寿命が来るまでお元気で

ゆれ

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「……えっ」

 不意に幸良が声を上げた。逸早く目を投げた新良が硬直する。それにつられて黄麻と居待月も振り向く。
 三人の見ているまえで、幸良がすらりと抜刀した。所作は意外にもなめらかで様になっており、然程広くもない診察室でも難なく抜いて見せたのに黄麻は素直に感心したが、新良が急に口許を覆ってぽろぽろと涙をこぼしだしたのでびっくりする。

「どうしたの?! 何!」
「そんな……」
「五六八は……にいちゃんにしか抜けねぇんだ」

 精気を帯びてこその名刀は普通の人間が使う分には綺麗なだけのなまくらなのだという。ところが彼女を正しく扱える人間、つまり門番の血を引く人間には一代ひとりにしか己の使役を許さない。鞘から抜くことさえできない。

「今まで何回もにいちゃんに俺もやりたいってお願いして持たせてもらったけど、絶対抜けなかったのに」

 相棒と認めてもらえなかったのに。
 この事態が何を示すか正確に理解して弟は泣いている。幸良は一旦五六八を鞘におさめると、新良の頭をぽんぽんと撫でた。兄の身に何かがあったのは間違いない。それだけは確定事項だ。右手の薬指に通した指輪の紅い石を見つめて奥歯を噛み締める。

 一年前、初めて来良の仕事を手伝うにあたり兄は弟達にふたつの物を授けた。ひとつは秘術の類いだった。時が来れば発動すると聞かされている。もうひとつがこの指輪だ。見覚えのある色の石は来良が長いこと耳に通し力を与えてきた物だった。幸良と新良にひとつずつ渡し、有事の際は力になるだろうと教えてくれた。
 父と母の分までいつも自分達のことを想ってくれていた兄が、今、どこかで呼んでいるような気がした。

「――さがしに行こう」

 たとえもう手を出せなくとも、せめて身体は、あのいとしい器はこの手に取り戻して父や母と共に眠らせてやりたい。来良はあやかしではない。人間なのだ。跡形もなく消え去るということはあり得なかった。新良が項垂れるように頷く。

「僕も行く」
「私も」
「うん、ありがと」

 身内のことだからと断る気にはならなかった。それに黄麻がいてくれたほうが心強いし、幸良と新良は人間なので居待月の医術にも大いに助けられるだろう。何せあの兄が、弱っていたとはいえ後塵を拝した相手なのだ。ふたりでは手に負えないと幸良は素直に認める。
 もし、二年前から付け狙っていたあやかしにやられたのなら、来良は幸良と新良の身代わりになったのだ。

「新良」

 優しい声に誘われて、涙を孕んでふくれあがったようにも見える、大きな新良の瞳が幸良に向けられる。昔の来良の面影を見て黄麻はこっそり息を詰める。自分の命が尽きかけて尚、日々気にしていたのは知っている。彼の大切を守りたい、それが彼の一番喜ぶことだと頭では理解できても心が痛くて仕方ない。長くこちらの世界にいすぎたみたいだと、まるで人間のような動きをする己の感情にあやかしは戸惑う。

「泣くのはあとでもできんだろ」
「……わかってる」

 追うなら早くしなければあるかもわからない痕跡が消えてしまう。ぐいぐいと乱暴に目許を拭うと、キッと兄を睨めつける。強気な表情はいつもの生意気な新良だった。安心して幸良もぐしゃぐしゃ髪をかき回してやる。すると怒ってもっと元気になった。

 幸良と新良は御家の大事だが黄麻と居待月はそれぞれ自分の仕事がある。すぐに留守をするわけにはいかないので取り敢えずあとのことをちゃんとして、準備をするのに時間を取る。兄弟も旅支度に一旦屋敷へ戻ることにした。五六八が置き去りにされていたという油問屋のまえで夕刻に待ち合わせる。あやかしが活発に活動を始める時間も近い。
 表がなんだか騒がしくて気になる。居待月がそっと顔を出してみると、どこからこんなにというほど診療所の屋根や庇、まえにもびっしりと鳥がとまっている。烏に雀、鳩など種類もいろいろだが何せ数が夥しい。近所の住民達も大いに気味悪がり眉をひそめて足早に通り過ぎる始末だ。

「ええ……」
「なになにぃ?」
「あっちょっと待って君は」
 と黄麻が居待月にひょいと抱え上げられている間に兄弟が覗いて、あらーと顔を見合わせて笑う。

「ごめん俺らだ」
「え?」
「そうだ、皆の手も借りよう」
「オッシャ」

 ふたりが出ていくと鳥達が翼を動かしたり鳴き声をあげだした。肩や腕にとまってくるものに次々話しかけ、頼むねとひと撫でして空へ飛ばしていく。彼らは太陽のある時間にしか動けないので、念のためという感じではあったが或いは遠くまで移動している可能性を考えれば、有益な情報も充分期待できる。
 優しい兄も、よく鳥を寄せていた。身体の具合が悪くなってからは悪影響を心配してかあまり見なかったが光景は目に焼き付いている。梟が家の守り神で、式もそのかたちを借りているからか彼らとは縁があるのだ。

「じゃあまたあとで」
「気を付けて」

 その言葉は告げるだけで出発する者を難から守るという。居待月は、心からそう思ってかるく幸良の肩を撫ぜ笑顔で送り出す。来良がいない今もし例のあやかしがまだ付け狙うとすればこの兄弟だろう。これ以上うしなうことは耐えられなかった。何に代えても守りたい。来良にはなす術がなかったけれど、あの弟達にはきっと力になってやれると信じる。
 
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