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ドコニイル?
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しおりを挟む魔法使いという秘密まで教えてもらったのに悔しい。嘆息する龍の横で歩が「誰も見かけてねえっぽい」とスマホを覗いて言う。広い交友関係にあたってくれていたようだ。しかし繋がっている同士ならいいが、無差別に一二三の居場所に注意を向けさせるのは『大っぴらにしないでほしい』という音との約束を違えることになってしまう。やはりらくをせず自力で捜しだすしかない。
とにかく薬学部。あの匂坂にでも尋ねてみようと歩きながら、念のため通りすがる学生に視線を這わせているとイヤホンからいきなりこんな声がする。
『あの頃お前マジで可愛かったよな~』
『はあ?』
いきなり何の話が始まったのか取り敢えず耳を傾けた自分が馬鹿だった。数秒後に龍はそう思う。
『全ッ部俺が初体験でさぁ、慣れたら意外と性欲強くてめちゃくちゃエロいし、八色さんはもっと俺に感謝すべきじゃね?』
たしかに歩は人生初彼だった。それは本当だ。だから舞い上がって何でもして、慣れさせてもらったのは事実だが初体験じゃなかった。当時から言いそびれて、というか知られたくなくて嘘を吐いていたとはいまさら言えない。面倒なので黙っておく。否すこしでも想像したのなら、八色の分も含めて二発三発殴っていいかしら。
どこをどうして思考がその流れに乗ったのか、外野にはちっとも理解できない。もう別れたのを察してでかしたと持ち上げることにしたのだろうか。最近は間男ムーブもかましてこないし、八色との仲をさぐるような真似もされない。これまでもこうしてふたりの過去に触れていたかというと全然そんなことはなかったのだ。
このまえ病院に迎えにきてくれた時、久々に歩に触れられ、彼の匂いに包まれて、湧き上がったのは懐かしさだった。胸が高鳴るような切なさではない。だが八色の目には昔付き合っていたという前提があるので、別の雰囲気を伴って見えたのだろう。彼には悲しくて何も言い返さなかったけれど、やはりいくらかは弁解しておけばよかったかもしれない。龍の評価などはどうでも良いがあたためていた想いは、好きな気持ちだけは疑われたくなかった。
むしろそれしかなかった。最初はかっこいいけどちょっと怖い人だなと思って、付き合ったら優しくて。齢はまあまあ離れているのに子どもみたいな面も可愛かった。仕事も家柄も関係ない。暇さえあれば一緒にいたかった筈なのに、いつから、どうして避けるようになっていたのだろう。閉塞感など実在したのだろうか。そんなものは幻で、ただ龍が自分で、周囲に惑わされ流されて、そう強く思い込んでいただけなのだろうか?
(ひでえことしたな)
駄目になるにせよもう一度ちゃんと言葉で告げたい。一二三に心変わりを問われてああ答えたけれど、将来的にはやっぱりなくなる縁なのかもしれないけれど、好きになったこと自体はすこしも後悔してない。今はそう言える。
「だからどうしてここの過程をちゃんと記録しておかないの? どんなデータでも欠けがあったら論拠としては使えないわ。たとえ矛盾する数値でもとりあえず付けるくせをつけておきなさい! 捏造は一番ダメよ!」
『……ええ~、またもご機嫌うるわしくない……』
さしもの歩にも苦手な女性がいるのだなとこっそり感心する。こう言ってはなんなのだが、彼の母上がああいうタイプなのもきっとあるだろう。こんな息子がいたら誰でもそうなってしまうものなのかもなとは言わない。思うだけにとどめておく。
若い女性にしては龍には珍しく思えるのだが匂坂は声が大きいようだ。猫の耳にも明瞭に聞こえる。教職に就く者としては100点の才能だが逆にその所為で威圧的に感じるのかもしれなかった。
「や、やり直しでしょうか」
「あなたが正確に思い出せるのならその必要はないけど」
「はい……」
そのあと白衣の男子学生がぼそぼそ何か言ったのは聞こえなかった。猫の頭は予想より視界は広いが聴覚はやはり心許ない。それにこんなトンチキな格好をして現れたら金輪際出入り禁止にされそうで、見つかるまえに人間の顔に戻ろうとしたのだけれど間に合わなかった。
「――え」
カツ!カツ!とハイヒールの踵を鳴らし、迫力のある美女が近づいてくる。戸口であわあわする白猫と黒猫めがけて一直線だ。恐ろしくて逃げることも侭ならないなんて本当にあるらしい。サスペンス映画などで、ろくに抵抗もせず情けない声を洩らしつつただ刺される被害者を鼻で笑ってごめんなさい。こんな心境だったのだと今わかった。
たぶんまだ何も悪いことはしてないのに謝りそうになったふたりに、匂坂は「ちょっとあなたたち!」とスマートフォンを見せる。
「一枚いいかしら?」
喜んでぇ~と歩の声が聞こえたのは空耳じゃないだろう。首が取れるくらいコクコク頷くと匂坂の背後にふたり並んでおさまって、カシャッと無機質なシャッター音に切り取られた。
こだわりが強いのか仕上がりを何度も確認し、納得のいくものが撮れてようやく解放される。「ありがとう」と短く言って教室の中へ戻ろうとした匂坂に龍は猫の顔を外して「待ってください!」と声を掛けた。ふたたび彼女がくるりと振り向く。
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