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本編
03 春の酔い ③
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その後も時任はうちに入り浸っている。なぜだ。
「なんか居心地いいんだよな、美羽の部屋」
「お前は猫か」
ことわざでそういうのがあった気がする。犬は人につき、猫は家につく。
「うーん……? 俺、自分では犬っぽいと思ってるけど」
「ああ、盛りのついた犬?」
「うるさいな」
心底どうでもいい。
うちに入り浸り始めてからの時任は、なんだか印象が違う。
服装が大変ラフになった。
以前大学で見た時も、合コンの時も、いかにも女子ウケしそうな綺麗目の格好をしていた。きちんとアイロンを掛けたシャツとジャケットにスラックス、みたいな。少し高そうなやつ。
今はパーカーにジーンズや、ノーアイロンのシャツにカーディガンとチノパンとか。量販店で売っていそうなものを着ている。
時任は料理が上手く、進んで担当してくれるので、食生活が充実してきた。和食が得意で、丁寧に手を掛けた旬の味の料理が並ぶ。筍の煮物、蕗の薹の天ぷら、菜の花のお浸し。おばあちゃんっ子だったらしく、いろんな料理を教えてもらったそう。
むしろ私の方が男の料理風なものしか作れない。じゃがいもをラップで巻いてレンジで蒸したら「これはこれでありだな」と感心された。アンチョビと合わせたらやめられない味。悪魔の食べ物。
「誰かになら作ろうかなって思えるし。美羽、意外と旨そうに食うから、作り甲斐がある」
合コンの日は美羽ちゃんと呼んでいたのに、すっかり呼び捨てが定着した。まあ、猫なで声で美羽ちゃんと呼ばれるのはわざとらしいし、呼び捨ての方がしっくりくる。
食欲が満たされたら次は性欲、みたいに、食事とセックスがセットになっている感がある。
時任の上に乗り、腰を使う。騎乗位は以前付き合った彼ともしたので、そこそこ自信がある。時任の気持ちよさそうな表情に満足していると、声を掛けられた。
「気持ちいいところ、自分で探してみなよ」
気持ちいいところと言われても。
「よくわかんない」
「やってればそのうちよくなるだろ。俺もなったし」
「最初は、よくなかったんだ」
「……身体は慣れる。経験多い女子からは、俺の、たまんないって言われるし」
「リップサービスじゃないの?」
「失礼な。絶対美羽をイカせてやる」
「まあ、気持ちいいに越したことはないけど」
色気ゼロ。
でも、時任とのセックスは嫌いじゃないし、本当は下手とも思っていない。時任の大きさで下手だったら、かなり痛いはずだ。過去に寝た二人の方がよほど下手だった。
「時任、本当はそんなにセックス興味なかった?」
「幼馴染に恋人ができて、どんどん雰囲気が変わっていったから、俺もセックスしたら何か変わるかなって思ったんだよ」
「セックスくらいじゃ、何も変わらないよね。大人になれる訳じゃないし、心の機微がわかるようになる訳でもない」
似たようなことを考えて、以前付き合った男達と関係を持ったので、妙に納得する。
時任は少し眉を下げ、はははと情けない笑い方をした。
天使みたいな翼くん。清らかな乙女だった大好きなミユキさんは、突然現れた男に奪われて、真横で少しずつ女になっていく。偶然手が触れただけでも顔を赤らめていた人が、男とキスをして、股を開き、よがり声を上げる。とんとん拍子に結婚まで話が進み、絶望して、翼が折れ、時任は堕ちた。天使の翼は繊細で脆弱なのだ。
その気がなかった子をオトして、セックスの後はそっけなく躱す。ミユキさんから相手にされなかったことの復讐を他の子でして、少しは楽しかったんだろうか。
正直、ミユキさんのことは、全然うらやましくない。どうでもいい人間に執着されても、面倒なだけだし。
