家出少年と錬金術師

ぎんげつ

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6.ラエスフェルト公爵

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 ストーミアン王家の姫君とは、それから数度のやりとりがあった程度だ。
 彼女とは、たぶん、友人にはなれるのかもしれない。だが、祖父の望むものは友人という地位ではない。
 祖父を通した婚約の申し込みに、姫君からはあらかじめ述べていたとおりの断りの返事が戻ってきた。
 祖父は苦々しげにじろりと僕を睨む。
 だが、「お話をした時には、悪くないと感じたのですが」と残念そうな表情を作れば、それ以上は何も言わなかった。



 僕は、祖父のやり方を真剣に学んだ。

 人を自分につける時にはどうするか。敵と判断したものをこちらの手を下したと悟らせず潰すにはどう運べばいいか。
 飴と鞭のひけらかし方。相手の弱いところを掴む方法。さりげなく自分が持つものをちらりと見せるタイミング。
 それに、祖父の持つ“伝手”の掌握と、自分だけの“伝手”の入手。
 単なる“公爵家の当主に相応しい貴族”となるだけでは到底足りないのだ。祖父のやり方を知らなければ、僕は潰されるだけだろう。
 僕は彼の一挙手一投足、考え方や判断基準に注目し、ひたすらに学んだ。1日でも早く祖父のやり方をすべて盗み、彼からすべてを取り上げなければいけない。
 経験不足を理由に、まだ爵位を継ぐわけにはいかないと、僕は爵位の継承も結婚も先延ばしにしたまま、必死に祖父のすべてを学んでいった。



「公爵閣下は、いかがですか」
「近頃は気分が良いという日が続いておりまして、ようやく小康状態というところでしょうか。このまま回復に向かってくれるとよいのですが」
 祖父の見舞いに訪れた客人に、かすかに微笑んでそう答える。

 冬も半ばを過ぎ、そろそろ季節の変わり目へと差し掛かった頃、いちど体調を崩した祖父はそのまますっかり寝付くようになっていた。

「エヴァレット様も大変ですな」
「いえ、大変なことなど何も。僕はまだまだ若輩者ですし、祖父に教えてもらわねばならないことも、皆様から学ばねばならないことも多いのです。
 祖父には早く良くなってもらわないと」
 眉尻を下げ、溜息混じりに心細げに呟けば、彼は「何かあった折には、私も助けとなろう」と頷いた。
 それからも、客人の心遣いに感謝し、祖父との面会が叶わないことを詫び、どうかこれに懲りず、また訪ねてほしいと返す。
「今日も閣下に会えなかったのは残念だが、次に来た時には会えるほどに回復しているよう、太陽神に祈っておくよ」
「ありがとうございます。お心遣いには、祖父もきっと喜ぶでしょう」
 客人と笑顔で握手を交わし、見送って……また部屋へと戻ったところで、顔に貼り付けていた笑みを消した。
「お祖父じいさまは?」
「エヴァレット様をお呼びです」
「そう」
 ふん、と鼻を鳴らしてめんどうだなと呟く。

 客人にはああ言ったが、祖父から得られるものなど、この5年あまりでほぼあらかた学び終えてしまった。この家や領地のことも、既に僕の手の内だ。
 使用人も少しずつ入れ替えていった。
 もちろん、祖父の腹心だった家令も執事長も既にいない。今残っているのは皆、僕が選んだものばかりだ。
 あとは爵位を継ぐタイミングか。

「お祖父さま、お呼びと伺いましたが」
 あ、う、と呻くような声とともに枯れ枝のような腕を突き出して、祖父が僕に手を差し伸べる。その手を取った僕は顔に笑みを貼り付けた。
「何かお気に召さないことでも?」
 ふるふると頭を振り、祖父は水差しへと指を向ける。
「ああ、水が飲みたいのですね?」
 水差しを取ってにっこりと微笑めば、こくこくと子供のように頷いた。
 僕は水差しの中身をゆっくりカップに注ぎ入れる。祖父は僕の手元をじっと食い入るように見つめる。
 その必死な表情がおかしくて、僕はついくすくすと笑ってしまう。
「さあ、どうぞ」
 身体を起こしてやると、差し出されたカップを震える手で受け取った。中に満たされた水を確認すると目を細め、少しずつ舐めるように啜り始める。
 ……えもいわれぬ幸福感を滲ませた、満足げな笑みを浮かべて。
「それほどまでに、これがお気に召したんですね」
 僕が耳元で尋ねると、祖父は唸るように声を絞り出し、蕩けるように笑う。



