黒蠟濡の森

土の味舐め五郎

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黒蠟濡の森

待ち人来たれり

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 魔物の根っこが幾重にも重なって隙間なく囲まれちまった。
 完全に動きを封じられちまって危機的状況は変わらねえが、何かヤバいことが起こるかもしれねぇと思って非常用の保存食を準備してたのは本当に運が良かった。後悔があるとすればもう少し多めに用意しておけばよかったっていう部分だ。
 それよりも……今は食料の問題よりもヤバいことがある。

 真っ暗闇の檻の中に囚われて何も見えず、外からはイカれた市民の呻き声が聞こえてきて気分は最悪。
 単に『気分が悪い』程度なら辛抱できるが、そうじゃない。

 精神と、脳が、イカれちまう。

 この魔物の木なのか、それとも狂った市民共のせいなのか、クソったれな呪力みたいなもんにてられちまって、どうにかなっちまいそうだ。
 困ったことに、俺が一番ひでぇ有り様で、ジョーラムはそれこそ「ちょっと気分が悪いかも」くらいで、ロベリアに至ってはピンピンしてやがるし、唸ってた犬公はいつのまにか静かになってる。
 もう閉じ込められてから一日は経過した。明日になる頃には、俺は正気じゃいられねえだろう。いや、あと数時間も耐えられないかもしれねぇ。 
 今のうちに、二人に言っておくしかねぇ。

「……おい二人とも」
「なあに?」
「どうした……?」
「俺はどうやら、呪いの魔力みたいなもんに中てられちまってるらしい。たぶんそのうち、外の連中と同じようになる」
「うそ……」
「それ、本当か……?」
「ああ本当だ。言っとくがてめぇもだぞジョー。鈍感だからまだあんまり堪えてねぇみてーだが、確実に精神が狂ってくだろうよ」
「どうすんだよ……それじゃあ……」
「このままいくと、狂った俺がロベリアを襲う事になる。仮にジョーが俺を叩きのめしても、そのあとはジョーがロベリアを襲う事になる。そしたらお終いよ」
「お終いって……」
「…………」
「だけどよ、今ならまだ、終わり方を選べる。ロベリア。お前が決めろ」
「決めるって、ロベリアに何を決めさせるんだよダノル……!」
「死に方だよ。俺達が正気なうちに、苦しまねえようにスカッとあの世に送るか、俺達二人とも自決して、一か八か助けが来るまで待つか!」
「……それしか、ねえのかよ」
「怖くても苦しくてもいいなら、別の方法はいくらでもあるぞ」
「もう少し……待ってもらえないかなダノル」
「待ってやりたいところだが……もう俺はそんなにもたねえぜロベリア。なんなら今のうちに俺だけでも処理しといたほうがいい。なあジョー……?」
「ダノル……」
「ダメだよ!!二人とも死んじゃダメだからね!!」
「……まったく我儘なお嬢さんだぜ。気の狂った俺達に襲われるかもしれないんだぜ……?」
「大丈夫だよ……助けが、来るんだから……!」
「はっ……助けが来るか……そりゃあ……ありがてぇな」

 ロベリアの根拠もない言葉に幾ばくか頼もしさを覚える。
 それでも、俺は意識を保つのが精一杯の状況だ。
 死ぬなとは言われたが、いつでも自分の喉を剣で貫ける体勢をとっている。暗くて助かった。こんな格好を見られてたら、ロベリアに剣を取り上げられていたかもしれない。

 助けが来るってんなら、そろそろ来てくれないと、困るぜ……!

 しばらく沈黙の時が流れる。

 必死に心を無にしようと試みるが、かえって呪力や邪念が流れ込んでくる。だからといって強く意思を保とうとしても思考が乱される。どうしようもない。
 剣の刃を掴む手に力を込める。

 わりいなロベリア、ジョーラム。先に逝ってるぜ。

 ふわ……と、清涼な風が吹いた。
 頭の中の混沌とした邪気が、すーっと後ろに流されていく。
 嘘のように身体が軽くなった。
「なん……だ?」
 掴んでいた剣をパッと手放し、見えない二人の姿を確認する。
 どうやら二人とも同じように驚いているようだ。
 闇を払う程の鮮烈な気配が、すぐそこまで来ている。

「ロベリア……?そこにいるの!?」

「お母さん!!」

 間違いなく、その声の主はニルンだった。

 
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