神託の乙女になりました

ぎんげつ

文字の大きさ
17 / 33

六日目 ー1

しおりを挟む
「瑠夏はどこに行ったのかしらね」

 お母さんの声がする。心なしか、とても沈んだ声に聞こえる。私はここにいるのに、何を言ってるんだろう。

「……捜索願、出すか」

 お父さんも何を言ってるの? 私、ちゃんといるじゃない。

「誰かと駆け落ち――何てこともないか」
「駆け落ちも何も、うちの誰かがお付き合いを反対なんて、するわけないのに?」
「ほら、相手の家が、とかさ」
「そもそも、あの子付き合ってる人いた? それに、アパートの荷物、全部そのままだったじゃないの」

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、駆け落ちなんて……カイルがそんなことするわけないじゃない。
 だって違うんだから。
 だって、カイルは、私が……だから助けてくれているだけで。だから、違うもの。だから、違う。

 ──なら、私はどう?

 誰?
 私なら、君が君であるだけで良いよ。

 がばっと起き上がり、きょろきょろと周りを見回して、最後にはあっと大きく息を吐いた。
 なんだろう、すごく恐ろしい夢を見た気がする。じっとりと汗をかいていて、心臓が早鐘を打つようにドキドキとしていて……窓を見れば鎧戸の向こう側は暗く、まだ日が昇ってはいないのだとわかる。

 もう一度寝ようかと思ったけれど、汗が気持ち悪いし、目も冴えてしまった。
 このまま起きることにして、ナイアラとイリヴァーラを起こさないようにそっとベッドを抜け出し、細く窓の鎧戸を開けてみる。
 ちょうど東の空が白み始めたところだ。
 早朝のひんやりとした空気が顔に当たって気持ちいい。
 ちょっとお水を貰ってこようと、上着とブーツだけを身につけて、そっと部屋を抜け出した。



 宿の中庭には、客がいつでも使える小さな井戸がひとつある。
 水差しを持ってそこへ向かい、水を汲みながら、まだこの世界に来て6日目なのにずいぶん慣れてしまったんだなと考える。

 最初はちょっとした道具の使い方すらもよくわからなかったのに、この宿にあるものならなんでも使えるようになってしまった。
 着替えだって、もうイリヴァーラの手伝いがなくても手早く済ませられる。

 でも、それももうすぐおしまいだ。
 蝕を無事に凌げば家に帰れるんだから。

 そこまで考えて、なぜだか心臓のあたりが痛んだ気がした。

 イリヴァーラはお姉ちゃんみたいにあれこれと心配してくれる。ナイアラとは仲良しの友達みたいにいろいろな話をできるようになったし、ヘスカンは頼れるお父さんかお兄ちゃんみたいだと思う。

 そしてカイルは……カイルはどうなんだろう。

 こんな、歳も上で、彼氏いない歴年齢の、変に拗らせてる自分なんかめんどうくさいだけだろう。
 いや、そもそもそれ以前なのに、私は何を期待してるのか。

 それに、蝕が終わっていろいろカタがついたら、こんな状況もおしまいだ。
 私は皆から離れ、家に戻れるまでここでひとり、どうにか生活する方法を探さなきゃならない。さすがにそこまで面倒を見て欲しいなんて、図々しすぎると思う。

「ルカ、ずいぶん早いけど、どうしたの」

 カイルだった。

「カイルこそ、こんなに早くどうしたの」
「僕はいつもこのくらいには起きているよ。祈りの時間もあるしね」
「あ、そうか。私は、なんか目が覚めちゃったから」

 カイルもヘスカンも、そういえばいつも夜明けの頃に祈りの時間を作っているんだっけ、と思い出す。

「ちゃんと寝られているのかい?」
「うん、ちょっと夢見は悪いんだけど、ちゃんと寝てる」
「それならいいんだけど……あまり顔色が良くないから、あとでヘスカンに診てもらったほうがいい」

 どことなく怠いと感じていたのは、気のせいじゃなかったのか。

「今日は、出かけなきゃいけない用事もないし、イリヴァーラとヘスカンの図書館通いを待つだけだろう。宿でゆっくりしよう」

 こくんと頷いて、水差しを手に、また部屋へと戻った。


 今日はとても穏やかに晴れていた。
 ここに来てからあまり季節を気にしたことはなかったのだけど、今は夏に向かうとても気候のいい時期なのだそうだ。

 どことなく怠いのも顔色が冴えないのも、疲れてるからだろうというのがヘスカンの見立てだった。
 蝕が近いことも影響しているのかもしれないとも。

 だから、今日は1日宿でゆっくりするようにと厳命されてしまった。

 まあ、そんな日が1日くらいあってもいいかもしれない。カイルからこのあたりのことを聞きながら、食堂でのんびりとお茶を飲む。

 そこへふと何か感じて、私は周りを見回した。

「どうした?」
「見られてる気がしたの。カイルと一緒にいるからかな?」

 私の言葉にカイルもあたりを見回す。

「気になるものはないけど……嫌な感じだね」

 少しだけ怪訝そうに眉を顰めるカイルに、私は「私の気のせいだよ」と笑う。

「きっと、カイルみたいなきれいな天人といる地味な女は誰だって、誰かの気になっただけだって」
「ルカは、自分の価値をわかっていないね」

 むくれた顔でカイルが言う。

 ”私の価値”なんて言うほど、そんなたいしたものなんかないのにと、首を傾げて――ああそうか。私は“神託の乙女”だからか。

「そんなことはないよ。大丈夫、わかってるから」

 また笑う私に、カイルは「本当にわかってるのかな」と困ったように眉尻を下げた。
 大丈夫、ちゃんとわかってる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】異世界で勇者になりましたが引きこもります

樹結理(きゆり)
恋愛
突然異世界に召還された平々凡々な女子大生。 勇者になれと言われましたが、嫌なので引きこもらせていただきます。 平凡な女子大生で毎日無気力に過ごしていたけど、バイトの帰り道に突然異世界に召還されちゃった!召還された世界は魔法にドラゴンに、漫画やアニメの世界じゃあるまいし! 影のあるイケメンに助けられ、もふもふ銀狼は超絶イケメンで甘々だし、イケメン王子たちにはからかわれるし。 色んなイケメンに囲まれながら頑張って魔法覚えて戦う、無気力女子大生の成長記録。守りたい大事な人たちが出来るまでのお話。 前半恋愛面少なめです。後半糖度高めになっていきます。 ※この作品は小説家になろうで完結済みです

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです

籠の中のうさぎ
恋愛
 日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。 「はー、何もかも投げだしたぁい……」  直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。  十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。  王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。  聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。  そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。 「では、私の愛人はいかがでしょう」

処理中です...