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しおりを挟む「まさかお前だったとはな……」
深夜にもかかわらず、有事の際は連絡所として使われることが多いためか青年団の長は快く応対し犯人を預かってくれた。名を実といい、二年ほどまえから村に住み着いた独身男で、その正体はヤクザ者だった。嫁入り前の娘を選んで力尽くで関係を持ち、相手にばらすと脅して陥落して、何でもいうことを聞くようになったところを街へ連れていって高額で売り飛ばしていた。
村育ちの娘達は根が純朴で、身体は丈夫で肉づきもいいため人気なのだと不愉快に歌うので猿轡をかませておいた。彫り物が検査の時点では見あたらなかったのは体温の高低によって浮かび上がる特殊なものだったかららしい。八角ではなく樒の紋様だった。なるほど、とも思いたくない。
事情が事情なので村人への、特に毒牙に掛かった娘の親達への説明はうまく口裏を合わせて村長にやってもらいたかった。みんな言わないだけで多少疑ってはいる可能性もないわけじゃないけれど、現状心無い噂が飛び交っているとは思えなかったので、それらしい事実を伝えておけば上書きできるだろう。真実の追及も大事だが娘達の人生に傷をつけないほうがもっと大事だ。
既に売られてしまった者達に関しては実に吐かせれば居場所はわかる。だが相当ぼったくったようだし、取り返すのはかなり難しいかもしれなかった。
どうするにせよあとのことはここで暮らしていく人々に委ねて、来良と朱炎は逗留先なので村長への報告を引き受けた。しかしいくらも行かないうちに何かがバサバサと音をさせて来良の肩に降りてくる。真ん中からきれいに黒と白に分かれた変わった模様の梟だ。
「まずい」
言うが早いか護符を取り出し、そこから現れた目の紅い大きな黒梟が凄まじい速さで夜空に同化した。今肩で羽を休めていた一羽がその行く先を教えてふたりの上を飛ぶ。
「追うぞ」
「どうした?」
「幸芽さんがどこかへ向かってる」
白黒の一羽は念のため彼女につけておいたものだ。それが知らせに来たということは、何か動きがあったとみていい。あとから飛ばした大梟は来良が長年使役する式神で一三七と名付けていた。これは見張るだけでなく攻撃もできるため、もし何かに出くわしてもすこしは時間稼ぎが見込める。
「あの女は無関係なのか?」
「……たぶん」
先程のどこかつめたい突き放したような口調が気になっていた。おなじ被害に遭っているとは絶対思えない、軽蔑ではないにしろ無機質な、友人のことであるのにまったく興味のなさそうな態度。仲が良いと聞いていた話と随分食い違うのに戸惑うくらいだ。
それは初めに無人と話をした時にも感じた印象だった。だから胸騒ぎがする。
一心不乱に走り続けて辿りついたのがあの川で、すぐ傍にあるのが西の山だと気づいて来良は息を呑む。幸芽はまさにその中へ無人に手を曳かれて入ろうとしていたところだった。咄嗟に文言を唱えたが法力は通じない。斥力は物体越しでなら使えたとしてただ人の身体では傷つく可能性が高かった。
ならば物理的にふたりを引き剥がすまで。駆け寄ろうと踏み出した足は、しかしそこから何かに阻まれて近づくことができない。一三七もおなじものに遮られているようだ。空中で強く羽撃きながら鋭く爪をむいているのに弾き返されてしまう。
「クソ、どうする」
このままでは幸芽が連れて行かれてしまう。彼女は嫌がる素振りも見せていないがそういう問題じゃない。恐らく勝手に家を出てきて、家族も誰もこのことを知らないのだろう。それでは実際に娘を売られていた人達と変わらない。育ててもらった恩がなどと説教する気はないけれど、来良は自分が散々弟達を悲しませたから我慢ならないのだ。黙って消えて、家族に癒えない傷をつけようとしている幸芽が。ひょっとすると妹の行方を捜してあちこち駆けずりまわっていた朱炎も、おなじ気持ちかもしれない。
法力や斥力が効かないのはあやかしじゃないから。それはわかる。しかし向こうは結界らしきものを使える。普通の人間でもない。だとすると、考えなければ対処できないのに考えているうちにも無人と幸芽の姿が木々に紛れていく。焦って頭が真っ白に弾ける。ここまで手も足も出ない気にさせられたのはいつぶりかも定かでないほど久し振りのことだった。
塗り潰されたような漆黒の闇に、それは突如としてポウッと浮かび、辺りをあおく照らし出した。
「!」
「何っ、」
男女の動きが急に止まる。来良は無言で隣の少年を振り返る。風の影響をまるで受けず、ゆらゆらとまっすぐに伸びて揺れる美しい青白い炎。幸芽は不思議そうに声を上げただけだったが無人は違った。ガサッと草を掻き分けて、来た道を娘を連れて引き返す。明らかに動揺が見て取れた。
朱炎が逃れてきた先にももうひとつ狐火を発生させると、とうとう彼女に抱きついてかたまってしまった。
「どうにも火が恐ろしいらしいぜ」
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