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5.狭くなった世界
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馬車が走り出すと、「エヴァレット様」と向かいに座った男が僕を呼んだ。
ちらりと見ると、彼は恭しく一礼する。
「私は大旦那様よりエヴァレット様の教育を申しつかっております、ケインズです」
僕はただ無言で頷く。そんなこと、どうでもいい。
「では、エヴァレット様、さっそくですがお手を」
ケインズは僕の手を取ると、横の荷物から小さな容器を取り出した。いったい何かと思えば、軟膏だった。
荒れてあちこちひび割れ、すっかりガサガサで汚くなった僕の手に、ケインズは黙って軟膏を塗り込んでいく。
そんな塗り薬で、この手荒れが早々治るものかと見ていたら、瞬く間に皮膚はつるりと滑らかになってしまった。とてもじゃないが、さっきまで荒れ放題だった手と同じものとは思えない。
「魔法薬……」
「はい。念のためにと用意してきてようございました」
塗るだけで、あるいは飲むだけでどんな傷でも癒してしまう魔法薬は、とても高価だ。それこそ、ケリーの作る薬とは値段の桁が違う。
高くても金貨1枚か2枚の普通の薬に対して、魔法薬はどんなに安いものでもひとつにつき金貨数十枚は必要だ。珍しく、効果が劇的で強力なものであれば、金貨1万枚にもなると聞いたことがある。
そんなものを、たかが手荒れに使うなんて。
「途中、宿で1泊しますから、髪と身なりはその時に整えましょう」
言われて、切りっぱなしでばさばさの毛先を見た。いかに手荒れを治したところで、これじゃとても貴族の継嗣だなんて信じてもらえないだろう。
「……僕が跡取なんて、お笑い種だ」
「そのようなことにはならないよう、これから時間をかけて私共がエヴァレット様を整え、教育いたします」
あくまでも真面目に答えられて、やっぱりどうでもいいと考えてしまう。
馬車の小窓は閉じられたままで、外は見えない。
はぁ、と溜息を吐いて、僕はこれからどうすればいいのかと考える。
もう2度と来ることはないと思っていたのに、戻ってきてしまった。
以前住んでいた別館は、本館から遠く離れた敷地の片隅だった。この屋敷がこれほどまでに広かったとは、今日初めて知った。
途中滞在した宿で簡単に髪と服装を整えられていたから、そのまま祖父と対面することになった。祖父なんて、物心ついてからいちども会ったことなどない。祖父どころか、両親や兄弟の顔もろくに知らないのだ。
広い部屋の中、長椅子と椅子が数脚置かれた暖炉のそばに、祖父は座っていた。短杖を握り、上から下までじろじろと値踏みするように僕を眺めて「あれを」とかたわらの使用人に申し付ける。
すぐにその使用人が何かを手に掲げるように持って戻り、「エヴァレット様、失礼いたします」と一礼して僕の顔に当てた。
「何を……」
「その禍々しい目を塞ぐのだ」
祖父が命じるように被せてくる。
その言葉に、この右目の紅は九層地獄界に燃え盛る業火の紅なんだっけと思い出す。
なるほど、どんな災禍を呼ぶかわからないから隠してしまえということか。こんな気味の悪い目は、ラエスフェルト公爵家には相応しくないと。
「18になるまでに、お前は基本的なことをすべて身につけなくてはならない。できないとは言わせん」
革の眼帯を付けた僕に、祖父は重々しく告げる。異論も反論も封じるように、まるで使用人に命令を下すように。
「18になったら、お前を後継として社交界に出さねばならん」
僕はただ頷く。
「お前は幼い頃の病により右目を損ない、遠方の環境の良い場所で療養していたということになっている。その眼帯を取ることは許さん」
狭くなった視界は、そのまま狭くなった僕の世界のようだ。
「教育はすべて執事長のケインズと家令のモリスに任せてある。他にも幾人かの教師を付けてやろう。お前は我が公爵家に相応しい人間となるのだ」
僕は俯いたまま、祖父の言葉を聞く。
──と、いきなり短杖の先でぐいと顎を持ち上げられた。
「公爵家の人間が下を向くことは許さん。常に相応しい態度を取れ」
「……はい」
くっと手を握り締めて、睨みつけるように祖父を見返す。祖父の顔には何の感慨も無く、ただ、拾った野良犬を血統の良い犬に見せかけなければならないことへの煩わしさが、目に浮かんでいるだけだった。
