黒蠟濡の森

土の味舐め五郎

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ロベリア

ロベリアと呪いの森

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 私達は衛兵用通路を抜けて都市の外へと脱出した。
 だけど、危機的な状況は変わっていなかった。
 いつから察知されていたのか、ニエルティの城門を守っていた狂乱の市民達が押し寄せてきている。北側からは誰も来ていないようだが、そっちへ逃げても前後から挟まれるとしか思えない。
「さーて……どうするかね?」
「ダノー!さっきの奴らも通路から出てきそうだぞ!」
「あの森へ逃げよう!」
 もうそれしか方法が無かった。
 二人とも「やっぱりそうするしかないか」という表情だ。
「ヴルルルルゥゥ……」
 この勇敢な犬はあまり森に入りたくないのか、低く唸っている。さっきの事を考えれば、犬に吠えてもらっていれば襲って来る者たちを無力化できるかもしれないが、あんなに沢山の人を相手にはできないだろう。
「ごめんねワンちゃん。私達、もう他に逃げる所が無いんだ」
「ゥゥ……クゥーーーン……」
 言葉が通じたのか分からないけど、納得はしてくれたみたいだ。
「おい!行くなら行くぞ!全力で走らねえと囲まれる!ジョー!死にたくなきゃ死ぬ気で走れよ!」
「わかってるよ!!」
 私たちは黒い森へ向かって全力で駆けた。

 ジョーラムは足があまり速くない。私の方がちょっと速いくらい。
 全力で走らないと間に合わないってダノルは言ったけど、足の速さはあまり関係がなかった。

 森がニエルティの人々を妨害してくれたからだ。

 地面から触手のような黒い根を幾つも生やして、私達に近づいてくる人を押さえつけたり、何本も横たえて壁のようにして邪魔をしてくれている。
 でも、なんで生かしたままにしておくのだろう?
 その凶悪な根を力任せに振り回せば、あっという間に沢山の命を奪えるはずなのに。完全に森の中に入ってからも、妨害しきれなかったニエルティの人々が何人も追いかけてきている。結局、森の深奥領域にまで何人もの市民が侵入してきていた。

 殺さないようにする理由があるのだろうか?

 追っ手の勢いは格段に揺るんだものの、私達には逃げる事しか出来ない。導かれるように森の奥深くへと進んでいった。
 少しずつ異様な気配が近づいているのを感じる。
 その感覚が間違っていないと裏付けるように、犬の唸る声が強く敵意に満ちたものに変わっていく。 
 密集している樹木達の幹は不気味な黒色をしており、葉の緑の鮮やかさが樹皮の妖しい黒さを引き立てている。一見すると普通の樹木の様だけど、これはもっと別の生き物だ。魔物と言った方が正しいだろう。
 それなのに、私はどうしても、この魔物の木々を恐ろしいと感じることができなかった。本当は恐ろしいものなのだと頭で理解していても、怖いという感情は湧かない。野犬は怖いけど、家で飼いならされた犬なら怖くないのと同じ感覚かもしれない。
 しいて言うなら、が怖い。
 こんなに恐ろしいものを、怖いと思わない自分が怖い。
「どうしてなんだろう」
 この森で最も恐ろしい存在を目の前にして、私は疑問をはっきりと口に出して言った。

 生きているかのような異質な黒い樹皮。
 枝もなく、葉もない。黒き蝋で塗られた巨大な柱がそそり立っているかのよう。幹は太く、周囲を十人くらいの人間でぎりぎり手を繋げるくらい。かなり高い位置にある樹冠にあたる部分には太い蔦のような物が無数に生えている。
 幹に近づいてよく観察すると、脈動しているようにも見え、まるで黒蝋の樹皮の下には血と肉が詰まっているかのようで気色悪かった。周りの樹木は緑を濃くしたような色でいかにも植物という感じがするが、この巨木は赤をとことん煮詰めたような黒なのだ。
 周囲の樹木とは大きさも質感も禍々しさも一線を画すこの存在は、森の主、あるいは本体なのだろう。
 
 こんな化け物を、怖いと思わないの?

 犬は今にも噛みつきそうなほど怒って吠えたてている。ダノルとジョーラムでさえ恐ろしさを隠せていないのに、どうして私は怖くないんだろう。

「……来やがったぜ奴ら」

 ダノルがいち早く気配を察知して言った。
 追っ手の数は多くないのか、二人ともここで迎え撃つつもりで武器を構える。
 私は二人の後ろに隠れる。するとワンちゃんは木に向かって吠えるのをやめて脇に寄り添ってくれた。
 いつになったら逃げ切れるのかな。それとも、逃げられないのかな。もう、ここで終わっちゃうのかな。私、死んじゃうのかな。

 お母さんに会いたいな。

 そう思った時、地面が揺れた。
 周りの木が動いているようにも見えるが、違う。地面から何かが出てくる?
 出てきたものは森の外で見たのと同じようなどす黒い根の触手だ。それが無数に生えて伸び、幾重にも重なって私達を囲い始める。
「おいおい!大丈夫なのかコレ!!」
「これでお終いかぁー!!」
「ゥワンゥワンッ!!ワンッ!!」
 黒樹の根っこが牢獄のような防壁を形づくっていく最中、私だけは大丈夫だと確信していた。

 『助けが来るまで、守ってやる』

 そんな声が聞こえたからだ。
  
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