一人でいるのは嫌なくせに。僕が一緒にいてあげる」
「嫌だっつってんだろ」
「どうして? 初めは隼人から誘ってエッチしたんじゃない。それとももう他の人に触られた僕は汚いって言うの?」
 汚い。
 自分に向けられた言葉ではないのに胸に刺さる、どうしてもその言葉は俺を刺激する。例え自分に対してだとしてもなぜ人間に向かってそんな言葉が出るのだ。汚いだなんて。なんだよ汚いって。
 お前が汚いなら俺は……
「隼人、こっち見てよ」
 浅人に呼ばれハッとした。いつの間にか視線を下げ自分の手の平を見ていたことに気づく。汚れなどない。恐る恐るゆっくりと浅人とまた目を合わせた。
「なんだか隼人の方が傷ついてるみたい」
 浅人は微笑んで、顔にかかった俺の前髪をそっと後ろへ流した。
「僕のこと嫌いになっちゃった? 僕のこと汚いって思う?」
「思うわけない……」
「じゃあ僕のこと受け入れてよ。忘れられない人がいる隼人のこと、僕も受け入れるから」
 浅人の顔が近付いてくる。
 駄目だ、避けないと。
 わかっているのに、甘く優しい言葉に誘われた俺の頭は言い訳ばかり考えていた。
 浅人が傷ついたのは俺のせいだ何とかしてやらなくちゃ。
 どうせ誰かと体を重ねないと夜は寝られないじゃないか。
 いくら愛していたって玲児は俺のことなんか受け入れてくれないじゃないか。
 気がついた時には自分からバスタオルごと彼の腰を抱き寄せ、唇を重ねていた。
 女性のような柔らかい唇をこじ開けながら、バスタオルを落として直にその身体に触れる。すっぽりと腕の中に収まる小さな身体。玲児に重ねていた出雲の身体とは全然違う。昨日あいつを泣かせたばかりだというのに何をしているんだろう。でもこちらはきちんと別れを告げたのに暴走したあいつも悪い。またこうして言い訳ばかりだ。俺が悪い。全部俺が悪いのに。こうなったらもう止められなかった。最低だ。
「はやと……っ、ベット行きたいな……」
 唇を離すと、ちろりと自分の唇を舐めながら浅人は甘い声で囁く。もう一度軽く口付け、その身体抱き上げてベットへと運んでやった。
「うわぁ! お姫様抱っこ! この間玲児にしてるの見て羨ましいなって思ってたんだ」
「他の奴の話すんな」
 特に玲児の名前は出すな、と心の中で呟いて自分の制服も脱ぎ捨てていく。浅人もそれを見て俺のベルトを外し始めた。ズボンも下着も脱がしてまだ立ち上がってはいないそこを握る。この間初体験を済ませたのなんか忘れてしまうほど積極的に、すぐ上下に扱き始めた。親指で亀頭をくすぐりながら、人差し指と中指で挟むように扱かれる。
「あ、大きくなってきたぁ……」
「お前……なんか、慣れてんな。自分のしてるからか?」
「んーん、和人兄さんに教えてもらった」
 首筋に顔を埋め、舌を滑らせる。頭上から短く、ん、ん、と声が漏れているのが可愛い。学校帰りに半ば無理矢理事務所へと連れていかれた日、和人さんとした時のことを思い出す。そういえばあちこちやたらと身体を触られ、どこが感じるのかとか聞かれた気がする。兄貴と好きな人がヤってショック受けてたんじゃないのかよ、怖い兄弟。
「お前そんなに俺としたかったの?」
 乳輪の周りを撫で、人差し指で先端を何度も掠める。息は荒くなり、染まっていく頬で笑う顔が妖艶だ。
「んん……そうだよ? どうしても、はやとが…………はやとが、ぁ、欲しくなっちゃったの」
 桃色の小さな突起を口に含み、舌先で触れ吸い付くとコリコリした感触へと変わっていく。それが好きで何度も舐めていると、浅人は喘ぎの中に笑い声を含ませ俺の頭を抱き締めた。性器に与えられていた快感を惜しみながらも、こうして抱き締められるのもとてもいい気分だった。
 どうして抱いてと言われていたのかわからなくなる。
「はやとぉ……かわいいね……だいすき。だいすきだよ」
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