……僕がいなければ、本当は困るくせに。
本当なら、僕に縋って頼み込む立場なのは、祖父のほうなのではないか。
僕がいつ、ここに戻りたいと言った。
18まで1年足らずの間、領内や屋敷の采配のしかたや人の動かし方、貴族たちのパワーバランスや関係、それに社交のやりかた……そういったものを必死に学んだ。他人の口から出る言葉に隠された真の意味はどうなのかを伺い、わずかな動作や表情の変化からの真意を推測する方法もだ。
いずれも、貴族の付き合いには必須なものばかりで、それができなければ侮られて陥れられて終わるだけなのだ。たとえ、この国で最上位の貴族であるラエスフェルト公爵家であっても。
そんなもの知らない、貴族になんかなりたくないと思っても、僕に与えられた選択肢は他に何もなかった。できることならまた……けれど、ケリーにも捨てられて、僕の行ける場所なんて本当になくなってしまったのに、いったいどこへ行こうというのか。
18になった日、僕のお披露目を兼ねた盛大な夜会が開かれた。
貴族らしい薄い笑みを顔に張り付かせ、祖父のあとについて様々な貴族へ紹介され、繋ぎを作る。
僕には婚約者もまだだと見てか、多くの令嬢たちとも引きあわされた。まるで見世物か何かのようだと考えながら、当たり障りなく社交辞令で躱す。
「今日は、東国から外遊中の王族も招いている。しくじるなよ。うまくやれば、お前の相手となるのだからな」
言われて、示された方向へと目をやると、確かに荒地の向こうに広がる“嵐の国”、ストーミアン王家の特徴を持った姫がこちらへと向かって来ていた。高く結い上げた艶やかな黒髪に、染めと刺繍による大輪の花模様も艶やかな、東国風の変わったデザインのドレスを纏う美姫だ。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
僕の前まで来た姫君は、ドレスの裾を軽く摘み、優雅に軽やかに腰を落として淑女の礼を取った。
「わたくしはフェリシア・ストーミアン。遠く東の“嵐の国”より参りました。王の末妹にございます」
「はじめまして、エヴァレット・ラエスフェルトです」
僕も王族へと向ける礼で返し、差し出された手を取って軽く口付ける。
ストーミアン王家特有の翠玉の目がにっこりと微笑み、なるほど、これが竜の血を引き継いでいることの証なのかと考える。
「フェリシア殿下には、楽しんでいただけていると良いのですが」
「ええ、もちろんですわ。我が家につたわる旅行記には荒地の向こうのこともいろいろと綴られていましたから、とても楽しみでしたの」
「それは良かった」
貼り付けた笑顔のまま、他の貴族と同様、当たり障りのないやり取りを交わす。だが、姫君はなぜか軽く首を傾げて……ちょうど他の客に声を掛けられた祖父が僕のそばから離れるのを見計らうように、口を開いた。
「エヴァレット様は……」
フェリシア姫は、何かを考えるように口元に扇子をあてる。
「なんだか、唯一と定めた番を亡くしてしまった竜のようですのね」
「え?」
思わぬことを言われ、取り繕うことも忘れて僕は目を瞠ってしまう。
「失礼なことでしたら申し訳ありません。けれど、そう感じましたの」
「いえ……」
少し考えても気の利いた答えなど何も浮かばない。いったい、姫君はなぜそんなことを言い出したのか……そこまで考えてもういちど微笑みを貼り付け直し、小さく肩を竦めるだけに留める。
「当たらずとも遠からず、かもしれませんよ」
「まあ」
姫君は不思議そうに、また、首を傾げた。
「フェリシア姫はどうだった」
「どう、とは?」
「かの姫は“嵐の国”の悪魔祓いの女王と聖なる守護竜の血筋だ。あの血が入れば、お前のその目の禍など問題ではなくなる」
僕は叫び出さないようにしっかりと口を噤み、奥歯をギリと噛み締めた。
祖父はそんな僕をじろりと見やる。
「それとも、あの女が忘れられないとでもいうか。あの平民の薬師ふぜいを」
「……何を」
「お前の動向など、抑えていなかったわけがなかろう」
やはり、全部知ったうえで放置していたのか。
疫病のせいで、僕しかいなくなってしまったから仕方なく呼び戻したけれど、そうでなければそのまま捨て置くつもりだったのか。
「妾として置くにしても、あれは身分が低すぎる」
……妾? ケリーを、妾だって?