 最初は、確かに季節の変わり目で体調を崩しただけだった。

 魔法薬を飲むまでもなくすぐに回復するはずだったのに、祖父はどんどん身体を弱らせていく。このままではいけないと、とうとう大地の女神教会への多額の寄付と引き換えに、病に効く魔法薬を手に入れた。
 だが、その時既に、祖父は起き上がることさえ困難なほどに弱っていて……結局、病でない、単なる老齢からくる衰えには、魔法薬は効かないのだ。
 もともと、皆が……医師すらもそう判断していたのに、もしかしたらと言って無理に魔法薬を使ったのは、僕だった。まだ祖父には元気でいてもらわないと困ると言って、僕は高額な寄付を教会に納め、祖父に魔法薬を飲ませたのだ。
 無駄に終わるなんて、最初からわかっていたことなのだが。

 祖父はもう高齢だ。僕という後継が、その地位にふさわしい能力を身につけたことで後顧の憂いがなくなり、気が抜けていっきに歳を取ったのだろう。

 ……と、皆は考えている。

 魔法薬が効かないのは当然だろう。
 病でないものに、病を癒す薬は効かない。
 僕は笑いながら、祖父に水をもう1杯勧めた。
 祖父はわずかに頷いて、カップを差し出した。

 ケリーの元で学んだ薬草には、様々なものがあった。
 確かに素晴らしい薬効があるのに、依存性や副作用がひどすぎて、とても処方などできないものも多かった。

「お祖父さま。ある種の植物には、苦しさを紛らわせる代わりにひどい習慣性を持たせるような薬になるものがあるんですよ」
 一心不乱に水を舐める祖父に、僕の声は聞こえているのだろうか。
「お祖父さまの知らないような下々のものには、そういう薬にすっかりはまり込んでしまい、身を持ち崩すものも少なくありません」
 カップの水を飲み干し、名残惜しそうに舌を伸ばす祖父の姿に、また僕は笑ってしまう。かつてのラエスフェルト公爵は、今や立派な廃人だ。
「おやおや、お祖父さま、まだ足りませんか? ですが、飲み過ぎはあまりよくありませんよ。これ以上は身体を損ねてしまいます」
 祖父は不満げに鼻を鳴らす。
 いやいやと首を振り、もっとくれとカップを僕の手に押し付ける。
 僕はくすくすと笑いながら、「しかたありませんね」と、また水を注ぐ。

 もちろん、祖父がこうなった原因は、僕が与えたものだ。
 だが、この屋敷には僕を咎めるものなど既に存在しない。

 それから数ヶ月と持たず、ラエスフェルト公爵は“老衰”で死んだ。
 僕は、“ラエスフェルト公爵”となった。



 祖父が倒れてすぐ、僕はあの町へと人をやっていた。
 ケリーの様子を調べさせるためだ。
 調査が終わるまでずっと、もしケリーに誰か男が現れていたらと想像しては、腹の底が熱く沸き立つほどの息苦しさに襲われていた。
 だが、それは杞憂だった。

 ケリーはひとりのまま、以前と変わらずにあの町で薬師を続けていた。
 僕はほっと胸を撫で下ろす。

 祖父の目があったころは、ケリーの様子を探るどころではなかった。だが、ようやく祖父が消えて爵位を継いだ今なら、探る以上のことすら可能だ。
 ケリーには、僕だけがいればいい。
 ケリーの前にいる者が僕だけになれば、ケリーは、今度こそ、僕だけのものになるのではないか。

 準備を整えて、僕はケリーへ迎えを送る。
 僕だと気づかれないよう、依頼を装い家名を伏せて、ここへと連れてくる。
 あらかじめケリーのためだけに用意した茶を出すようにと申し付けて、到着した彼女へと供させる。

 ケリーは僕を見て驚くだろうか。

 この一角には僕が呼ぶまで誰も近づかないようにと言いつけ、扉を開けた。
 茶に付けた花のような香りが鼻腔をくすぐる。
 ケリーは、あのお茶を飲んでくれたのか。
 長椅子に腰掛けたケリーの姿に、心が躍る。

