愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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理屈じゃないの

05

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「逆恨み、なんだと思う。黒部さん厳しいとこあるけど間違ったことは言ってないから余計にっつうか……」

 篠田は転勤になり、社宅のアパートで暮らすようになったため飼い犬を手放すことに決めたという件でもっふぁ~にやって来た。本当に可愛がっていてできることなら一緒に移り住みたいし、そのための努力はしたけれど甲斐なく、という事情はたしかに仕方なさそうだったので、調も引き受ける方向で話を進めた。
 いざ愛犬を引き取り、どこにも虐待等の痕跡のないのを確認したので、龍や歩は残念だったな~ぐらいにしか思ってなかったが馨子は違った。「もう二度と動物を飼わないでください」と篠田に言ったのだ。

 この手の依頼の場合はいつもそうするしそういう内容の念書も作成してもらう。なので一連の流れではあるのだが、客なので知らない篠田は大層面食らい、カーッと上気するほど怒って、物別れに近い完了になってしまったのだ。別に貶める意図はなく手放されるペットがこれ以上増えないようにの行為だと龍達は勿論わかる。しかし篠田は恥をかかされたと強く恨んだのだろう。

 あれから半年が経っているしくだんの犬はもう新しい家族と幸せに暮らしている。初めは慣れずに戸惑って、水も食事もくちを付けないほど警戒していたそうだが、馨子が篠田が飼っていた頃の写真を見ておなじおもちゃを買って行ったところ、すこしずつ馴れてくれるようになったらしい。今では小学生の兄妹と三人きょうだいのように仲良く遊んでいると便りが来ていた。

 事情を聞いて八色が仕様の無さそうにふっと唇を撓わせる。やわらかい笑みにそわそわしていられたのはほんの刹那だった。

「だから何かあったら相談しろっつったのによ……水臭えなあ」

 大きな白い手が、痛めた左腕を撫でさする。そこを懸命に押さえつけて泣いていた彼女の影を浮かべているように龍には見えた。

「そういうとこ龍もあるよな」
「――……」

 どんな表情をしていたのか自分でも定かでない。

 そんなの知らないし、共通点を見いだす必要がわからない。体内でざあっと血の気が引いていく。頭が妙につめたくて、すこしでも動いたら昏倒するのではないかと思った。どういう意味だ? だから何と問い詰めてしまいたくなった。
 人間は訓練でもしてないかぎり他人を庇ったり、滅多にできないものだ。ゆえに助けるという行為には潜在的な好意が含まれている。心理学の講義などこんな時に思い出してしまって、龍は自分にとどめを刺された。だから気になっている。八色に自覚がないなら却って真実味を帯びるだろう。

 やっぱりそうか。この人の隣には、女性が相応しい。何かあった時も傍についていてあげられる。家族になれる血を繋ぐことができる。龍ではそれは出来ない。

(ここまでか)

 いずれ手を離さなければいけない人なのに、こんなに大事になってしまったら怖い。だからちょうど良かった。へらっと笑った龍を、八色は「なんだよ?」とかるく小突いてくる。何でもないというようにかぶりを振った。本当に何でもない。何にもなれなかった。

「お、来た来た」

 SPとやらは意外なことに女性だった。迎えが来たのなら、どうせ龍には送り届ける手立てもないのだしここで別れる。「じゃあ俺」と短く告げて立ち上がった。そのまま一瞬の眩暈をやり過ごし彼女に会釈して、八色を振り向く。

「香さん、お大事に」
「おう」
「おやすみなさい」

 立ち止まらずにロビーを突っ切りエントランスを出て、外が真っ暗なのにびっくりした。すっかり夜だ。ここへ来て現在地がどこなのか初めて確認するのはなんだか間が抜けていた。すぐのところにバス停があったので調べてみたが最終がやたら早くて、タクシーはどうか悩んでいると最悪なことに雨が落ちてきた。あたりまえに傘など持ってない。
 困っているのに最早笑ってしまう。病院の売店もさすがに閉まっているし近くにコンビニは見あたらない。詰みの二文字が脳裏を過る。また歩くか? この程度の降りなら平気、でもない。事務所までなら比較的近距離だが地理に明るくないため、所要時間が長くなりそうだった。

 こんな一日の終わりにちいさな奇跡が用意されているなんて、誰が予想できるというのだろう。

「龍~、龍ちゃーん、ママがお迎えに来たわよ~~」
「……え」
「おーいたいた。お疲れさん、」

 ドンとぶつかったのは思いの外勢いがついていて、恐らく互いに痛かった。でも何も言わずに、龍は肩に顔を押しつけたし歩も骨ばった身体に腕をまわした。もういっぱいいっぱいだった。ここが一応病院の敷地内とはいえ屋外だとか、誰かが車で通りかかってしまう可能性とかは頭からすっぽ抜けていた。

「よく頑張ったな」
「俺は別に何もしてねえよ。香なら無事だぞ。命に別状ねえって」
「愛しの龍くんがついてんのに還ってこねぇわけねえだろ」
「……そうな」

 顔を上げた龍の頬をしずくが伝って落ちる。歩は傘を差しかけてくれている、雨粒などではない。あたたかい指が目元を撫でていく。くすぐったくて目をつぶると、掌は頭に移った。わしゃわしゃと無造作に撫でられる。
 歩を共犯者にしたくない。その気持ちだけが今の龍を支えていた。だから雨を踏んで帰る間、右手と左手が絡んでいたのは友情からだ。はぐれてしまいそうな自分をつかまえておいてくれたそのぬくもりは、ずっと龍の傍にあった。

 これからもずっとある。



 
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