神託の乙女になりました

ぎんげつ

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四日目 ー4

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 部屋の扉は開けたまま。
 そのすぐ外から仁王立ちでこちらを見ているカイルをちらりと見やって、アートゥはまたくすくす笑う。

「すごいな、君の忠犬は。今にも飛びかかって噛みつきたそうに僕を見てるよ」
「あの、それで、取引って……」
「たいしたことじゃないよ。とっても簡単なことさ」

 アートゥはあくまでも軽い調子だ。

「僕は君たちに興味はないけど、君たちがこれから作る物語にはとても興味がある。
 だから、君の旅が終わったら、またここへ来て君の物語を語ってほしい」
「え、それで……?」
「旅をしない詩人は、いつだって物語に飢えているんだ。僕はもう主人を決めたから、ここから動くつもりはないんだよ。
 君たちの物語の最初の聴き手になり語り手になるという名誉を僕にくれるなら、君が望む情報は全て渡そう。どうだい?」
「それなら――」

 少し考える。私の物語というのは……私に起こったいろいろな出来事を、最初に彼に話せばいいということだろうか。

「それでいいなら、喜んで」
「じゃあ、君の名前に誓って」
「……ええと、私、長嶺瑠夏は、吟遊詩人のアートゥを、私の物語の最初の聞き手かつ語り手にすることを誓います」

 つい片手を上げて宣誓のように言葉を述べる私に、彼は満足そうに微笑んだ。

「よし、取引成立だね。
 そろそろ君を返さないと、いい加減本当にかみつかれそうだ。彼を呼んでおいで」

 私は、睨むようにじっとこちらを見ているカイルを振り向いた。それからもう一度アートゥに視線を戻し、ぺこりとひとつお辞儀をする。

「ありがとう」
「あ、そうそう」

 歩き始めた私の腕がいきなり後ろに引かれてバランスを崩した。そのまま倒れこむ私は、けれどすぐアートゥに抱きとめられた。
 慌てて身体を起こそうとするのに、抱きすくめるアートゥの腕は緩まない。
 そんな私の頭の上でくすりと笑って彼が屈む気配がした。

「“神託の乙女”、君は善いものも悪いものも、極端なものほど引き寄せるみたいだ。あそこの“翼持ち”の聖騎士様がいい例だよ」

 耳元で囁いて私の身体を離すと、彼は声を上げて近づいてくるカイルにちらりと視線を投げ、にやりと笑い……いきなり私を上向けて額に口付けた。

「だから、気をつけてね。
 悪魔王は確実に君を狙ってるんだろう。君は心を強く持つ……いや、それよりも、君はひとりじゃないことを知るといい。
 君に善き神々の加護があることを祈ってるよ」

 その“悪魔混じり”の詩人の声は、さっきまでとは違い、優しい響きを持っていた。
 思わず見上げれば、またにやりと笑ってひとつウィンクを返し、今にも剣を抜こうといきり立つカイルへ乱暴に私を押しやる。
 そして、へらへらと笑って「ああ怖い」と肩を竦めた。

「残念ながら、僕と彼女の間ですでに取引は成立している。その内容は秘密だよ。だけど、僕はその取引に従って君たちが望む情報はなんでも渡すと約束した。
 ──ね、ルカちゃん?」

 頷く私を背中からしっかりと抱きしめて、カイルは私とアートゥを見比べる。



「それで、彼から聞き出せたのは、私が“贄の乙女”って呼ばれてることと、儀式の詳細はジャスパーっていう魔術師が詳しいことと、あと……」
「奴らが本拠にしてると思しき場所だ」
「なるほど……その話だけでも、いい予感が全くしないわね」

 私とカイルがあの詩人から聞いたことを話すと、イリヴァーラとヘスカンは何かをじっと考えているようだった。

「変人魔術師か……正直、伝手を探していたところだから助かったけど」
「変人なんですか?」
「そう言われてるわね。“神混じり”なのに全然らしくないって」

 イリヴァーラは、何をどう聞くか今から考えないとと呟く。

「“神混じり”なら、教会には協力してくれるんじゃないのか?」
「甘い、甘いわカイル。
 “神混じり”のくせに神官でも司祭でもなく魔術師って時点でお察しよ。
 しかも、一般人から変人だと思われてる魔術師さえ彼を“変人”と呼ぶのよ。ただの人の好い“神混じり”なわけないでしょう?」

 イリヴァーラにびしっと指差されたじたじとなるカイルの横で、ヘスカンはうんうんと頷く。

「それで、イリヴァーラ。
 詩人さんから言われたんだけど、その魔術師がへそ曲げないように、私ともうひとりくらいで行くのがいいだろうって」
「なら、明日はルカと私で魔術師訪問ね」
「僕が行く。そんな魔術師なら、なおさらだ」
「だめ。あなた魔術師と話ができるの? 肝心なとこ聞けなかったら無駄足になるのよ」
「でも」
「まあまあ、ここはイリヴァーラの言うとおりだよお? 忠犬カイルくんは、あたしと一緒にお留守番しよう?」

 ナイアラがカイルの背をぽんぽんと叩くと、イリヴァーラが飲み物をぶっと吹き出してしまった。

「何それ」
「あ、あ、ナイアラ、それは……」
「詩人くんが言ってたんだよお。忠犬ぶりがすごいねって」

 カイルの機嫌は、急降下したまま戻ってこなかった。
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