37 / 69
理屈じゃないの
05
しおりを挟む「逆恨み、なんだと思う。黒部さん厳しいとこあるけど間違ったことは言ってないから余計にっつうか……」
篠田は転勤になり、社宅のアパートで暮らすようになったため飼い犬を手放すことに決めたという件でもっふぁ~にやって来た。本当に可愛がっていてできることなら一緒に移り住みたいし、そのための努力はしたけれど甲斐なく、という事情はたしかに仕方なさそうだったので、調も引き受ける方向で話を進めた。
いざ愛犬を引き取り、どこにも虐待等の痕跡のないのを確認したので、龍や歩は残念だったな~ぐらいにしか思ってなかったが馨子は違った。「もう二度と動物を飼わないでください」と篠田に言ったのだ。
この手の依頼の場合はいつもそうするしそういう内容の念書も作成してもらう。なので一連の流れではあるのだが、客なので知らない篠田は大層面食らい、カーッと上気するほど怒って、物別れに近い完了になってしまったのだ。別に貶める意図はなく手放されるペットがこれ以上増えないようにの行為だと龍達は勿論わかる。しかし篠田は恥をかかされたと強く恨んだのだろう。
あれから半年が経っているしくだんの犬はもう新しい家族と幸せに暮らしている。初めは慣れずに戸惑って、水も食事もくちを付けないほど警戒していたそうだが、馨子が篠田が飼っていた頃の写真を見ておなじおもちゃを買って行ったところ、すこしずつ馴れてくれるようになったらしい。今では小学生の兄妹と三人きょうだいのように仲良く遊んでいると便りが来ていた。
事情を聞いて八色が仕様の無さそうにふっと唇を撓わせる。やわらかい笑みにそわそわしていられたのはほんの刹那だった。
「だから何かあったら相談しろっつったのによ……水臭えなあ」
大きな白い手が、痛めた左腕を撫でさする。そこを懸命に押さえつけて泣いていた彼女の影を浮かべているように龍には見えた。
「そういうとこ龍もあるよな」
「――……」
どんな表情をしていたのか自分でも定かでない。
そんなの知らないし、共通点を見いだす必要がわからない。体内でざあっと血の気が引いていく。頭が妙につめたくて、すこしでも動いたら昏倒するのではないかと思った。どういう意味だ? だから何と問い詰めてしまいたくなった。
人間は訓練でもしてないかぎり他人を庇ったり、滅多にできないものだ。ゆえに助けるという行為には潜在的な好意が含まれている。心理学の講義などこんな時に思い出してしまって、龍は自分にとどめを刺された。だから気になっている。八色に自覚がないなら却って真実味を帯びるだろう。
やっぱりそうか。この人の隣には、女性が相応しい。何かあった時も傍についていてあげられる。家族になれる血を繋ぐことができる。龍ではそれは出来ない。
(ここまでか)
いずれ手を離さなければいけない人なのに、こんなに大事になってしまったら怖い。だからちょうど良かった。へらっと笑った龍を、八色は「なんだよ?」とかるく小突いてくる。何でもないというようにかぶりを振った。本当に何でもない。何にもなれなかった。
「お、来た来た」
SPとやらは意外なことに女性だった。迎えが来たのなら、どうせ龍には送り届ける手立てもないのだしここで別れる。「じゃあ俺」と短く告げて立ち上がった。そのまま一瞬の眩暈をやり過ごし彼女に会釈して、八色を振り向く。
「香さん、お大事に」
「おう」
「おやすみなさい」
立ち止まらずにロビーを突っ切りエントランスを出て、外が真っ暗なのにびっくりした。すっかり夜だ。ここへ来て現在地がどこなのか初めて確認するのはなんだか間が抜けていた。すぐのところにバス停があったので調べてみたが最終がやたら早くて、タクシーはどうか悩んでいると最悪なことに雨が落ちてきた。あたりまえに傘など持ってない。
困っているのに最早笑ってしまう。病院の売店もさすがに閉まっているし近くにコンビニは見あたらない。詰みの二文字が脳裏を過る。また歩くか? この程度の降りなら平気、でもない。事務所までなら比較的近距離だが地理に明るくないため、所要時間が長くなりそうだった。
こんな一日の終わりにちいさな奇跡が用意されているなんて、誰が予想できるというのだろう。
「龍~、龍ちゃーん、ママがお迎えに来たわよ~~」
「……え」
「おーいたいた。お疲れさん、」
ドンとぶつかったのは思いの外勢いがついていて、恐らく互いに痛かった。でも何も言わずに、龍は肩に顔を押しつけたし歩も骨ばった身体に腕をまわした。もういっぱいいっぱいだった。ここが一応病院の敷地内とはいえ屋外だとか、誰かが車で通りかかってしまう可能性とかは頭からすっぽ抜けていた。
「よく頑張ったな」
「俺は別に何もしてねえよ。香なら無事だぞ。命に別状ねえって」
「愛しの龍くんがついてんのに還ってこねぇわけねえだろ」
「……そうな」
顔を上げた龍の頬をしずくが伝って落ちる。歩は傘を差しかけてくれている、雨粒などではない。あたたかい指が目元を撫でていく。くすぐったくて目をつぶると、掌は頭に移った。わしゃわしゃと無造作に撫でられる。
歩を共犯者にしたくない。その気持ちだけが今の龍を支えていた。だから雨を踏んで帰る間、右手と左手が絡んでいたのは友情からだ。はぐれてしまいそうな自分をつかまえておいてくれたそのぬくもりは、ずっと龍の傍にあった。
これからもずっとある。
0
あなたにおすすめの小説
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています
二三@冷酷公爵発売中
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…?
※タイトルを変更しました。(旧題 BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった)2025.5.21
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
晴れの日は嫌い。
うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。
叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。
お互いを利用した関係が始まる?
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる