幾星霜

ゆれ

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 結局いつも通り一人で中へ入り、エアコンのスイッチを入れる。室温を上げようと精密機器が勢いよく温風を吐き出す音だけが、静かな部屋に満ちていた。隣は留守なのだろう。ワンルームなので家族で住む者はおらず、いのりとおなじ単身の住人が殆どのようだった。

 実際に自分を大事にしていたかどうかはともかく、大石にはすくなくとも言われたように見えたという事実は、すこしいのりを沈ませた。無意識にそうなっているのなら、傷は思うよりもっと深かったのかもしれない。恋でつけられた傷は恋でしか癒せないとばかりに、新しい相手をみつけることはしなかった。できなかった。それを見透かされたような気がして、今になってかあっと頬がほてってくる。

 大石に謝らせてしまうほど、みっともないことだったのだ。都合のいい女になっていたのも、かれをアパートに連れてきたのも、あの後ひとつの恋も経験しなかったのも。道を間違えたとわかるのはいつも取り返しがつかなくなってからで、どうして修正のきく段階ではわからないのだろう。それとも出来が良ければ気が付くものなのだろうか。

「あー、やめやめ!」

 空腹のときに考え事をするとろくな結果にならない。明日は休みなのだ。さっさと生活を済ませてから、余裕があればくよくよする。いのりは荷物を置くと着替えを準備してシャワーをくぐった。

 唐揚げ丼は上手くできたしビールは美味しかった。大石も、無事家に帰りついて休息をとれているといい。そんなことを考えて歯を磨き、暗くした部屋でテレビを眺めて、30分もしていれば自然と夢の世界へ泳ぎだしていた。



 * * *



 積んできた荷物がすべて所定のロッカーに収まったのを確認すると、会社のスマートフォンから専用アプリを開く。問題のないのを確かめたら仕事は終わりだった。

「よし」

 乗ってきた社名入りのミニバンは許可証があるため路駐をしていてもレッカーされない。運転席に座ってしばし休息する。本日はなかなか重いものもあって腕がだるくなっている。

 もうひとつのアルバイトは宅配サービスのドライバーだった。と言っても届け先は街中に設置された専用ロッカーで、客の家を訪問し、直接応対する必要はない。そのため早朝や夜でも仕事がある。

 この受け取り方法を選択できる荷物はロッカーに入る大きさまでと定められており、殆どが然程重量がなく、いのりくらいの女性でも運べる。あらかじめ荷物に貼られている配送票についたバーコードをロッカー内部の装置が読む仕組みなので取り違えや紛失もない。受取人には荷物がセットされた時点で通知が届くことになっているため、いのりの仕事は会社でピックアップしてロッカーにセットするまででいい。

 しかも登録制の単発バイトなので、いのりは週6入れているが急に都合が悪くなったとしても穴があくことはない。たまに荷物がごくすくなかったり、今日はないよと言われることはあっても、誰も来なくてドライバーが足りないとは今まで言われたためしがなかった。手軽に即金が得られるため人気のバイトのようだ。次に届く荷物の都合で時間帯によってはピックアップまでも営業所のスタッフがやっておいてくれる場合もある。

「あ」

 何とはなしに私物のスマホを覗くと姉のあそびからメッセージが返ってきている。だいぶお腹も大きくなり、できることがすくなくなってきているのかこの頃は連絡頻度が多くなっていて、ちょっと笑いながら通知をタップした。

 どうしてそんな話題になったのかは憶えてないが、あそびから『いのりちゃん、大石くんとお付き合いしてたのね』という文面が飛んできてしばし放心してしまった。いのりが話した覚えはないのだから大石がばらしたのだろう。余計なことではあるけれど、もうとっくに過去の話なのでそこまでむきにはならずに、軽い肯定で済ませた。

 知っているものと思って大石があそびに話を振ったのだったら、さぞかし驚いただろう。それともやっぱりと納得しただろうか。如何せん連絡先は交換してないのでわからない。引っ越して再会した際にも何も言われなかったところをみると、かれの中ではもう片付いていると思われるけれど。

 最初から自分には釣り合わなかったと返したし、うまく行っていた関係ではなかった。あそびは察してもう別の話題に変えてくれているが、何か思うところがあったりしなかったのかなとは、いのりもちょっとだけ気になる。

 体験談だからかもしれない。うまくいかなかった想いは、いつまでも胸の中に残り続ける。今も想うわけではないけれど、特別鮮やかに記憶に焼きつく。いのりにとって大石はそういうひとだ。昔好きだったひとという肩書きは永遠に消えない。だからあそびも、大石にとっては。

 こうしてスマートフォンをいじっているからには体調も悪くないのだろうが、あまり優先順位の高くないことをさせているのもなんなのでバイトが終わり、これから帰る旨を報告する。あそびの手料理が食べたくなったので、今度の休みにでも顔を出すと付け加えると、好物を用意して待っていると返ってきて元気が出た。
 
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