21 / 27
入谷さんの初恋
09
「やっぱ、チコのこと気になるか」
「それもなくはないんですけど……入谷さん、彼氏としてはたぶん30点くらいですよ」
「!!」
たしかに底抜けに優しいとは冗談でも言えない。定時の間は仕事が優先するし、わりと趣味も多い。唯織と予定が合わなければ他にすることもないので、やはりそこに時間を費やすだろう。過剰な連絡もしないたちだ。
プレゼントも初めのうちはいろいろ会うたびに渡していたけれど、ねだられもしなければいっそ申し訳なさそうにするのが可哀想で、いつしか消えものだけになった。一緒にいることが一番嬉しいし楽しいし幸せなのは入谷だっておなじで、だから、彼女にそこまで不満があるとすら気づいてなかった。
もうそれが既に低得点の理由なのかもしれない。自分にすら見放されている。擁護できない。
「でもわたしも似たようなもんですよね……だから、なんで急に言い出したのかよくわかんなくて」
「なるほど……」
可憐らしいとか、愛しいとか、いろいろ感じてもそれが伝わらなければ感じてないのと一緒になる。自分ばかりで悔しいなどと幼稚なことを考えている場合じゃなかった。全然なかったのだ。
入谷は別に30点とは思ってないし、むしろうまくいっていると満足していたことはさすがに告げておく。それでもまだ唯織は不思議そうにしていた。あの姉どもに引いたのではないか。とも念のため確認してみるが、こちらはマイルドな否定だった。
そうなると、今夜の出来事が、やっぱり。普通そうだよと過去を振り返ってひしひし実感する。とりあえず公共の場で反省会をするのも邪魔だろうか。どこか店を探すべきかと思うが唯織は時間を気にしている。帰るのは明日だった筈だ。意地悪な衝動がむくむくと頭を擡げてくる。
「ちゃんと言ったし、チコもわかってくれてるよ。今までずっと俺を頼ってきてたのだって身内みたいなもんだから」
「それは違うと思います」
やけに断定的な口調は同性だからこそ通ずる何かがあるゆえなのかもしれなかった。反論はせずに、そうだったとしても、自分は身内と思っていると強調した。どう頑張ってもそこには存在しないものを勝手に見いだされても困るのだ。
「でも、あの状況で行かない入谷さんは入谷さんじゃないし、助けに行く人でよかったなあって、思ったんですけど、……わたしが具合悪くても入谷さんはいないし」
「は? そんなことあったのか? 聞いてねえけど」
「違います違います、たとえ話です」
めんどくさいですよね、と唯織はほほ笑む。入谷は同意しなかった。むしろ、言われなければわからないことの多さに改めて途方に暮れていた。相手だけじゃなく自分も含めてだ。
電車でどのくらいであろうと離れていて関係を築くのはこんなにも難しい。浮気がどうこうよりも、いま話したような感性や思考の些細なずれのほうが余程恐ろしい。
「唯織」
「はい」
「俺やっぱ一緒に暮らしたい」
「……えー」
それもかよと詰め寄れば「物凄いずぼらだから恥ずかしい」などと言う。いまさら。入谷だってそこまできっちりしているわけではないが、二人ともちゃんとしてないよりは成り立つだろうと返した。「丸め込まないでください~」なかなか鋭い。
「欲求不満、とかじゃ、ないですよね」
「いやとりあえず体より心の距離を縮めたいから」
「それは離れててもできるくないですか?」
「できねえよ」
できていたら30点彼氏じゃなかった筈なのだ。徐に唯織をたぐり寄せ、抱きしめて胸に閉じ込める。いくらか人目を感じたがかまわなかった。つむじを見おろしながらやわらかく髪を撫でる。隣に寝るときは彼女のほうが、入谷にしてくれる。
現実的には家庭の事情が双方にあるので、明日にでもという回答はさすがに想定しなかったけれど。「前向きに検討します」とは思いの外かたくて、失笑してしまった。油断した身体に容赦なく効く。
「じゃあせめて婚約指輪は買いにいかせてくれ」
「うっ……」
「この通り」
「だ、大丈夫です? 引き返せなくなりますよ……」
「だからじゃないの??」
気持ちと物は別と考えるが、ときに形にする手段のひとつではある。贈り物をされることに関するトラウマでもあるのではないかと疑いたくなる反応に、いつか掘り下げるとこっそりマークを付けつつ入谷はまた新しく彼女に思う。
「あーほんと唯織みたいな女、見たことねえわ」
「あの、それ、どういう」
「好きだってこと」
そういえば、この子がとんでもないことを言ってきたのも駅だったな。
何か奇妙な縁があるのかもしれない。そんなことを思って知らずとろけるような笑みを湛えた入谷に見蕩れ、唯織はしばらく、かれに急かされるまで返事を忘れていた。
゜+*。.*。‥+゜
そろそろ起きねえとなあ、と思ってもう何分経ったのか。
休みの日は意識的にそうしているのだが時計も携帯も、時間のわかるものは手近なところに置いてなくて腕をシーツの上へ滑らせても、自分以外のぬくもりはやはりなくてようやく意識がはっきりした。ふっと吐いた息がしろい。
あなたにおすすめの小説
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました
由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。
そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。
手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。
それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。
やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。
これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。