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しおりを挟む長かった。これでようやく解放される。朱炎が離れていくと来良は襦袢のまえを掻き合わせて部屋の隅へさっと逃げた。まだくっついていたかった朱炎は不満げに銀朱の眸をこちらへ向けてくる。冬青はカラカラ笑って、まあ煙草でもどうだと助け船を出してくれた。きまぐれだろうが有り難い。
(クソ)
すっかり火照って熟れた熱を孕む腹に手をあてる。朱炎が自らつけた、来良の命を奪いかけた大傷もいつの間にやら掻き消えている。今は代わりのように来良の臍から下腹には文字のようにも蔓の絡まった花のようにも見える不思議な文様がくっきりと刻まれていた。どれだけ噛みつかれようと引っ掻かれようと、肌を吸われようと翌日には代謝で消えてしまうがこの禍々しい模様だけは、絶対に消えない。
初めて存在を知った時、絶句する来良にこれはあやかしと交わった淫らな人間の印なのだと白い妖狐は教えて嗤った。誤魔化しようのない罪の証しに来良は居た堪れず唇を噛み締めた。そうやって、いつまでも強気に睨めつけ嫌々抱かれているから、余計に朱炎の征服欲を刺激するのだと冬青は長い付き合いから理解していたが、親切に言ってなどやるわけがない。
今日も今日とて散々に貪られて、けだるく息を吐く様は目の毒だった。
「うまそうな奴だな」
「だろ」
「二年前はそこまででもなかった気がするが」
尤もあの時は朱炎を救うのでそれどころではなかったし、化け猫もいてよく確かめることはできなかったかと冬青は反芻した。寿命の長いあやかしには昨日の出来事のように感じられる。
「とてもお前が半身にするとは思えなかったしな」
「……まあな」
因縁と呼ぶか運命と呼ぶか。振り向いた朱炎を来良は今もまだ、理性と共にある時は、監視するような眼で見ている。朱炎とて妹のことを許したわけでは到底ないし、捜していたのは本当にただ借りを返して殺すだけのつもりだった。
塒であるこの社へ連れ帰り生死の境を彷徨っている状態の来良に、生きたいかと問うたのはほんのきまぐれだった。極上の精気を持っているのはわかっていたしせいぜい俺様の役に立ってから死ぬがいい。眷族ぐらいにならしてやってもいい。恨みを晴らして気が大きくなっていたのかもしれなかった。
しかし来良は是と答えなかった。己の寿命に抗うつもりはないと言い放ち、てめえの妹を救ってやれなくて済まなかったと告げて目を閉じた。いよいよ向こう岸へ渡ろうとしていたのだ。
朱炎はその言葉に引っ掛かりを覚えた。この門番は、本当は淡桃を救えるのに今はその力がないと言っているように感じた。もとよりこいつが淡桃を消したのではないことは目撃していた動物達もはっきり憶えていた。それでただ手を付けて眷族にするのでなく真名を教えてみる気になったのだ。主をつくるのは初めてのことで、一生縁などないと思っていた。
「欠いた腕もあっという間に戻ったんだろ?」
「ああ」
あれには朱炎も驚いた。どれほど時間をかけて深手を癒し再来したかをかえりみて、まったく馬鹿馬鹿しくなったくらいだ。門番はその役割からも己の上質な精気を隠したりしない筈だが、きっとそれすらも、幾らかあの化け猫にでも匿われていたのかもしれなかった。過保護と嘲笑いたいところだが味を知ってしまうと無理もない気がする。門番としての来良が強いことは識っているが、上級のあやかし達が手を組めば分は悪くなるだろう。
況してやあんなにも、見てくれが変わるほど弱っていて。
「来良」
名前を呼ばれ、厭そうに顔を上げる。痩せ衰えていた姿はすっかり健康を取り戻し、あの頃より成長した清楚な正統派の美形はそれこそ役者をしても人気が出そうではあったけれど。
「来い」
「…………」
そう命じられると従わないわけにいかない。のろりと立ち上がると来良は朱炎の寝そべる布団に歩み寄る。膝を折って座らされると腿の上に頭をのせてきた。視線で訴えてくるので仕様が無く髪を撫でる。どこか身体を触れ合っているのが好きというか、そうしなければ意味がないのだろう。
この布団は来良が望んで取り入れられたものだった。それもそうだ、あやかしとはいえもとはけものなので彼らは必要としない。半日も一日も行為に及んでいると膝や肘が擦れて仕方なく、仰向けにひっくり返されれば背中や腰がガタガタになる。じきに癒えるとはいえ痛いと訴えるとどこからか調達してきた。
今は朱炎のほうが気に入って出掛けない時はほぼこの上にいる。すぐ行為になだれ込めるのも甚く都合が好いらしい。来良にはちっともよくない。
「ッこら」
悪戯な手が合わせを割って膝から太腿をさわってくる。ぺちっとはたき落とした手をつかまえられ、指のあわいを埋められた。冬青がケッと呆れを吐く。
同居人がいると聞かされた時は、おなじように好色で人の世における倫理の概念など通用しないけだものを想像し身震いしたものだが、半身の契約を結んだ者は常に弱い結界で護られている状態なので、他のあやかしが触れようとすると弾かれるうえ下等のあやかしには姿さえ見えないらしい。まだ命を宿している動物達からは見えるしさわることもできる。
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