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しおりを挟むいちいち同情していてはきりがないのは理解できるが兄弟の容赦のなさにいつしか顔を顰めていたらしい。こちらへ攻撃の矛先を向けてくるものだけを波動の力で追い払っていた居待月が、つらいのかい、と小声で言う。
「べっつにぃ~」
種族が違えば同胞という意識は薄れる。ただこの世のことわりに理不尽を覚えただけだ。ちょっとだけ。勿論来良のことが今は最優先だとわかっている。しかしなるべく無為に命を散らさないように、上級のあやかしとして圧力をかけるくらいは見逃してほしい。
沢か、若しくはくだんの妖狐達の塒が近いのだろうか。旅の道中であやかしを引き当てたのはこれが二回目だがこのまえはハズレと初めからわかるような相手だった。今回は、狐もいる。そして強者の気配。
「食らえッ!!」
鋭い爪を剥き出しにして、人形の本性をした妖狐が幸良に飛び掛かった。別の狐達を相手にしていて注意が逸れていた。間に入った新良が、これまでよりはレベルが高いのを察知して法力を込めた言葉で拘束する。
その瞬間だった。突如幸良の右手と新良の左手が、教えられてもない印を素早く結びだし、ふたりの念珠が青と黄色を帯びた光を孕んで闇を照らす。大気が渦巻くのを黄麻と居待月は感じた。地響きのような震動が山を揺らして。眠りについていた動物達が慌てて避難を始める。
ふたつの声が、まるでひとりで発しているようにぴたりと重なる。
「開門!」
ゴゴゴとおもたい音を立てて白煙の向こうに美しい青の門が現れた。幸良と新良とてこの目で見るのは初めてで、混乱を極めたまま互いの顔を見合わせる。
「……オイ新良」
「これ、あの時の――」
秘術が発動した。それはつまり、それは、つまり。
「兄様っ……」
拘束されていたあやかしが門の向こう側へするりと吸い込まれていく。暗い紫の空から混沌とした大地へ何本も稲光の走る、不穏な景色は初めて見る。これが異界かと幸良は興味津々に覗き込んでいるが新良は激しく顔を顰めて、ともすれば胸を塗り潰してしまいそうな悲しみを懸命にこらえていた。
先程の印について、自分で再現しようとしてもまるでわからない。それもそうだ。端から知らない。また来良はひとりで結んでいた印を半分に分けている。幸良と息を合わせることも発動の条件なのだろう。そこに来良の意図を感じてちょっと苦笑する。仲良くしろ、が口癖だった優しい兄。来良には様まで付けるくせ、すぐ上の兄である幸良のことは呼び捨てにする新良を、いつも困ったように見ていた。
眦から涙が終にほろりと溢れて落ちる。法力でまたひとつ、あやかしを拘束して送り返す。
「いやーん僕も祓われちゃーう」
「うるさいぞ化け猫」
黄麻クラスのあやかしなどまだ祓えるわけがない。わかっていて、全部知っていて言うのだろうが腹立たしい。救われた気がするから余計だった。新良はキッと前方を睨みつけると念珠をぐっと握り込む。蛍のように闇の中で黄色く光る。
「ッ何?」
ぞく、と。
背筋にいやな寒気が走って黄麻は振り向いた。瞬間、青白い炎がバッと一行の周りを走り瞬く間に取り囲まれる。見た目は冷たそうだがちゃんと温度はある。これほど美しい狐火に、この頭から押さえつけてくるような圧力。
間違いない、強大な気配のどちらかだと黄麻はごくりと喉を鳴らす。
「――危ない、」
「わあっ!」
巻き上がった青い炎が黄麻へと直線的な動きで向かってきた。居待月が波動で軌道を逸らしたが、その際火の粉がかかったのか彼の腕に黒く痕が散る。
「無闇にあたらないよう気を付けてくださいね。人の肌では再生できませんから」
黒い被毛に緑青の眸をした八尾の妖狐が、ゆらりと輪郭を歪ませて人形へと変化する。すらりとした長身の青年だ。その妖艶な美しさに幸良と新良は目を瞠った。黄麻が半目をしている。これだから狐はたちが悪いとでも言いたげな表情だった。人の心を惑わせることにやたら長けている。
「ほう、お前達は門番なんですね。……うん? その顔……」
似ている。冬青は背中の毛を逆立てるようにこちらを警戒する兄弟を見て、朱炎のつがいを思い浮かべた。白皙の肌に薄水の瞳、長身の恵まれた体躯。やはり似ている。特に背の低いほうは、うまそうな匂いをぷんぷんさせて誘惑してくるところまでそっくりときている。
今度こそ誰かの手付きではないかと近づいて確かめようとして、背の高いほうに割り込まれた。邪魔をされてむっとする顔まで麗しく、幸良がすこしたじろぐ。
「お前の相方はどこだ」
「さて、何のことでしょう」
「とぼけるな。白い妖狐とつるんでるだろう」
そいつに用がある、と新良が語調を強める。
「知りたいですか?」
にっこり笑んで顔を近づけてきた冬青に、幸良が抜刀した五六八の切っ先を突き付けた。禍々しい赤い精気に花の顔は派手に顰められ、白装束の袖で鼻面を覆うようにして長身が体をひく。
「そいつは、僕達の兄を殺した」
「――……」
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