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ソマリの朝
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しおりを挟むまだ日輪の不在な、青い街の中をあまり音も立てずぬるりと走り抜ける黒い車はイルカに似ていた。季節柄夜が長いのでこんなものかと思うが時計の盤面を覗くとしっかり朝を指しているため脳がバグりそうになる。予定にない外泊の所為で葵は疲弊していた。しかも用件のある訪れだったため体感としては徹夜仕事に近い。
ヤクザは基本夜の生き物だ。とは時世上言いづらい。葵自身こんなふうに朝帰りするのも久々で、カチコミと聞けば先を争って何なら関係のないところにまで首を突っ込んで暴れていた頃が懐かしかった。我慢できず終に、ふああと欠伸をかます。運転手の男がルームミラー越しに笑う。
あれだけ身綺麗を心配していたくせ、いざ囲ったのがどカタギの男だったためか組長や若頭がやたら情婦関係の用を言い渡してくるのが面倒で仕方なかった。初めは「てめえも物好きだなぁ」とさぐりを入れてきて、そこそこ入れ揚げているのを知るとこれだ。ゆうべもよくわからんプレゼントをお忙しい若頭に代わって情婦に届けてきた。そんなもん下っ端にさせろよと言いたい。
それでもまあ使い自体はこの際いい。仕事のうちなので甘んじる。問題はこのあとなのだけれど、考えただけでもう憂鬱だった。嫌がるので煙草も吸えない。律義に守っている自分も滑稽。わかっているのに、どうしても無視する気にならないのだから重症だ。
「お疲れですね」
「ん? ああ……」
「出勤はどうされますか」
ステアリングを握るのは中窪という男だ。下平や上峰よりあとから組に入ってきて齢も下の筈なのだが妙に落ち着いており、見た目も老けているのでたまに序列を間違えそうになる。葵の運転手になってからは半年が経つか。考えてみればこいつもずっと車で待機していて、疲れているのだろうがそんな様子はおくびにも出さない。感心する。
年齢は誤差で葵が若いけれど、つらいものはつらかった。常に無理をしなくてもいい立場になってからはここぞの時を見極めて、平生は安全運転で行くことに決めている。出す時は出し締める時は締める、ではないけれど、今日の予定を確認させても特別重要なものは入ってなかった。幸いにしてというべきか。世を忍ぶ仮の姿はこれでも社長だ。
「昼からにするわ。お前も休んどけ」
「ありがとうございます」
運転手といっても気を配るのは車だけじゃない。自分も通った道なので苦労はわかる。鷹揚に答えると、葵は右手でぎゅうぎゅうと目元を揉んだ。
こんな時はあの男に触れたい。めちゃくちゃに抱きたい。疲れているので頭の中はそればかりだ。だがしかし、そこへ辿りつくには儀式を乗り越えなければならない。それが信じられないくらい困難なのだ。憂鬱で仕様が無かった。
ただ帰るだけなのに、まるで死地にでも赴くかの如く思い詰める兄貴分を、中窪が怪訝そうに見ている。
「あの、葵さん」
「おん」
「例のオトコって、まだいるんすか」
タイミングのいいことだと思いつつ「いるけど?」と応じる。たしかこいつはまだ億斗と面識はない。だからなのか顔に気が知れませんと書いて、不満の色をあらわにしている。もしかすると若頭から何か頼まれているのかもしれなかった。馬鹿ふたりはあてにならないがお前のいうことなら陣太も聞くかもしれねえ、とかなんとか。
別にどこが変わったということもない。男の情人ができたからって男に手をあげるのが無理になってきた、なんて微塵もなく折に触れボコボコしているし食事中に思い出すとオエッとなることまでたまにする。以前と何も変わらない。淡々と仕事をこなし母体の存続繁栄に貢献しているのは、この中窪も知っている筈なのだが。
どいつもこいつも、億斗の姿を見れば或いは考えを改める気になると思うのだ。いっそお披露目したいのだが下手に気に入られて取り上げられるのも嫌だし元の場所に返してきなさいと命じられるのも困る。接触を許しているのは今のところ下平と上峰のみで、ふたりには自分がいない時は何なら使ってもかまわないと言ってあるのだけれど、深い事情があって現時点では葵としか致してなかった。
「問題でもあんのか」
「いえ……ヒラさんもミネさんも大変そうだから」
事務所で顔を合わせるとぎょっとすることもあると言われて、まあそうかもなあとは思う。女とはやっぱり違うと感じずにいられない。本人には言えないが抱いている時は大差ないのだけれど。葵はがたいにも腕力にも不安はないため、相手がメンズモデルだろうと大して支障はなかった。
「まあもうすこし慣れてくりゃあ変わると思うけど。今わからせてっからよ」
「……はあ、そうすか」
実のところ希望的観測というか願望こみなのだが。連れてきてから二ヶ月が過ぎるのに、なかなか諦めないものだなと葵も意外だった。あらゆる手段を使って毎回ぐちゃぐちゃになるまで翻弄してやっている。男の矜持などというものは蹂躙し尽くして、とっくに喪失したと思わせてあれだ。悪いとは言ってない。むしろ億斗に気に食わないところなどひとつもないのだけれど、予想以上に精神的に逞しかったため葵も戸惑っているというのが本音だ。
いずれにせよ兄貴分の情人に文句をつけたのは事実なので、マンションの前に到着し、後部座席のドアを開けた中窪を一発ぶん殴っておいた。下平と上峰を心配しての行為なのはちゃんとわかっている。なるべく気を付けさせるし、あいつらも筋者の端くれなのだから生傷くらいはどうということもない筈だ。意見したと知れば余計な世話だと弟分を小突くかもしれない。
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