「ケリー」

 前に立った僕を見上げて、ケリーは驚きに目を見開いた。

「エヴ」

 ケリーが僕を呼んだ。
 ケリーは僕を忘れていなかった。

 膝をつき、ケリーの身体を抱きしめて、「会いたかった」と囁く。
 あの日から、いったい何年かかったのだろう。
「もう、絶対にあなたを離しません」
 そう言って、ケリーの唇を塞ぐ。
 甘い花の香りを感じて、僕は目を細める。
 ケリーの喉から、明らかに欲情のこもった声が漏れた。

「ケリー、僕とはじめて出会った日のことを覚えていますか?」

 唇を啄ばみ、僕が蕩けるように微笑むと、ケリーはおどおどと目を泳がせた。
「エヴ? 覚えてる、けど……」
 ケリーが熱のこもった吐息を小さく漏らして、僕は笑みを深くする。
 顔を赤らめ、僕の手を逃れようとでもいうのか、ケリーは少し俯いて、わずかに身体をよじらせる。

 僕が「ケリー」と囁いて耳朶を食むと、身体がびくりと震えた。
 今度こそ、隠しようのない熱を伴った吐息とかすかな声が、その喉から漏れ出した。ケリーの身体の中心で心臓がどくどくと激しく脈打つのを感じる。
 もういちど唇を重ね、口の中を蹂躙する、
「ん、ふ、んんっ」
 ケリーの身体がじんわりと汗ばみ、びくびくと震えだす。背を撫でると、堪えきれないとでもいうように身体を揺らし、押し付けてくる。
「ケリー、僕が欲しいですか?」
 しっかりと抱いたまま、囁くように尋ねて、唇をぺろりと舐める。
 ケリーの目は揺れていた。
 情欲に潤んで、目元をすっかり赤くして、忙しなく息を吐いて、絡めた舌を喜んで貪るくせに、その目は揺れていた。
 ケリーの身体をぐいと引き寄せて、僕の身体に押し付ける。指先で背を撫でて、首に軽く口付け、舌を這わす。
「ケリー、僕を欲しいと言ってください」
 ちゅ、ちゅ、と首を吸いながら、僕は囁く。
 ケリーの息は、ますます荒くなっていく。
「ケリー。我慢なんてしないで」
「あ……あっ、エヴ、だけど……あっ」
 ケリーの言葉を遮るように、喉に口付ける。
 どうにか堪えようとしてか、ぎゅっと目を瞑るケリーの鎖骨に舌を這わせ……それから、服越しにもわかるほどに立ち上がった胸の先に、くすりと笑った。
「ケリー、さあ、僕を欲しいと、言葉にしてください」
 服越しに固くなった尖を舐る。
 ケリーは口をぱくぱくとさせて喘ぎ、脚を擦り合わせる。
「ふ、あ、あ……」
「ケリー?」
 服の前を開き、零れ出た乳房を舌で舐めあげた。
 尖ったところには触れないように、ゆっくりと舌で愛撫して……胸を差し出すように背を反らすケリーに笑いながら、僕は歯を立てて思い切り尖を噛んだ。
 ケリーの身体が大きく跳ねあがる。
「う、あっ、あああっ!」
 くすくすと笑う僕を、ケリーは涙に濡れた目で見つめる。
「ケリー、僕が欲しいでしょう? なら、きちんと言葉にしてください」
 片手をケリーの脚の間へと差し入れた。邪魔な下着を取り払い、もうぐずくずに濡れてしまった場所をゆるりとなぞる。
「あっ、あ……エヴ……ああっ」
「ケリー」
 ゆるゆるとした弱い刺激だけでは、満足には程遠いのだろう。
 押し付けてくる腰から逃げるように手を引くと、ケリーは焦燥の色すら滲ませて、僕に縋り付いてきた、
「ケリー、僕が欲しいですか?」
「あ……ほ、ほしい。エヴ、ほしい……っ」
 とうとう口にされた言葉に、僕はうっとりと微笑む。
「ちゃんと言えましたね、ケリー……ああ、あなたを愛してます」
 僕はケリーにキスの雨を降らせる。身悶える彼女の乳房を舐め、吸い、前を寛げた僕は、彼女の中をひと息に貫いた。


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