愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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ドコニイル?

06

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「先生にお尋ねしたいことがあって、研究のことじゃないんですけど」
「あら? あなたどこかで……」
「玉山さんの友人です!」

 歩も人の顔で、かるく汗を拭って言い添える。匂坂の表情がまたちょっとだけ緩んだ。

「ああ、そうだわ。ええと……須恵くんととりでくん」

 学部外の学生の名前まで憶えているなんて驚く。歩は目立つほうだが、龍などやや背は高くてもモブ中のモブなのにすごい。優秀な人間は何をしても優秀なのだろうか。一二三が親しんでいるのもわかる気がする。

「たまちゃんがいつもお世話になってます~、てか先生かわいいもの好きなんですね。可愛いなあ」
「そっそんなことないわよ。教官をからかうのはよしなさい」

 思ったよりソフトな返しにおやと眉を上げた。早速すぐ調子に乗る歩の悪いところが出ている。しかも教授だろうとあれだけ怖かろうと無問題のブレなさ。キャッチとかに死ぬほど向いてそうだ。

「実は朝も会って話したんですけど、写真撮る約束したのによく考えたら落ち合う場所決めてなくて、連絡しても返ってこないしでどこにいるかご存知ないですか」
「そうなの? 私は今日は見かけてないわ」
「誰かクラスで親しそうな子とかはいませんかねえ」
「うーん……」

 龍と歩の名前はすぐ出たのに、そんなに?というほど唸りだした匂坂を、話し相手は歩に任せ龍はぼんやり眺める。眦のキュッと締まったキツネ顔の美人。近くで見ても印象は変わらない。

 30代後半で教授職に就いている女性はきっとかなり少数なのではないだろうか。著名人などによくいる客員でもない。研究のためにさまざまなことを諦めたのか、はたまた没頭していたらいつの間にか地位を得ていたのか、いずれにせよ相当な労力が必要だったのは間違いないだろう。情熱や興味がなければ為し得ない。

 それこそ一二三の言っていたように製薬会社などに就職する道もあった筈だし、そちらのほうが正直実入りはよさそうな気がする。とりわけ文学部の教官達はくちを揃えて「教授なんて儲からないから目指さないように」と言う。理系と文系でもまた待遇が違うのかもしれなかった。
 何せこの容姿だ。話題性は抜群、中身も詰まっているとくればハイエナにつけ狙われそうだが匂坂にかぎっては勘違いして道を逸れたりはしなさそうだった。これだけ取り揃えられていると、どこか予想外な分野に弱点があるのかもしれない。片付けられないとか料理ができないとか家庭方面だろうか。

 見られることには慣れていそうな匂坂でも息が詰まるくらいに龍はじーっと、猫みたいに彼女の顔を見つめていた。どうにも似ている。というか記憶のほうが、日にちが経ったため寄せてきている可能性もあったけれど、まえにも感じたことなので思い切って尋ねてみる。

「あの、先生、……もしかして二三週間くらいまえに、宇賀神っていう日本文学科の男子学生と外で食事されてませんでしたか? 誰にも言わないので」

 先に反応したのは歩だ。何いってんの、と言いたげな表情でこちらを見る。素人は黙っとれ。龍は己の直感を信じる。

「宇賀神? さあ……知らないわね。私じゃないと思うけど」

 念のため店の場所も教えてみたが答えは変わらない。目まで合ったのだ。心当たりがないというのなら、別人と考えるべきだろう。嘘つきの才能まで持ち合わせているとすれば白旗を上げるしかないか。女性のほうがその方面に関してはうわてらしいが、ここまで訊いておいてなんだが「嘘ついてます?」と言うのはさすがに勇気が要った。

 さてどう攻めるか。一二三の居場所も、友人もわからないのではもうここでの用は果たしている。他にどこへ行くだろう。スマホに連絡は来てない。龍達を捜しに文学部の校舎へ訪れているとはあまり考えられなかった。一度音に報告を入れるべきだろうか。

「でも先生、学生と付き合ってますよね?」
「ええっ?」

 質問した歩のほうがたじろぐほどの鋭い反応だった。

「……え」
「うわーマジか」
「ち、ちが、今のは」
「誰だその羨ましすぎる馬の骨は~~!! 俺と代わってくれ!」
「そ、」

 のあとは続けず匂坂は呑み込んだ。言いかけてやめられると一番気になる。非常に悔やまれる。眉根を寄せる龍に、不意に歩が急に寄ってきて、手首のスリットから出した人間の手でこめかみから頬のあたりをそっと触れてきた。
 何かと思えば長めの前髪が眦にかかっていたらしい。今どうでも良い。人前でやめろと払おうとしたが「まーまー」と雑に宥められる。いつもはセットするのだが今日はタオルで押さえているため元の長さになっているのだ。耳に掛けるのは龍は気持ち悪いタイプなので、歩が持ってきていたヘアピンでさっとまとめてくれる。

「あなたたち随分親しいのね」
「えっ」
「いや~まあ、そうです」
 
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