神託の乙女になりました

ぎんげつ

文字の大きさ
29 / 33

十日目 -1

しおりを挟む
 頭がぼんやりとしている。

 昇り始めた月がふたつ、明るく周りを照らす。
 霞がかかったようにはっきりしない視界の中で彼がうれしそうに笑い、その皮の翼で私をぐるりと抱きこみ覆った。

「もうすぐ、彼らがここへ辿り着きますよ」

 彼が嬉しそうに囁く。

「そして、善き神の“愛し子”が、今日を境に悪魔王の忠実なるしもべへと変化を遂げるのです」
「かみの、いとしごが……」

 ただ繰り返し……その言葉が染みとおるにつれ、私の意識が覚め、はっきりとする。

 ──カイル、来ちゃいけない。こいつらが本当に欲しいのは私じゃない、カイルなんだ。


* * *


 洞窟の中を、次々襲いかかる悪魔王の信徒たちが邪魔をする。

「カイル、こいつら頭おかしいよお!」

 薄ら笑いを浮かべ、口々に“悪魔王アスモデウス”の名を讃えながら死んでいく彼らは、とても正気には見えなかった。
 後味の悪さだけがただ積もっていく。

「いったいなんなんだ、こいつらは」

 息を整え、汗を拭いながらぼそりと呟いた。
 得体の知れなさが、僕らをじわじわと消耗させていく。

「考えるのはあとよ。今はとにかくここを抜けるの」
「“占い”の神術にも、ここをできる限り早く抜けるのが吉と出ています。ルカは、おそらく抜けた先にいるのでしょう」

 イリヴァーラとヘスカンのふたりに背中を押されるように、僕らは先を急ぐ。
 だが、やはり信徒たちに阻まれる。

「こいつらは、自分の生命が惜しくないのか?」

 虚ろな目に喜悦だけを浮かべ、粗末な短剣ひとつで僕らへと襲い来る。
 その姿から、彼らは既に心というものを無くしているようにも思えて――ルカは大丈夫なのかと、不安だけが煽られる。

「悪魔と取引をしたものの末路、なのかなあ」
「そうかもな」
「カイル、ナイアラ、前空けて」

 ぼそぼそと話しながら進む僕とナイアラに、イリヴァーラが呪文の予備動作をしながら声をかける。
 すぐに端へと避けると、彼女は前方に向けて“雷撃”を放った。

「これで少しは進めるはず。憐れみをかけるのは後で、全部終わってからよ」
「では、とにかく、先へ行きましょうか」

 僕らは先を目指し、足を早めた。



 ようやく洞窟を抜ける頃には、すっかり日は沈んでいた。ふたつの月は、中天へと差し掛かり始めている。
 蝕が始まるまではあと僅か。
 洞窟にいた信徒どもの捨身の足留めは、彼らの目論見通りに、僕らを効果的に抑えていたようだ。

「ようこそ。“天使エンジェル”と“聖女”の息子にして善き神の一柱たる“正義と騎士の神”の聖騎士、“光齎すものライトブリンガー”カイル」
「“大災害”の後、悪魔王の腹心たる悪魔デヴィルと“魔女”が子を成したという話を聞いたことがあったが……それは、お前か、魔人カンビオン

 洞窟を抜けた先は荒涼とした谷底で、そこには“魔人”……皮の翼と角を持つ、穢れた悪魔の血を引く生き物がいた。
 にやにやと笑みを浮かべる半悪魔は、ルカを抱えてふわりと宙に舞い上がる。

「待て!」
「まずは、この者があなた方のお相手を」

 そう言って奴が手を振ると、硬い外殻に覆われた身体の、まるで昆虫を思わせる容貌の悪魔がギチギチと牙を打ち鳴らしながら湧き上がるように現れた。
 僕は思わず舌打ちをして剣を構える。

「カイル、あなたはルカを追いなさい。こいつは私たちでなんとかするから」
 イリヴァーラが僕の肩を引く。振り返ると、彼女はかぶりを振り、魔人の去ったほうを指差した。

「けれど、こいつは」
「ぐだぐだ言わず早く行く! 目算があるから行かせるのよ、仲間のことを信用なさい」

 そう言ってイリヴァーラが呪文を唱え始めると、ナイアラまでが「そういうことだからあ!」と僕の背中を思い切り叩いた。

「――わかった、任せる」

 少しだけ逡巡した後、僕は魔人を追って空へと飛び立った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】異世界で勇者になりましたが引きこもります

樹結理(きゆり)
恋愛
突然異世界に召還された平々凡々な女子大生。 勇者になれと言われましたが、嫌なので引きこもらせていただきます。 平凡な女子大生で毎日無気力に過ごしていたけど、バイトの帰り道に突然異世界に召還されちゃった!召還された世界は魔法にドラゴンに、漫画やアニメの世界じゃあるまいし! 影のあるイケメンに助けられ、もふもふ銀狼は超絶イケメンで甘々だし、イケメン王子たちにはからかわれるし。 色んなイケメンに囲まれながら頑張って魔法覚えて戦う、無気力女子大生の成長記録。守りたい大事な人たちが出来るまでのお話。 前半恋愛面少なめです。後半糖度高めになっていきます。 ※この作品は小説家になろうで完結済みです

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです

籠の中のうさぎ
恋愛
 日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。 「はー、何もかも投げだしたぁい……」  直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。  十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。  王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。  聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。  そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。 「では、私の愛人はいかがでしょう」

処理中です...