寿命が来るまでお元気で

ゆれ

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 まるでただの子どもみたいだ。出会う者が親切にしてくれるのに味を占めたのかこの頃は新良よりさらに幼い少年の姿でいることが多くなっている。ずっとただ可愛いだけでいてくれるなら来良も文句はないのだが、さっきもいつの間にか布団の中にもぐり込まれていて、朝っぱらから口淫されて目をまわしそうになった。どうもやはりあの美麗な青年の顔には不吉な予感しか付き纏わない。
 家にいる時はちゃんと身体を交わらせ、心ゆくまで食事を愉しめるが旅先ではそうもいかない。いわば携帯食の生活になっている所為でこんな目に遭わされるのだ。かわいそうだとは思うけれど、品性を保つのにもうちょっと協力してほしいというのが本音だった。

(クソ)

 まえはあまり好きじゃなかったのに。あんなところを舐められたりしゃぶられたりするなんて、とんでもないと撥ね付けていたのに、今ではきもちよすぎて自分から腰を押しつけてしまうことさえある。再会してからというものこちらの箍が外れている自覚はある。どんどん駄目な人間になっていく。ぶんと勢いよく頭を振ると、朱炎と目が合って首を傾げられた。お前のせいだよ。

 滅多にないが来良が体調を崩したりすると一日くらいは我慢もするし、まだつがいになったばかりの頃だってここまで頻繁じゃなかったのだ。いちどは長くても妖気が満ちると数日は放っておかれた。間隔を空けること自体は不可能ではない筈。他のやり方を模索して日がな一日くちづけしたこともあったけれど、弟達の白い目が痛すぎたためあれも有用な手立てとは言い難かった。
 傷がすぐ治る体質になってなかったらもっと悲惨だったな。否その方が逆に限度があってよかったのかも。あーあと悔やんでいると前方に人がいるのが見えた。朝の散歩を日課とする者が他にもいたらしい。かるく頭を下げて、おやと眉を上げる。

「おはようございます」
「……どうも」

 たぶん、ゆうべ幸芽と逢引していた男だ。野良仕事で日焼けした逞しい村人と違い、肌の色があわく、ふたつの腕はすんなりと伸びて指の先まで華奢なのですぐに余所者とわかる。斯く言う来良と朱炎もなのだが、だからなのか警戒心むき出しの視線を送られて苦笑した。そのくらいしか人間性を保証するすべがないため自分は来良、こちらは朱炎、と紹介すると、無人むじんだと教えてくれる。

 ちょうどここで出会ったからとばかりに水害の話をする。無人は遠い目をして聞いていた。そういえば朱炎も妖狐なので天気を操れるのだったかとふと思い出す。来良の陰に半分ばかり隠れながら相手を窺う様子は人見知りな子ども以外の何者でもなかった。何をたくらんでいるのやら、そんな愛らしい性格ではないと思うのだけれど意図でもあるのだろうか。
 自分が門番であることまでは言わないにしろ、村の娘達に起きていることについて調べにやって来たことは話して、何か知らないか尋ねてみる。誰にでも行なっている形式的な質問だからと付け加えても、無人は眉ひとつ動かさずじっとしている。

 これはひょっとすると話を聞いているんじゃなくて何も聞いてないだけかしらと思ったその時、彼が息を吸い込んでぽつんと言った。

「興味は無い」
「……あー、そうすか」

 そしてそのまま特に挨拶もなくふらりとどこかへ去ってしまった。
 怒っているとか不愉快だとか、そういう熱量のまるで感じられない平淡な受け答えだった。もし幸芽と良い仲なのだとしたら多少心配にはならないものかと思ってしまう。どうも見た目どおり浮世離れした青年だ。

 清冽な朝の空気をたっぷりと吸って、頭を冴え渡らせてから村長の屋敷へ戻ると足を洗っている間に家人が部屋へ朝餉を運んできてくれた。残さずいただいて食休みを挟んだのちは、昨日案内してもらった家を再度訪ねていき、ゆうべの娘達の様子について話を聞く。本当はいつ姿を消すかわからないのでそうのんびりもしていられないのだが、代案がこれといって浮かばない。何が脅威か見定められないうちは手の打ちようがなかった。
 空気の清浄で緑も濃い、すこし山へ入ればいい気に満ちていそうなこの村なら本当にあやかしのひとつも出没しそうではあるけれど。朱炎ののんきな様子を見るとそれはねえなと打ち消さざるを得ない。恐れながら半妖である来良自身も特に感じるところはない。

「お寛ぎのところを申し訳ありません」
「いえ……」

 短く応えたきり紅琴はくちを噤む。来良からも、特に話すことがない。彼女はゆうべはずっと部屋にいたとの証言を既に得ている。一応顔を見ておこうと思っただけだったため、すぐに沈黙してしまうのは想像に難くなかった。ふたたび母親に来てもらって身体を確かめるのもまあまるで無益ではないが、とりわけ有益でもない。
 それよりはと、来良はおなじ年頃の彼女のすべらかな頬を眺めながら、明るい声を出す。

「もうすぐご結婚なさるんでしたね。おめでとうございます。お相手はどんな方ですか?」

 紅琴のうすい肩がぴくりと跳ねる。
 
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