すっと頭が冷える。ケリーを妾だなんて、とんでもない。
「……そうですね」
僕の返答を逆に取ってか、祖父は「わかっているなら構わん」と頷いた。
そこから数日後。
祖父はフェリシア姫を屋敷へと招待した。表向き、国賓たる姫を第1位の貴族であるラエスフェルト公爵家がもてなす……ということだったが、本格的にフェリシア姫を僕にあてがおうと考えたのだろう。
不自然なほどに人が来ないテラスでの茶会に、何と切り出したものかと考える。家格からすれば、王族である姫君のほうが上だ。
ところが、フェリシア姫は、驚くほどに思い切りの良い女性だった。
「エヴァレット様、単刀直入に申し上げますわ。わたくし、他の女性を心の内に住まわせている方に嫁ぐ趣味はありませんの」
にっこりと艶やかな微笑みを浮かべたまま、姫君は言葉通り率直に言ってのけた。僕は思わず目を丸くする。
貴族どころか王族の姫が、こうも取り繕わないなんて。
ひとつ息を吐いて、僕は仮面でない苦笑を浮かべた。
「僕も、彼女以外を迎える気はありません。
……ですが、今の僕にはあまり選択権がないんです。できれば、姫のほうから断ってくださるとありがたい」
「ええ、構いませんわ。理由はいかがいたしましょう」
「お好きなように。祖父の反応など気にせず、顔が気に入らないでもなんでもあげつらってください」
「まあ」
何かいたずらでも思いついたかのような表情で、姫君は楽しそうに笑った。
「では、わたくし、“エヴァレット様はどうにも線が細くて弱そうね。もう少し偉丈夫な方でないと嫌だわ”と我儘を言うことにいたします」
「よろしくお願いします」
姫君の言葉に、僕もくすりと笑ってしまった。
ちらりと見ると、彼は恭しく一礼する。
「私は大旦那様よりエヴァレット様の教育を申しつかっております、ケインズです」
僕はただ無言で頷く。そんなこと、どうでもいい。
「では、エヴァレット様、さっそくですがお手を」
ケインズは僕の手を取ると、横の荷物から小さな容器を取り出した。いったい何かと思えば、軟膏だった。
荒れてあちこちひび割れ、すっかりガサガサで汚くなった僕の手に、ケインズは黙って軟膏を塗り込んでいく。
そんな塗り薬で、この手荒れが早々治るものかと見ていたら、瞬く間に皮膚はつるりと滑らかになってしまった。とてもじゃないが、さっきまで荒れ放題だった手と同じものとは思えない。
「魔法薬……」
「はい。念のためにと用意してきてようございました」
塗るだけで、あるいは飲むだけでどんな傷でも癒してしまう魔法薬は、とても高価だ。それこそ、ケリーの作る薬とは値段の桁が違う。
高くても金貨1枚か2枚の普通の薬に対して、魔法薬はどんなに安いものでもひとつにつき金貨数十枚は必要だ。珍しく、効果が劇的で強力なものであれば、金貨1万枚にもなると聞いたことがある。
そんなものを、たかが手荒れに使うなんて。
「途中、宿で1泊しますから、髪と身なりはその時に整えましょう」
言われて、切りっぱなしでばさばさの毛先を見た。いかに手荒れを治したところで、これじゃとても貴族の継嗣だなんて信じてもらえないだろう。
「……僕が跡取なんて、お笑い種だ」
「そのようなことにはならないよう、これから時間をかけて私共がエヴァレット様を整え、教育いたします」
あくまでも真面目に答えられて、やっぱりどうでもいいと考えてしまう。
馬車の小窓は閉じられたままで、外は見えない。
はぁ、と溜息を吐いて、僕はこれからどうすればいいのかと考える。
もう2度と来ることはないと思っていたのに、戻ってきてしまった。
以前住んでいた別館は、本館から遠く離れた敷地の片隅だった。この屋敷がこれほどまでに広かったとは、今日初めて知った。
途中滞在した宿で簡単に髪と服装を整えられていたから、そのまま祖父と対面することになった。祖父なんて、物心ついてからいちども会ったことなどない。祖父どころか、両親や兄弟の顔もろくに知らないのだ。
