寿命が来るまでお元気で

ゆれ

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「五六八の出番じゃねぇみたいだな」

 あっさり鞘におさめると今度は拳をかまえる。幸良は兄譲りで体術も得意なので斥力と合わせて戦うことができるし力も強い。普段はぽやっとしていることが多いが戦闘時は本当に頼りになるなと黄麻はこっそり感心していた。
 しかし相手がわかればここは、任せたほうがいいだろう。居待月が目を凝らして何かをキョロキョロさがしているようだったので、黄麻は近づいて「今度は何さがしてんの」と呆れた声を出した。

「群れのおさだよ」
「ああ、だったら一番うしろにいたあれじゃないかな」
 と斜面の上からこちらを見おろしている個体を指で差す。犬や狼の一団では強い個体は最前の数頭をおいて群れの前方と、殿しんがりを歩く習性がある。黄麻は暗闇もものともしないのでしっかり見分けると誘うように合図を送った。

 青く眼を光らせて降りてきた一頭はかなり大きい。そいつの動きを他のすべての個体が意識しているのがわかる。間合いを詰める契機を今か今かと窺っている。黄麻のほんの1丈くらい先まで迫ってきたのを幸良が割り込もうとしたが別の掌がそれを制した。

「ここは私に」
「えっ」

 意外な申し出にきょとんとする兄のうしろで弟も顔はまえへ向けたまま視線だけを、ちらちらと長身の動向に注いでいる。
 居待月は狼のかしらとじっと目を合わせた。互いに逸らすことなく距離を縮めることもない。唸り声の合唱がいつしかやんでいて不思議な静寂が森を支配していた。

「あ」

 獣の長が徐に足を畳んで地面に伏せる。他の個体もおなじように次々と牙をしまって伏せていく。兄弟はそっくりの表情を浮かべて驚いたが黄麻はにんまりわらうだけだった。どうやら識っていたらしい。

「先生すっげー! なんでなんで? どやって???」
「それが私にもよくわからないんだ。君達のように鍛錬したわけでもなく生まれつきでね」

 どの動物もというわけではなく犬や狼だけなのだが、何故かちいさい頃から意思の疎通が図れたし仲良くなることができた。今も居待月が手を伸ばすと、狼のかしらは立ち上がって寄ってくる。まるく尖った鼻先で彼の手の匂いを嗅ぐとすりすりしたり、ぺろりとひと舐めまでする始末だ。飼い犬のようにおとなしい。
 居待月に視線を向けられ瞬時に理解した新良は、丁寧に布でくるんで持ち歩いている来良の袱紗と数珠を取り出した。手渡すと居待月がおさの鼻面に差し出す。おなじように群れの狼達にも匂いを嗅がせたがどの個体も逆らうような素振りは一切見せなかった。人間より余程統制の取れた集団構成に感心する。

「私の大切な友人なんだ。どうか手を貸してほしい」

 聞き届けた、というようにかしらとその次に強い個体、そして若い狼が森の中へ散っていく。まだ子どもらしくちいさいものや年老いたものは数頭の雌達と共に群れ自体が移動するようだ。彼らも生きているので狩りをするか縄張りを守らなければならない。
 生存確率を思うと徒労に終わるかもしれないが、もし何か手がかりがあればまた会えるだろう。それよりも今この場でひとつ戦闘を回避できたことは大きい。やはり疲れは皆に取りついているし、先の長さを思えば力は温存できるに越したことはない。ほっと息を吐くと一行はふたたび山道を歩きだした。

 町や村と違って安眠できる場所を確保するのは難しい。野営を張らなければならないが、水場がないので迂闊に火を熾せない。地図も何もないところを進む困難に正面からぶち当たり、仕事柄旅慣れている兄弟でもすこし辟易していた。

「新良だいじょぶか」
「うん」

 減らず口を叩かず素直に返されたことで幸良は逆に心配になった。法力をフル稼働させると発熱するので額に手をあて、やや熱くなりかけているのに嘆息する。大事な飲み水を竹筒からすこし出して手ぬぐいを濡らすと弟の頭に宛がった。
 気配の探索自体は然程身体に負担はないのだが長時間続けるとなれば話は別だ。しかも黄麻もこの山のどこかにあやかしがいると言っている。それなら、新良は一旦探索をやめて力を温存してはどうかとまさに提案しようとしたその時だ。幸良にも感じるほど近くでぞわりと気配がして斥力をぶっ放した。

「あやかしだ!」
「見ればわかる」

 狐火が次々と木立の間に揺らいで森がまるで真昼の明るさに照らされる。青いものや赤いもの、白いもの、黄色いものが大小さまざまに光り輝く様は幻想的で、まばゆさに目を眇める。ただ見る分には綺麗なのだろうがこれはむしろ警鐘に近い。

「雑魚だね」

 黄麻がつまらなそうに呟いた。人を食うほどの力も知恵もないとなると、このまま祓うのが早い。再生できないほど攻撃されればあやかしといえどひとたまりもない。門を開けない兄弟はそうやって対処してきた。裏を返せば、まだそのレベルのあやかしとしか交戦したことがないのだ。
 パリ、とも、ぱしゃん、ともいえない涼やかな音を立てて主に幸良の斥力に吹き飛ばされたあやかし達がその姿を失っていく。さらさらと砂のようにこぼれ、風に舞って地に還っていく。断末魔もなければ遺体すら残らない。果敢ないものだと黄麻は思う。あやかしになるのにかかった年月の長さはいったい何だったのだろう。
 
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