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五日目 ー2
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泣きそうなくらい目を潤ませてイリヴァーラを見ると、「大丈夫よ」と背をとんとんと叩かれた。
「ジャスパー殿、この子をからかうの、やめてあげてください」
「でも、イリヴァーラ、私……」
「ちょっとだけ動悸を起こさせる薬草と、体温を上げる薬草が入ってるだけ。身体に影響はないわ。すぐに治まるから、落ち着きなさい」
「ほんとに?」
「ええ」
「彼女の言うとおりだよ。
アートゥからすごく可愛い子が行くよと聞いててね、楽しみにしてたんだ」
はは、と笑う彼が、イリヴァーラの話していたとおり、確かに“変人と言われる魔術師からすらも変人と言われる魔術師”なのだと、心の底から納得できた。
初対面の客にこんな茶を出していたずらするのだ。変人以外に何と呼べばいいのか。
「それで、私たちの聞きたいことには答えてもらえるのかしら」
「いいよ。お茶を飲んでくれたこの子に免じて何でも答えよう。私にわかることであれば、だがね」
ほう、と息を吐いて、イリヴァーラは「では、蝕の夜に、悪魔王はこの子を使って何の儀式をやろうとしているのかしら」と尋ねた。
「蝕……というと、5日後の、ふたつの月が欠ける日のことだね」
私をちらりと見て頷いたイリヴァーラは、触がいつ来るのかを既に知っていたようだった。
しかも5日後なんて。
思ったよりもその日がずっと近かったことに身体が強張ると、イリヴァーラにまた背中をとんと叩かれた。
「実は、さる筋からこういうものを手に入れてあるんだ」
そう言いながらジャスパーが取り出したのは、何やら気味の悪い装飾が施された装丁の、古ぼけた書物だった。
いったい何だろうと首を傾げる私の横で、イリヴァーラが瞠目し、口をぱくぱくと開け閉めする。
「それ……まさか……本当に、実在、するなんて……」
「イリヴァーラ、知ってるの?」
イリヴァーラは大きく何度も深呼吸を繰り返して、「ええ」と頷いた。
「さすがに写本だとは思うけど――記憶に間違いがなければ、あれは“穢れし夜の儀典”と呼ばれる邪悪な神々のための儀式や典範を記した本よ。
一説には、ある狂った魔術師が悪なる神々から直接聞き出して記した魔書だとも言われているの」
震える声で話すイリヴァーラに対して、ジャスパーはぱちぱちと手を叩きそうな笑顔で頷いた。
「大当たり。さすがだね。
もっとも、これはそのさらに一部分を抜粋して写したものだから不完全だけど、それでもこれ自体が力を持っている。ああ、だからうかつに触っちゃだめだよ」
「頼まれたって触りたくないわ。あなたはそんなものを持っていて平気なの?」
「一応対策はしてるよ。それで、この本に抜粋されていたのは何かというと……悪魔王自身を召喚する儀式の方法なんだ」
悪戯っぽくにやりと笑って本を掲げるジャスパーの言葉に、イリヴァーラがひゅっと音を立てて息を呑む。
「それを、蝕の夜に、この子を使ってやろうっていうの?」
「その線が濃厚……なんだけど、今ひとつ腑に落ちなくてね」
「腑に落ちない?」
怪訝そうに繰り返すイリヴァーラに、ジャスパーは不意に真剣な顔を作った。
「悪魔王にしては、わかりやす過ぎると思うんだ」
「あの……わかりやすいと、何か問題があるんですか?」
おずおずと尋ねる私に、ジャスパーはまた微笑む。
「悪魔王っていうのはね、もともとは“九層地獄界”のある階層を支配する、ただちょっと力の強い大悪魔のひとりでしかなかったんだ。
それが、大災害のどさくさに他の大悪魔を押し退け、善悪問わず数いる神々を謀って神の1柱となりおおせたんだと言われている。一説には、大災害の原因になった事件すら、悪魔王の唆しによるものだって説があるくらいだ。
その神が、“自らを召喚させる方法”なんてつまらないものを教えて記させると思うかい?」
「でも、悪魔王がここに現れたら、すごい災いになるんじゃ?」
「あともうひとつ。どうも皆忘れてるんじゃないかと思うけど、悪魔王はもう悪魔じゃない。神だよ? 神は召喚するものじゃないだろう?」
「あ」
おもしろそうにそう語るジャスパーに、確かに、神の召喚なんて聞いたことがないと思う。
「じゃあ、何をやろうとしてるというの?」
「さすがに私でも、この本を本気で解読するのは危険すぎて、よくわからないんだ」
肩を竦めるジャスパーに、イリヴァーラは、はあ、と大きく息を吐いた。
「まあ、今できる確実なことは、蝕が終わるまで逃げ切ることかな。次点は贄の資格を失くすことか……」
今度は私がひゅっと音を鳴らして息を吸い込んだ。
教会でもカルトでも、“乙女”と言う称号なのは意味があるんじゃないかと頭の片隅でひっそりと考えていた。
“乙女”という呼び方には、ちゃんと理由があるんだと。
つまり、なんというか、私が“純潔”であることが求められてるんじゃないかって。もう25なのに、私がここにいるのは、もしかしてそれが原因なんじゃないだろうかと。
口をぱくぱくさせて、それからごくりと喉を鳴らす私を、イリヴァーラとジャスパーがいったいどうしたのかと見る。