広い部屋の中、長椅子と椅子が数脚置かれた暖炉のそばに、祖父は座っていた。短杖を握り、上から下までじろじろと値踏みするように僕を眺めて「あれを」とかたわらの使用人に申し付ける。
すぐにその使用人が何かを手に掲げるように持って戻り、「エヴァレット様、失礼いたします」と一礼して僕の顔に当てた。
「何を……」
「その禍々しい目を塞ぐのだ」
祖父が命じるように被せてくる。
その言葉に、この右目の紅は九層地獄界に燃え盛る業火の紅なんだっけと思い出す。
なるほど、どんな災禍を呼ぶかわからないから隠してしまえということか。こんな気味の悪い目は、ラエスフェルト公爵家には相応しくないと。
「18になるまでに、お前は基本的なことをすべて身につけなくてはならない。できないとは言わせん」
革の眼帯を付けた僕に、祖父は重々しく告げる。異論も反論も封じるように、まるで使用人に命令を下すように。
「18になったら、お前を後継として社交界に出さねばならん」
僕はただ頷く。
「お前は幼い頃の病により右目を損ない、遠方の環境の良い場所で療養していたということになっている。その眼帯を取ることは許さん」
狭くなった視界は、そのまま狭くなった僕の世界のようだ。
「教育はすべて執事長のケインズと家令のモリスに任せてある。他にも幾人かの教師を付けてやろう。お前は我が公爵家に相応しい人間となるのだ」
僕は俯いたまま、祖父の言葉を聞く。
──と、いきなり短杖の先でぐいと顎を持ち上げられた。
「公爵家の人間が下を向くことは許さん。常に相応しい態度を取れ」
「……はい」
くっと手を握り締めて、睨みつけるように祖父を見返す。祖父の顔には何の感慨も無く、ただ、拾った野良犬を血統の良い犬に見せかけなければならないことへの煩わしさが、目に浮かんでいるだけだった。
……僕がいなければ、本当は困るくせに。
本当なら、僕に縋って頼み込む立場なのは、祖父のほうなのではないか。
僕がいつ、ここに戻りたいと言った。
18まで1年足らずの間、領内や屋敷の采配のしかたや人の動かし方、貴族たちのパワーバランスや関係、それに社交のやりかた……そういったものを必死に学んだ。他人の口から出る言葉に隠された真の意味はどうなのかを伺い、わずかな動作や表情の変化からの真意を推測する方法もだ。
いずれも、貴族の付き合いには必須なものばかりで、それができなければ侮られて陥れられて終わるだけなのだ。たとえ、この国で最上位の貴族であるラエスフェルト公爵家であっても。
そんなもの知らない、貴族になんかなりたくないと思っても、僕に与えられた選択肢は他に何もなかった。できることならまた……けれど、ケリーにも捨てられて、僕の行ける場所なんて本当になくなってしまったのに、いったいどこへ行こうというのか。
18になった日、僕のお披露目を兼ねた盛大な夜会が開かれた。
貴族らしい薄い笑みを顔に張り付かせ、祖父のあとについて様々な貴族へ紹介され、繋ぎを作る。
僕には婚約者もまだだと見てか、多くの令嬢たちとも引きあわされた。まるで見世物か何かのようだと考えながら、当たり障りなく社交辞令で躱す。
「今日は、東国から外遊中の王族も招いている。しくじるなよ。うまくやれば、お前の相手となるのだからな」
言われて、示された方向へと目をやると、確かに荒地の向こうに広がる“嵐の国”、ストーミアン王家の特徴を持った姫がこちらへと向かって来ていた。高く結い上げた艶やかな黒髪に、染めと刺繍による大輪の花模様も艶やかな、東国風の変わったデザインのドレスを纏う美姫だ。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
僕の前まで来た姫君は、ドレスの裾を軽く摘み、優雅に軽やかに腰を落として淑女の礼を取った。
「わたくしはフェリシア・ストーミアン。遠く東の“嵐の国”より参りました。王の末妹にございます」
「はじめまして、エヴァレット・ラエスフェルトです」