でも、時任には嫉妬する。うらやましい。手に入らないとわかっていながら、そこまで大切に思える人が存在するなんて。
私にはそんな存在はない。
「なんか居心地いいんだよな、美羽の部屋」
「お前は猫か」
ことわざでそういうのがあった気がする。犬は人につき、猫は家につく。
「うーん……? 俺、自分では犬っぽいと思ってるけど」
「ああ、盛りのついた犬?」
「うるさいな」
心底どうでもいい。
うちに入り浸り始めてからの時任は、なんだか印象が違う。
服装が大変ラフになった。
以前大学で見た時も、合コンの時も、いかにも女子ウケしそうな綺麗目の格好をしていた。きちんとアイロンを掛けたシャツとジャケットにスラックス、みたいな。少し高そうなやつ。
今はパーカーにジーンズや、ノーアイロンのシャツにカーディガンとチノパンとか。量販店で売っていそうなものを着ている。
時任は料理が上手く、進んで担当してくれるので、食生活が充実してきた。和食が得意で、丁寧に手を掛けた旬の味の料理が並ぶ。筍の煮物、蕗の薹の天ぷら、菜の花のお浸し。おばあちゃんっ子だったらしく、いろんな料理を教えてもらったそう。
むしろ私の方が男の料理風なものしか作れない。じゃがいもをラップで巻いてレンジで蒸したら「これはこれでありだな」と感心された。アンチョビと合わせたらやめられない味。悪魔の食べ物。
「誰かになら作ろうかなって思えるし。美羽、意外と旨そうに食うから、作り甲斐がある」
合コンの日は美羽ちゃんと呼んでいたのに、すっかり呼び捨てが定着した。まあ、猫なで声で美羽ちゃんと呼ばれるのはわざとらしいし、呼び捨ての方がしっくりくる。
食欲が満たされたら次は性欲、みたいに、食事とセックスがセットになっている感がある。
時任の上に乗り、腰を使う。騎乗位は以前付き合った彼ともしたので、そこそこ自信がある。時任の気持ちよさそうな表情に満足していると、声を掛けられた。
「気持ちいいところ、自分で探してみなよ」
気持ちいいところと言われても。
「よくわかんない」
「やってればそのうちよくなるだろ。俺もなったし」
「最初は、よくなかったんだ」
「……身体は慣れる。経験多い女子からは、俺の、たまんないって言われるし」
「リップサービスじゃないの?」
「失礼な。絶対美羽をイカせてやる」
「まあ、気持ちいいに越したことはないけど」
色気ゼロ。
でも、時任とのセックスは嫌いじゃないし、本当は下手とも思っていない。時任の大きさで下手だったら、かなり痛いはずだ。過去に寝た二人の方がよほど下手だった。
「時任、本当はそんなにセックス興味なかった?」
「幼馴染に恋人ができて、どんどん雰囲気が変わっていったから、俺もセックスしたら何か変わるかなって思ったんだよ」
「セックスくらいじゃ、何も変わらないよね。大人になれる訳じゃないし、心の機微がわかるようになる訳でもない」
似たようなことを考えて、以前付き合った男達と関係を持ったので、妙に納得する。
時任は少し眉を下げ、はははと情けない笑い方をした。
天使みたいな翼くん。清らかな乙女だった大好きなミユキさんは、突然現れた男に奪われて、真横で少しずつ女になっていく。偶然手が触れただけでも顔を赤らめていた人が、男とキスをして、股を開き、よがり声を上げる。とんとん拍子に結婚まで話が進み、絶望して、翼が折れ、時任は堕ちた。天使の翼は繊細で脆弱なのだ。
その気がなかった子をオトして、セックスの後はそっけなく躱す。ミユキさんから相手にされなかったことの復讐を他の子でして、少しは楽しかったんだろうか。
正直、ミユキさんのことは、全然うらやましくない。どうでもいい人間に執着されても、面倒なだけだし。
でも、時任には嫉妬する。うらやましい。手に入らないとわかっていながら、そこまで大切に思える人が存在するなんて。
私にはそんな存在はない。
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