「し、資格って、その、そ……もしかして、その、“乙女”って、ところ、とか、ですか」
イリヴァーラの顔からさあっと血の気が引いて、ジャスパーがぶふっと吹き出した。
「ジャスパー殿、この子をからかうの、やめてあげてください」
「でも、イリヴァーラ、私……」
「ちょっとだけ動悸を起こさせる薬草と、体温を上げる薬草が入ってるだけ。身体に影響はないわ。すぐに治まるから、落ち着きなさい」
「ほんとに?」
「ええ」
「彼女の言うとおりだよ。
アートゥからすごく可愛い子が行くよと聞いててね、楽しみにしてたんだ」
はは、と笑う彼が、イリヴァーラの話していたとおり、確かに“変人と言われる魔術師からすらも変人と言われる魔術師”なのだと、心の底から納得できた。
初対面の客にこんな茶を出していたずらするのだ。変人以外に何と呼べばいいのか。
「それで、私たちの聞きたいことには答えてもらえるのかしら」
「いいよ。お茶を飲んでくれたこの子に免じて何でも答えよう。私にわかることであれば、だがね」
ほう、と息を吐いて、イリヴァーラは「では、蝕の夜に、悪魔王はこの子を使って何の儀式をやろうとしているのかしら」と尋ねた。
「蝕……というと、5日後の、ふたつの月が欠ける日のことだね」
私をちらりと見て頷いたイリヴァーラは、触がいつ来るのかを既に知っていたようだった。
しかも5日後なんて。
思ったよりもその日がずっと近かったことに身体が強張ると、イリヴァーラにまた背中をとんと叩かれた。
「実は、さる筋からこういうものを手に入れてあるんだ」
そう言いながらジャスパーが取り出したのは、何やら気味の悪い装飾が施された装丁の、古ぼけた書物だった。
いったい何だろうと首を傾げる私の横で、イリヴァーラが瞠目し、口をぱくぱくと開け閉めする。
「それ……まさか……本当に、実在、するなんて……」
「イリヴァーラ、知ってるの?」
イリヴァーラは大きく何度も深呼吸を繰り返して、「ええ」と頷いた。
「さすがに写本だとは思うけど――記憶に間違いがなければ、あれは“穢れし夜の儀典”と呼ばれる邪悪な神々のための儀式や典範を記した本よ。
一説には、ある狂った魔術師が悪なる神々から直接聞き出して記した魔書だとも言われているの」
震える声で話すイリヴァーラに対して、ジャスパーはぱちぱちと手を叩きそうな笑顔で頷いた。
「大当たり。さすがだね。
もっとも、これはそのさらに一部分を抜粋して写したものだから不完全だけど、それでもこれ自体が力を持っている。ああ、だからうかつに触っちゃだめだよ」
「頼まれたって触りたくないわ。あなたはそんなものを持っていて平気なの?」
「一応対策はしてるよ。それで、この本に抜粋されていたのは何かというと……悪魔王自身を召喚する儀式の方法なんだ」
悪戯っぽくにやりと笑って本を掲げるジャスパーの言葉に、イリヴァーラがひゅっと音を立てて息を呑む。
「それを、蝕の夜に、この子を使ってやろうっていうの?」
「その線が濃厚……なんだけど、今ひとつ腑に落ちなくてね」
「腑に落ちない?」
怪訝そうに繰り返すイリヴァーラに、ジャスパーは不意に真剣な顔を作った。
「悪魔王にしては、わかりやす過ぎると思うんだ」
「あの……わかりやすいと、何か問題があるんですか?」
おずおずと尋ねる私に、ジャスパーはまた微笑む。
「悪魔王っていうのはね、もともとは“九層地獄界”のある階層を支配する、ただちょっと力の強い大悪魔のひとりでしかなかったんだ。
それが、大災害のどさくさに他の大悪魔を押し退け、善悪問わず数いる神々を謀って神の1柱となりおおせたんだと言われている。一説には、大災害の原因になった事件すら、悪魔王の唆しによるものだって説があるくらいだ。
その神が、“自らを召喚させる方法”なんてつまらないものを教えて記させると思うかい?」
「でも、悪魔王がここに現れたら、すごい災いになるんじゃ?」
「あともうひとつ。どうも皆忘れてるんじゃないかと思うけど、悪魔王はもう悪魔じゃない。神だよ? 神は召喚するものじゃないだろう?」
「あ」
おもしろそうにそう語るジャスパーに、確かに、神の召喚なんて聞いたことがないと思う。
「じゃあ、何をやろうとしてるというの?」
「さすがに私でも、この本を本気で解読するのは危険すぎて、よくわからないんだ」
肩を竦めるジャスパーに、イリヴァーラは、はあ、と大きく息を吐いた。
「まあ、今できる確実なことは、蝕が終わるまで逃げ切ることかな。次点は贄の資格を失くすことか……」
今度は私がひゅっと音を鳴らして息を吸い込んだ。
教会でもカルトでも、“乙女”と言う称号なのは意味があるんじゃないかと頭の片隅でひっそりと考えていた。
“乙女”という呼び方には、ちゃんと理由があるんだと。
つまり、なんというか、私が“純潔”であることが求められてるんじゃないかって。もう25なのに、私がここにいるのは、もしかしてそれが原因なんじゃないだろうかと。
口をぱくぱくさせて、それからごくりと喉を鳴らす私を、イリヴァーラとジャスパーがいったいどうしたのかと見る。
「し、資格って、その、そ……もしかして、その、“乙女”って、ところ、とか、ですか」
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