寿命が来るまでお元気で

ゆれ

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「――どう思う?」
 いつの間にか背中にまわって負ぶさっていた黄麻が小声で言った。

「彼らは来良くんの気配を感じてないようだった。伏魔刀のこともあるし、恐らくは……」
「だよねえ」

 幸良の身体はちいさく震えていた。この黄麻も、隠してはいるが激しく動揺している。皆が傷ついている。きっと楽しい旅にはならないけれど、迎えにいってやりたい。来良にはたくさんのものをもらったから。
 黄麻の細い腕がぎゅっと抱きついてくる。そっと手を重ねると、居待月は深く息を吐いた。泣くのはあとだ。




     ゜+*。.*。‥+゜




 葉煙草の燃える匂いは思いの外来良の気に入るものだった。
 しかしこれでは香るものも香らない。くちのなかに押し込まれた指で舌を挟まれ、揉まれ、撫でつけられて、溢れる唾液を朱炎あびの今はぬくみを帯びた舌がぺろぺろと舐めていく。初めは息苦しくて不快なばかりだったのに今や粘膜に指の腹がかるく擦り付けられただけで腰が疼いてくるのが情けなかった。

 ぐち、と濡れた音を立てる結合部がすこしでも目に触れぬよう必死に足を立てる来良を、無駄な抵抗だと嘲笑うように朱炎が膝をひとつ掬って開かせる。赤い襦袢の合わせが深く割れてしまう。

「お気遣いなく」
「……っ」

 秋波を送り、ふわっと花の開くようにほほ笑む男の声に来良の頬がさらに朱を刷く。呼吸の整わない顰め面が何とも色っぽくて、男は何度となく告げてきた言葉を、膝に抱えた来良を背後で翻弄している同胞に、懲りずにまた告げてみる。

「オイ朱炎、俺にもすこしくらい味見させろ」
「あ? いやだわ」

 つれない返事にチッと大きく舌打ちする。これがあの解語の花。残酷な現実を突きつけられ未だに咀嚼できずうっと呻く。煙管を持つ手はあくまで優雅で、うっとりするような品を感じさせるのにこちらが取り込み中だろうと、まるで気にしたふうもなく話しかけてくる。喘いでいてろくに応えられなくてもそれを愉しんでいるかの如く来良をかまう。
 それに。

「毎日毎日見せつけてんじゃねえ。てめえは猿か。俺をダシにしやがって趣味ワリィな」
 顔に似合わずものすごくくちが悪い。

 この社に連れてこられてすぐ、白い妖狐には自由に使役できる下等のあやかし達の他に、同等の力を持った仲間がいることがわかった。二年前瀕死の彼を連れ去った黒い妖狐だ。これらが烏丸座の正体だったらしい。来良の行方をさがして旅をしていた。その他はまだ生きているこの世の動物達も出入りを許されているようだ。
 沢は動くし空間の裂け目も発生は不規則なのでどこに現れるかあやかしのほうにもわからない。暇潰しにもならなかったと鼻で笑っていたが、彼らが何をしていようとをすれば来良達は祓いに行かなければならない。いずれにせよ再会は不可避の出来事だったのだと歯噛みする。

「うるせぇな、人間だって毎日飯食うんだろ」
「えぁ、……ッや、っめ」
「まあこいつは食わねえから、使い途でもねぇと寂しいだろうと思ってよォ」
「んっんぅっ」

 それは本当に不可解どころか不気味な変化だと来良もうすうす気づき始めていた。
 かどわかしに遭ってどのくらい経つのか知らないが、物を食べた記憶はない。弟達の土産にと持っていたいなり寿司は朱炎が狐達にあげていたらしいし、そのとき来良は殆ど死にかけていてそれどころではなかった。だというのにちっとも空腹を覚えない。

 ひとつは冬青そよごの言うように毎日抱かれているからだろう。倦怠感に負けて眠ることはあるが食欲がわく元気はない。そのくらい味わい尽くされる。あやかしは人形ひとがたの時は物を食べることができるらしいが基本的に習慣ごとないと言っていた。朱炎は来良を抱く時は青年の姿になるが、同時に彼の食欲も満たされているのかもしれなかった。
 それに闘病生活の所為で食べなかった時期が長く、空腹の感覚自体も鈍っている。身体は何故か不調を感じなくなっているので、そのうちまた腹が空くようになるのかもしれないが、もし今、まえとおなじように物を食べていて変な気でも起こすようになったらどうしようとかなり真剣に心配だった。不要な開発にじりじりと追い詰められる。

「ふ、う……ぃあ、らめ、」
「あ? 何言ってっかわかんねぇよ」
「ンン!」

 執拗にくちのなかを指で掘られ刻印のあった舌をくすぐられる。吐き気をもよおさないすれすれまで親指の腹で押され、上顎の敏感な天井を撫でさすられて下腹がビクビク震えてくる。冬青の視線を感じて脚を閉じようとするとまた朱炎に阻まれ、吐精を促すように茎を扱きあげられて、来良は呆気なく絶頂する。

「こら、痛てぇわ」
「……っぁ」

 いつの間にか噛んでいたらしい。朱炎の、今は鋭い爪のない、人間に擬態したまるい指に歯形が残っている。咎めているくせにあまったるいような、全然怒気の感じられないひとことに冬青が半目をする。まだぼやけた意識は傷を癒せと来良に命じ唾液でてらてらと光る指にそっと舌を這わせた。
 白く体液に塗れたもうひとつの手を舐めていた朱炎が意外そうに見ているのも知らず、来良はぺろぺろと毛繕いでもするみたいな熱心さで清めていく。腹の底で含んでいるものがぐぐ、と力を増した。いきなり乱暴にまえに倒され顔面から布団に押し付けられてがつがつと掘られる。ややもせず胎内にどろりと吐き出された。
 
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