幾星霜

ゆれ

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 揚げたてのコロッケを袋にひとつずつ詰め、腹を空かせた高校生たちに一人一人渡していく。どんなに今ふうの髪型や制服の着こなしをしていても、こういうときに浮かべる表情はみんなおなじなのだなとほっこりする瞬間だった。働き甲斐とも言う。

「ありがとねぇ」
「ありがとうございましたー」

 アンパンマンみたいなおばちゃんと一緒に頭を下げ、今度は番を待っていた主婦の注文に応じて鶏の胸肉を量りに載せる。まだこれは加減がうまくできなくて、肉が悪くならないよう気を付けながら何度もやり直してようやく成功した。待たせて申し訳ないがやらなければ慣れないので積極的にやる。

 念願叶っていのりはことしに入ってすぐから、商店街の肉屋でパート店員をしている。やっと仕事がひと通り憶えられたような気がする三ヶ月目。給料はさすがに低くなったがもうひとつのアルバイトとかけもちしているのと、食費が浮くようになったため、以前と変わらないか、すこし貯金に回せるほどだった。ほぼスッピンなので化粧品代がかからない分だろうかとは最近気づいた。

 白い三角巾の下の髪は短い。あの二回目の失恋のあと、月並みだが儀式のつもりでばっさり切り、それ以降はラクだし今はさらに食品を扱うため衛生的にも、ショートをキープしている。

 いのりは加工せず販売するだけなので、普通丈のビニールのエプロンと店名入りの白いシャツ以外は自前の服だった。スカートは殆ど出番がなくなり専らデニムを穿いている。合わせてパンプスも、スニーカーに取って代わられた。裏で作業もする店員はゴム長靴を履いている。

 陳列ケースの中も空席が多くなり、そろそろ片付け始める時間帯だった。スーパーマーケットで済ませるような忙しい主婦ではなく料理に時間を割ける、或いは倹約に熱を入れている主婦たちが好きな時間に来店するので大体夕方5時までに粗方捌けて、6時には閉店する。そのかわり朝は8時前には開けて、昼食になりそうなカツサンドやコロッケ、唐揚げなどは店頭にワゴンを出して販売するらしい。

 昼から出てくるいのりは未だその姿を見たことがない、幻のカツサンドを一度でいいから是非味わってみたいものだった。人気ですぐに完売してしまうのだ。とっておいてくれと頼んでも聞いてくれない。そんなズルは駄目だと素気無く断られた。

「いのりちゃん今日は唐揚げ持ってきな」
「やった! ありがとうございまーす」

 冷凍した白飯があるのでたまねぎと一緒に卵でとじて唐揚げ丼にしよう。考えただけできゅるきゅると腹が鳴って、初老の店主に笑われた。恥ずかしい。

 夕方のピークは過ぎているので世間話をしつつまったり売り切り、無事今日の仕事を終えた。人のいやな面ばかりを見ていた、目の前に突きつけられていたコールセンターの業務と違い、立って働くというシンプルなここでの労働は終わるとただただ肉体的疲労だけに取りつかれて、いっそ清々しいくらいだった。スポーツのあとのよう。

 レジの計算もばっちり合ってごく簡単な着替えを済ませればもうお疲れさまだ。賄いの唐揚げを手に、いのりは帰途についた。

 仕事を変えるにあたり、家も引っ越した。ひとところに長くいるのが何となく勿体ないような気がしたのだ。どうせ死ぬまで続く都会暮らしじゃない。いつか、地元に帰るのだからすこしでも多くいろいろな顔を見ておきたかった。幸いしがらみは何もない。

 商店街を抜け、スーパー、居酒屋にカラオケ、薬局、コンビニなどの立ち並ぶ通りを過ぎ、坂をのぼっていくと住宅地に入る。すると小ぢんまりとした児童公園があり、そのすぐ裏手がアパートなのだが、なんとここで神様がものすごい遊び心をかましてくれたのだ。

「お、今帰りか」
「……こんばんは」
「いー匂い」

 突っ切るほうが断然近道なのでわざわざ周囲を回るのは馬鹿らしい。突っ切っていると、数日おきくらいの確率でベンチに座っている。目が合う。そうなると無視するほうが不自然だった。

 大石は不躾に、いのりのさげていたビニール袋に手を入れると唐揚げをひとつつまんで口に放り込んだ。香りにつられていのりも、おなじことをやる。

「……んま」
「マジでこれ最後の晩餐だわ。俺」
「あたしもです」

 再会のわけは恐ろしいことに偶然だった。公園とおなじ通りを、ずっと駅へ戻る方向へ進むと大きな総合病院がある。特に心臓外科が有名で、目立ちにくい立地から著名人も極秘裏に入院するという噂のそこが、大石の勤め先の顧客だったのだ。しかも配属されてからずっとかれが担当の一人で、むしろこの街では大石のほうが先客だった。

 件の肉屋も勿論顔見知りで、手土産に買っていったりする。おばちゃんも色男と渾名して随分ずけずけと「いつ結婚するの」だの「お給料どのくらいなの」だのと店に来るたび質問責めにしていた。可笑しくて肩を震わせていたら鋭くにらまれた。助け船を期待されているらしい。
 
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