僕も王族へと向ける礼で返し、差し出された手を取って軽く口付ける。
ストーミアン王家特有の翠玉の目がにっこりと微笑み、なるほど、これが竜の血を引き継いでいることの証なのかと考える。
「フェリシア殿下には、楽しんでいただけていると良いのですが」
「ええ、もちろんですわ。我が家につたわる旅行記には荒地の向こうのこともいろいろと綴られていましたから、とても楽しみでしたの」
「それは良かった」
貼り付けた笑顔のまま、他の貴族と同様、当たり障りのないやり取りを交わす。だが、姫君はなぜか軽く首を傾げて……ちょうど他の客に声を掛けられた祖父が僕のそばから離れるのを見計らうように、口を開いた。
「エヴァレット様は……」
フェリシア姫は、何かを考えるように口元に扇子をあてる。
「なんだか、唯一と定めた番を亡くしてしまった竜のようですのね」
「え?」
思わぬことを言われ、取り繕うことも忘れて僕は目を瞠ってしまう。
「失礼なことでしたら申し訳ありません。けれど、そう感じましたの」
「いえ……」
少し考えても気の利いた答えなど何も浮かばない。いったい、姫君はなぜそんなことを言い出したのか……そこまで考えてもういちど微笑みを貼り付け直し、小さく肩を竦めるだけに留める。
「当たらずとも遠からず、かもしれませんよ」
「まあ」
姫君は不思議そうに、また、首を傾げた。
「フェリシア姫はどうだった」
「どう、とは?」
「かの姫は“嵐の国”の悪魔祓いの女王と聖なる守護竜の血筋だ。あの血が入れば、お前のその目の禍など問題ではなくなる」
僕は叫び出さないようにしっかりと口を噤み、奥歯をギリと噛み締めた。
祖父はそんな僕をじろりと見やる。
「それとも、あの女が忘れられないとでもいうか。あの平民の薬師ふぜいを」
「……何を」
「お前の動向など、抑えていなかったわけがなかろう」
やはり、全部知ったうえで放置していたのか。
疫病のせいで、僕しかいなくなってしまったから仕方なく呼び戻したけれど、そうでなければそのまま捨て置くつもりだったのか。
「妾として置くにしても、あれは身分が低すぎる」
……妾? ケリーを、妾だって?
すっと頭が冷える。ケリーを妾だなんて、とんでもない。
「……そうですね」
僕の返答を逆に取ってか、祖父は「わかっているなら構わん」と頷いた。
そこから数日後。
祖父はフェリシア姫を屋敷へと招待した。表向き、国賓たる姫を第1位の貴族であるラエスフェルト公爵家がもてなす……ということだったが、本格的にフェリシア姫を僕にあてがおうと考えたのだろう。
不自然なほどに人が来ないテラスでの茶会に、何と切り出したものかと考える。家格からすれば、王族である姫君のほうが上だ。
ところが、フェリシア姫は、驚くほどに思い切りの良い女性だった。
「エヴァレット様、単刀直入に申し上げますわ。わたくし、他の女性を心の内に住まわせている方に嫁ぐ趣味はありませんの」
にっこりと艶やかな微笑みを浮かべたまま、姫君は言葉通り率直に言ってのけた。僕は思わず目を丸くする。
貴族どころか王族の姫が、こうも取り繕わないなんて。
ひとつ息を吐いて、僕は仮面でない苦笑を浮かべた。
「僕も、彼女以外を迎える気はありません。
……ですが、今の僕にはあまり選択権がないんです。できれば、姫のほうから断ってくださるとありがたい」
「ええ、構いませんわ。理由はいかがいたしましょう」
「お好きなように。祖父の反応など気にせず、顔が気に入らないでもなんでもあげつらってください」
「まあ」
何かいたずらでも思いついたかのような表情で、姫君は楽しそうに笑った。
「では、わたくし、“エヴァレット様はどうにも線が細くて弱そうね。もう少し偉丈夫な方でないと嫌だわ”と我儘を言うことにいたします」
「よろしくお願いします」
姫君の言葉に、僕もくすりと笑ってしまった。
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